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zoom RSS ネガイネガワレ 20

<<   作成日時 : 2017/06/24 10:27   >>

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男にいくつか質問した結果、あの施設の建物と森との位置関係が把握できた。
建物の入り口から見た奥の方はなだらかな坂になっていて、その下に森が広がっていたのだ。それが今いるこの場所、ということである。

あの建物に入る時に見た風景を思い出す。
見渡す限り何も無い草地で、私は何の疑いも無くそれがずっと続いているのだと思った。建物の向こうの地平線まで、ずうっと。
第一、建物は高い塀に囲まれていたから、周囲の風景なんて確かめようもなかった。

彼の言う「村」は、森を抜けた先にあった。ここで四家族が暮らしているという。

「まあ、お世辞にも栄えてるとは言えねえ所だな」

その言葉通り、掘っ立て小屋がまばらに並ぶ一帯は、まさに小さな寒村といった感じだった。
それぞれの家に小さな畑があるとはいえ生計を立てられるほどの収穫はなく、森で狩りをして細々と暮らしているそうだ。

「ああもう、わたくし歩き疲れましたわ。少し休ませていただきます」

天使は村に入る前にそう言って姿を消してしまった。
なら歩かないで背中の羽で飛んでいれば良かったのでは無いだろうか。そう思ったのは彼女の姿が見えなくなった後だった。

そんな天使の存在に全く気付いていない様子で、男は村の中の一番手前にある小屋に向かって行く。そして端の割れた木の扉を開けると、中にいるらしい人物に「今帰ったぞ」と短く告げた。

「あいよ、おかえり」

中から女の声が返ってくる。辛い環境に耐え忍び生きてきたことを思わせる、媚びの無い低めの女性の声だ。
ほどなく姿を現したのは、男と同じ年ぐらいの、白髪交じりのオレンジの髪を無造作に束ねた小柄な女性だった。

「おや、お客さんかい」

彼女……奥さんと呼ぶべきかは素早く私の全身を見回す。
見られていると思うと、どうしても緊張してしまう。愛想良く挨拶でもすれば心象が良くなるだろうに、私はひたすら固まっていた。

「ああ、またあいつらの所から逃げてきたんだね」

この格好を見れば一目瞭然、ということか。
驚きも戸惑いもしないところを見るに、こういう事態には慣れっこなのだろう。

「お前、お古を出してやってくれ」
「お古なんて上等なもんじゃないだろ。あれは『ぼろ』って言うんだよ、甲斐性なしめ」

奥さんはため息をこぼすと、私に「ついておいで」と言った。
甲斐性なしという単語が案外深く突き刺さったらしい男は、うなだれて黙り込んでいた。まだら模様の犬はそんな主人を静かに見上げている。
声をかけるべきか迷いながら、私は奥さんに付いていった。

「あんた、一体どこの出身だい」

ベッドと簡素なクローゼットしかない部屋に通され、私は入り口のドアの所で馬鹿みたいに突っ立っていた。
……出身か。昔のことはあまり思い出したくない。子供の頃の両親と生き別れたことも、貴族の馬鹿息子に買われてからの日々も、触れたくない記憶だった。

「ずっと、道ばたで寝起きする暮らしをしていたから……」

私はただ一言だけそう答えた。
奥さんは手を止め、私の顔をまじまじと見た。

「なるほど、ね」

やがて何か納得したのか、クローゼットを漁る作業に戻る。

「あたしらはね、流行り病で息子も娘も亡くしたんだ。年寄りばっかり残っちまったんだ」
「それは……気の毒な……」

私は目を伏せる。若い者から死んでいくというのは、年長者からすれば何にも代えがたい苦痛だろう。それが我が子ならば尚更に。

「二人っきりになった後、近所の奴らとここを開墾して農場にしようって金を出し合って、ここらの森を買い取ったんだ」

奥さんは、簡素なクローゼットを漁りながら教えてくれた。

「ほら。こいつならどうだい」

こちらに向かって広げて見せたのは、着古した一枚のシャツ。袖口も襟ぐりもよれよれだ。
取りあえず受け取って体に合わせてみると袖丈が少々足りない。手首から先が出てしまう。
私と奥さんとでは体格に違いがあるから仕方ない。私の身長は奥さんよりもずっと高かった。頭一つ分以上の差がある。

「なのに、森の先にあんな施設なんかあるもんだから上手くいかなくてさ……ああ、これも着られそうだね」

そう言って差し出してきたのは分厚い布で出来たスカート。おそらくは冬用だろう。すり切れたらしい部分に当て布がしてある。

「森はあたしらのもんなのに、やれ、それ以上入り込むなだの切り拓くなだのうるさいんだよ。お世継ぎ様の作った施設だと思うと、こっちも強く出られなくってねえ。で、ここでくすぶってんのさ。帰ろうにも元いた所は引き払ってて帰れないからね」

奥さんはクローゼットの扉を閉めた。どうやら私の衣服はこれで決定のようである。
少々袖丈の足りないシャツと、分厚い布のスカート。この先靴まで出せなんて言うつもりは無い。木靴で充分だ。

「最近じゃ、そこから逃げてくる奴の後始末まで……」

私は奥さんをじっと見つめてしまった。
後始末? それじゃまるで手に掛けたかのようじゃないか。

「……ああ、あんたの前にやって来た奴らは皆、どんなに世話しても結局死んじまったからね。穴掘って埋めなきゃいけなかったんだ」

後始末というのは、そういう意味合いか。
彼女達にしてみれば、知らない奴が勝手に死にに来て、それを埋葬してやらなくてはいけないのだ。本音を言えば骨折り以外の何物でもないだろう。

「あんた、名前は何て言うんだい」
「サンドラ……です」

私は語尾を付け足した。
世話になる身分なのだから、今後は少し丁寧な口調で話した方が良いだろう。

「サンドラか。じゃあサンドラ、ここに残るかよそへ行くか、寒くなる前に決めな。どの家も厳しいからね。冬になったら皆、自分のとこだけで精一杯で手を貸してやれないよ」

……自分の道を自分で選べ、ということか。
私は奇妙な感覚を覚えた。不安でもあるし、なんとなく高揚も覚える。
何にせよ、自分で自分の行く道を選ぶというのは私にとって初めてのことだ。
今までは、売り飛ばされて捨てられて、また拾われて……殺されて捨てられて、生き返って……思い返せば自分で自分の行く道を選んだことはない。選ばせてもらえる余裕もなく、他人の思惑と周りの状況に押し流されて生きてきた。濁流の中の木の葉のように。

「悪さをしないなら、しばらくはうちにいて良いよ。手伝いはしてもらうけどね」

奥さんの言葉に「よろしくお願いします」と頭を下げながら、私はいろいろなことを考えていた。
これから……これから私は、何をしたら良いのだろう。何をしたいのだろう。何ができるのだろう。

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