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zoom RSS ネガイネガワレ 3

<<   作成日時 : 2017/01/28 12:20   >>

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悲鳴の上がった方を見れば、薄汚い格好のちびが道の上に引き倒されて大人に囲まれているところだった。

「このクソガキが!」

取り囲む大人達は、ちびに容赦なく拳と蹴りを浴びせる。無関心を装って、周りの者はそれをうかがい見る。
きっと考えていることは皆同じ。自分があのちびの立場じゃなくて良かった、なんて辺りのことだ。
捨てられたりどこからか逃げてきたりした子供が、この辺で生きていく上でのルールを知らず、「やらかす」。そして先輩である大人の怒りを買い、制裁を食らう。
そして、「やらかした子供」は大人の言うことを何でも聞く手駒に変貌する。
聞かない奴は路地裏のゴミ捨て場行きだ。無論、生きちゃいない。親のない路上で暮らす子供が一人死んだからって、誰も騒ぎはしない。

子供が殴られ蹴られしようと、とがめる者も止めに入る者もいない。
この近辺じゃ珍しくもない光景だからだ。
そうならなければ生きていけないのが、この一帯。他人の痛みを無感情に処理できるようにならなければ、とっくに絶望して死んでいる。

「二度と逆らうなよ、わかったな」

リーダー格の男が、起き上がろうとすらしなくなったちびにつばを吐きかける。
あいつ、今日は相当虫の居所が悪いらしい。機嫌の悪い時じゃなきゃ、ここまで執拗にぶちのめしはしない。

「次に俺達が『お願い事』をしたら、てめえは『はい』って言うんだよ。いいか、『はい』だぜ。それ以外はねえからな!」

ちびはうつぶせに寝転がったまま、低くうなり声をあげるだけで精一杯のようだ。
あの年頃の子なら大の男に脅されて大声で泣きわめくところだろうが――ひょっとしたらあばら骨をやられたのかもしれない。

「わかったなら返事しろや、それぐらいできんだろうが!」

返事もできないほどぶちのめしておいて、無茶を言うな。

優しさ。愛おしさ。憐れみ。この辺では何の役にも立たない感情。
すっかり失ったものと思っていた人道的な感情が沸いたのは、すぐ近くにいる清らかな存在が原因だろう。

「……あいつの」

私は踏みにじられているちびを指さした。
久しくまじまじと見ることのなかった私の手。垢と泥にまみれ、ささくれができている。先が欠けたり割れたりもしている。
さっきまで何とも思わなかったが、お綺麗な存在が身近にいるせいか、妙に気になる。

「あの、痛めつけられているちびの願いを一つ叶えてやってくれるか」
「よろしいんですの?」

天使は目をぱちくりさせていた。彼女にとっては思いもしない願い事だったのだろう。

「ああ」

私は虫を払うようにして手を振った。天使にも、ちびにも、あの男にも、これ以上心を乱されるのは御免だ。お迎えじゃないのなら、とっとと消えてもらいたい。

「まあ珍しいこと。他人の願いごとを叶えてやってくれなんて、そんなこと初めて言われましたわ」

天使は驚いているというより、どこか呆れたような口調だった。
それでも一応、私が願い事をしたことに満足したのかふわりと舞い上がり、離れていった。かすかに花の香りを残して。

「おいこら、聞いてんのか」

大人の一人が、ちびの頭を踏みつけている。ぐり、ぐりと、その足を動かしている。
そのそばに舞い降りた天使が、すっと膝を折って何やら語りかけ始めた。
さしずめ、「あなたの願いを叶えましょう」と言っているのだろう。先ほど私に言葉をかけた時と同じ口調で。
天使の登場に反応はない。彼らには天使の姿は見えないようだ。
もしかしたら、天使の姿は私以外には見えないのかもしれない。あのちびがどうなのかはうかがい知れないが。

ちびの願い事なんて、どうでもいい。どうせこの暴力をやめさせろとか、大人をどうにかしてくれとか、そんなことを願うだろうから。
私は再び、通りの方へ背中を向けて寝転がろうとして――背後に、妙な気配を感じて身動きを止めた。
何と言っていいのかわからないが、空気がいきなり変わったような、そんな感じだった。

一体何が起きている?
私はぎこちなく、もう一度ちびの方を見た。何か、空恐ろしいものを見るような気持ちだった。

雑踏をかき分けて、立派な作りの馬車が現れた。
そこから、慌ただしく男達が降りてくる。彼らは深い緑色の、詰め襟の軍服を着ていた。
立派な口ひげを生やした一人は、胸元に勲章をぶら下げている。
……軍人か。どうしてこんなところに軍人が乗り込んでくるのか、私には理解しかねるが。

「な、な、何だ?」

わけのわからない顔で、ちびを取り囲む大人達はうろたえている。
男達はそれを押しのけると、うやうやしくちびに向かって頭を垂れた。
そのそばに、天使の姿はなかった。通りのどこにも、私が見る限りはいない様子だった。

「王子。我々はあなたを探しておりました」

そしてちびを助け起こす。助け起こしたのは、勲章を付けていない奴だった。
ちびを痛めつけていた大人も、傍観していた連中も、その光景に異様さを感じたのか目を丸くして突っ立っていた。人間、理解できない事態が起こると身動きなんてできなくなるものだ。
……きっと、彼らは何が起きたかなんてわかりもしないだろう。
だが私にはわかった。

あのちびは、「権力」を願ったのだ。どういう言葉で願ったかはわからないが、きっと、そうだ。
その証拠に軍服姿の男達はちびを馬車へと運び込むと……

「この方をどなたと思っている。お前達など顔も上げられぬお方だぞ。その安い命をもって償うが良い!」

腰にぶら下げていた軍刀を抜き放ち、ちびを痛めつけていた大人を次々と切り捨てていった。

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