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zoom RSS 地雨 8

<<   作成日時 : 2016/08/17 16:38   >>

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せえの、の声と一緒にビニールシートでくるまれた物は、沼の中に投げ込まれた。
びしゃんと汚い泥水を跳ね上げて、それは泥にまみれた。

「このまま待ってても、なかなか沈まないっすから」

高崎はその辺の草むらに入って、長い棒を持ち帰ってきた。高崎の身長よりは少し短くて、一方の先がとがっていて、もう一方は泥だらけ。妙な棒だ。

「何だよその棒」
「んー……稲を干す時に使う杭っすね。先輩見たことないっすか。刈った稲を干してある奴」

そんなことを言われても、俺にはちっともイメージがわかない。
ただ、高崎にとって俺が理解できているかどうかというのは些細な問題だったらしく、あっさりと別の仕事に取りかかった。

次の仕事? 決まっている。杭で突いて沼の中へ沈めるのだ。

高崎はぐいぐいと、今しがた投げ込んだ物を杭で泥の中へ押し込む。
濃厚な泥臭さを放ちながら、それはずぶずぶと沼の中に引き込まれていく。
俺は沼のふちでへたり込みながら、ぼうっと見ていた。

――何も考えたくなんかなかった。考え出したら止まらないだろう、という予感があったせいかもしれない。
これって死体遺棄って奴だよな、とか。高崎と俺は共犯者だよな。とか。俺、これ一生黙ってられるかな、とか。一生バレずに済むのかな、とか。
不安になる材料は、山ほどあった。

俺が見ている前で、ビニールシートはみるみるうちに沼の中へ飲まれていった。

……これで、終わったんだ。

どかっ、と後頭部を何かが殴りつけた。視界が一瞬真っ白になり、じんとつま先までしびれが走った。
俺はバランスを崩し、前へと転がる。

それが、一体何を意味しているか。

転がったそ先は沼だった。たった今、死体が投げ込まれたばかりの底なし沼。
俺は焦って立ち上がろうと、手をついた。ここが沼のふちなら、きっと真ん中の辺りよりは這い上がりやすいと思って。
だけどついた手は何の手応えもなく、ずぶずぶと飲み込まれた。俺が手をついた所はすでに、手遅れの場所だった。

「高崎ぃぃぃ!!」

俺は顔を沼の外に向けて叫んだ。
高崎は薄ら笑いを浮かべていた。真っ暗闇の中だって言うのに、何故か俺にはその表情がはっきりと見えた。

「先輩、ここで人生終わっといたほうが良いっすよ。どうせろくなことないっすから」

ぐりぐりと、何かが俺の背中を押してくる。俺の体がずぶずぶと沈む。
高崎だ。沼のふちにいる高崎が、俺の背中を杭で押しているのだ。早く沈めとばかりに。

「大丈夫っすよ。ここが先輩の墓場なんだから、毎年ちゃんと墓参りに来てあげますから。余計なモンも混じっちゃってますけど」

ひゃはははは、と狂ったように高崎が笑う。
そこにいたのは、ただの大柄で無害で俺を慕ってくる高崎じゃなかった。

「いやあ、物静かな先輩がぶち切れてるの、初めて見たなあ。バイトの時からずうっと見たかったんすよ、先輩のそういう顔」

高崎……何を言ってるんだ?

「俺がミスっても先輩、怒ったりぶち切れたりってしなかったじゃないっすか。多少は呆れてるなってこともありましたけど、目に見えてってことはなかったし。いっぺん見てみたかったんすよ」

高崎が俺の頭を杭で小突きながら、にやにやと笑う。

「感情的になって、口汚くののしって、汚く本音をぶちまけてくるところ……ずうっと見たかっんすよ、俺」

こいつ……異常だ。今朝から何だか空恐ろしいところがあるとは思ったが、こいつはイカレた奴だったんだ。
俺は平穏な生活の中で、その本性を見抜くその機会が無かったんだ。

「先輩、ほら、死にたくないって命乞いとかして下さいよ。死ぬの怖いとか泣いてみて下さいよ、ほら、ほら」

泥水が口の中に、鼻の穴にまで入り込んでくる。
当然苦しい。俺は酸素を求めて、亀のように首を伸ばして水面から顔を出す。
そうすると高崎が杭で俺の頭を殴る。水面に浮かぶゴミでもつついて沈めて遊ぶ子供のように、無邪気に笑いながら。

俺は逃れようとしばらく水面でばたついたのだが――急激に体が冷えるのを感じた。どういうわけか、その感覚が心地よいように思えて、何もかも手放したい気持ちになった。
なんとなく、俺は察した。ああ、俺、死ぬんだな、と。

視角も嗅覚も聴覚も、全てが泥に飲まれていく。

こうなるぐらいなら、初めから警察に行けば良かったな。
たとえ信じてくれなくても、あらぬ疑いをかけられようと……少なくともこんな死に方しなくて済んだはずだ。
悔やんだって今更か。

俺は全てを手放した。かすかに残った意識の中で、何だか懐かしい匂いを嗅いだような気が、した。

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