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zoom RSS ネガイネガワレ 6

<<   作成日時 : 2017/02/18 15:27   >>

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建物に入ると、中は左右に分かれた作りになっていた。
床の石は四角く表面のつるつるした石を敷き詰めてあったが、どれも欠けたり割れたりしている。
首を伸ばして見ると左右の入り口には鉄格子があり、その先の壁に木製のドアが並んでいる。反対側には小さな四角い窓がぽつりぽつりと等間隔に取り付けてある。ただし外側に頑丈そうな鉄格子がはめ込まれている。
通路の一番向こうがどうなっているのかは、よくわからなかった。

「もっと詰めろ!」

怒号と鞭の音に、のろのろと人間が体を寄せ合う。私は壁際にいたかったのだが、なるべく人にぶつからないようにしていた結果、だんだん壁から離れた場所に追いやられた。
やがて全員が入り終えたのだろう、ガシャンと扉の閉まる音がした。

「男は右へ、女は左へ進め!」

金属同士のこすれる耳障りな音とともに、左右の鉄格子が開く。
怒号と罵声を浴びながら、その場にいる人間はもつれ合うように各々の性別に従って右に左に進み出す。
見れば見るほど、異様な集団だ。
やっと十代の年齢にさしかかったような子供もいれば、お迎えの近そうな老人もいる。

私はその集団の中で――ただ、立ち尽くしていた。
人が多すぎて身動きが取れないわけじゃない。どちらにも動けない事情が、私の足を床に縫い止めていた。

男? 女? どうして分ける必要がある? どうしても、どちらかでなければいけないものなのか?
だとしたら私は……。

そんな私を邪魔くさそうにしながら、大勢の人間が右へ左へ別れていく。中にはぶつくさと文句を言いながら私を押しのけて行く者もいた。
だが、邪魔だということを自覚しながらも、なお私の足は動かなかった。

「そこのお前、何をぼんやりしているっ」

警棒を持った紺色の服の男が、私に向かって乱暴な足取りで近づいてきた。手に棍棒を持っている。

「とっとと動け!」

紺色の服の男が棍棒を振り下ろす。それは私の頬をかすって右肩を打った。
痛みに思わず顔をしかめたら、その警棒は次いで腹を突いてきた。

「この愚図が、のろまが!」

男か。女か。どちらか。
この世界にはこのどちらかしかいないのだ。究極的にはこの二種類に分けられるのだ。
――そう、普通なら。

警棒で殴られ続けてついにうずくまる羽目になって、私はやけくそになった。
そうか、そんなに私の性別が知りたいのか。
……なら、お前が決めろ。私にはもう――……判断ができない。

やけを起こすともう、棍棒の痛みは気にならなかった。
私はすっくと立ち上がり、紺色の服の男を押しのけた。
……なんだ。背筋を伸ばしてみたら、こいつの方が小さいじゃないか。

「な、なんだ」

男は案外、小心者だったらしい。私に見下ろされた途端に勢いを失った。

私はかぶっていた布を床に払い落とし、体に巻き付けていたぼろ布を外す。
その下から現れたのは長い間着古した、ボタンがほとんどなくなったシャツ。

「体使って取り入ろうったってそうはいかねえぞ!」

口ではそう言いながら、男の目は釘付けだった。
ストリップなんかやるわけがないだろう。私はシャツの前をはだけてみせる。
途端に男は、う、と小さくうめいて後ろによろけた。
その顔に浮かんでいたのは……恐れと嫌悪だった。そりゃそうだ、こんな体、誰だって好き好んで見たいものではない。

私の胸。
本当だったら丸く柔らかにふくらんでいるはずのその部分は、いびつな肉の付き方をしている。そして表面が赤黒い皮膚に覆われてひび割れていた。

――忌まわしい記憶がよみがえる。にじみ出てきた涙で視界がゆらゆら揺れる。

「見ろ」

一歩、私は男に向かって足を踏み出す。
かすれて震えた声。震えるほど怒りと屈辱で頭がぐちゃぐちゃになっているのに、わめき散らしてやりたいのに、声が出なかった。

十三の春、私の体はこうなった。
「生まれつき女だったものから女の要素をそぎ落としたら、どの程度男に変わるのか」……そんな、とち狂った貴族の馬鹿息子の道楽のせいだ。あるいは悪魔のような知的好奇心、と呼ぶべきか。
私はその時、親が借金を残して死んだために売り飛ばされた身の上だった。貴族の馬鹿息子は、そんな私を買ったのだ。彼は家督を継いだばかりで、大金と暇を持てあましていた。
屋敷に連れて行かれた私は、その日のうちに子宮をつぶされた。次の日には胸がふくらまぬようにと焼けた鉄の板を当てられた。
その一方で、男の格好をさせられて読み書きと計算とを教え込まれた。言葉遣いだって男のものに矯正された。
十八の冬までそれは続いた。
解放されたのは、馬鹿息子が本格的に発狂して親族一同に財産を取り上げられたからだ。

帰る場所も無ければ女としての価値も失っている。そんな私を気にかける者はいなかった。
私は流れ流れた末に、あの路上へたどり着いた。

もう何年前のことかも定かではない過去の出来事。
あの日々を痛かった辛かったなどと、文字で表現できるものではない。
死んでしまえばさぞ幸せだっただろう。でも私は――……おめおめと生きながらえてしまった。

「答えろ、この体は一体どっちなんだ……これに、性別があるっていうのか!?」

男はどさりと床にへたりこんだ。ガチガチ歯を鳴らして私を見上げている。

その時、横から緑色の軍服を着た腕が伸びてきて、私の胸元を柔らかな布でふわりと覆い隠した。
見れば、先ほど読み書きと計算のできる者を呼び集めていた軍服姿の青年だった。
彼は憐れみをたたえた目で私を見つめていた。
私はなんとなく布を手で押さえた。そうしろと、暗に言われているような気がした。

「天使はきっと、あなたのような哀れな者を導きに現れるだろう」

彼の告げた言葉は、きっと何千何百年と弱者を慰めるために使われてきたものだ。あるいは虐げられた者が心を守るために自ら口にしてきたものだろう。
だが私には、天使というものを目の当たりにした私には……。

人のざわつきの音が、急に大きくななったような気がした。
感情の高ぶりで他人のことなど全く頭になかったが、その場には結構な人数がいたのだ。
連れてこられた奴らばかりではなく、紺色の服を着た奴もいた。
彼らは間違いなく見ただろう。私の――醜い体を。

「何を見ている。ほら、早く行け!」

軍服姿の青年が彼らを追い立てにかかる。へたりこんでいた紺色の服の男が這うようにして私から離れ、立ち上がる。
私はうずくまり……声を押し殺して泣いた。涙をこらえきれなかった。
次から次へと押し寄せてくる、すっかり消えたものとばかり思っていた感情が私を翻弄していた。

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