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zoom RSS 地雨 7

<<   作成日時 : 2016/08/16 15:51   >>

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車はほどなく山道に入った。
これを車道と言い張るのか、と言いたくような道だった。
すれ違うことなんて不可能な狭さの上に、ちゃんと整備されていないのかおそらくは穴だらけで、どっこんどっこんと車体が揺れるのだ。

「お前、無理矢理こんな所行かなくても」

俺は、助手席側のドアの上に取り付けられている取っ手を握りしめながら、高崎に向かって愚痴を言った。
ドアの上の取っ手なんて、こんな物、今まで使ったことも無いし存在すら気づかなかったが……もしこれが無かったら、俺の首はとっくにもげているところだろう。

「死体担いで山道登るなんて無理っす。車が通れるのここだけなんすから、我慢してください」

高崎が答えたその時、大きなくぼみを乗り越えたらしく俺はシートに後頭部をぶつけた。
くそ、このままじゃ鞭打ちになってしまう。
完璧な悪路だ。こんな所、軽自動車で進むのなんか無謀だろ。絶対にどこか壊れるぞ。
俺は泣き言を言いたくなったが、それ以上はこらえておいた。
乗せてもらっている身分という引け目もあるが、下手にしゃべったら舌を噛みそうだったのだ。本気で。

ごうんごうんと揺さぶられまくることしばし、車は山道の途中の茂みの前で止まった。正確には、茂みの前にかけられたロープの前だが。
何やら両脇に木の棒が立てられていて、その間にロープが渡されている。真ん中ぐらいの所には古い木の板がぶら下がっていた。

「この向こうっす。沼はこの先っす」

高崎はそう言ってさっさと車を降りて、ロープを外しにかかる。俺も続いて車を降り、木の板に何て書いてあるのか見ようとしたが、車のライト以外の明かりがない状況下で、墨と筆で書かれた物なんて読み取れなかった。
おそらく「立ち入り禁止」「危険!」とか、そんなところだと思うが。

「先輩、遊んでないで手伝ってもらえます?」

いつの間にかロープを外し終えた高崎が、後部座席のドアを開けてごそごそやっていた。その声に、若干いら立ちがにじんでいる。
怒らせたらまずい。俺はちょっと慌てて高崎のそばへ寄った。

「さすがにここからは歩くしかないんで。二人で運びます」

高崎はビニールシートにくるまれたそれを引きずり出し、地面に転がした。高崎の立ち位置から見て平行に、だ。

「先輩、頭と足どっち持ちます?」

そう質問してきた。
俺は黙って、足の方を指さした。足の方が良いというわけじゃなく、単純に高崎が頭の方に立っていたからだ。
移動しろ、と暗に命令するのはまずい気がした。

「じゃあ俺の後ろに並んで下さい」

言われるがまま、高崎の後ろ、足の方へと並ぶ。
高崎はしゃがみこみ、ビニールシートにくるまれた物の下に腕を通して抱え込んだ。見よう見まねで、俺も同じようにする。

「行きますよ。せえの」

俺達はよいしょ、とそれを抱え上げた。
重い。二人で持っているはずなのに、ずしりと重い。中身を知っているから、なおさら重く感じるのだろうか。

「どっちかがもたもたしたり早足になったりしたら、お互い辛いっすから。気を付けて下さいよ」
「あ、ああ」

そのまままっすぐ、前へと歩く。ぼうぼうに生えた草を踏みつけて進む。
顔にかかる蜘蛛の糸がうっとうしい。それ以上に、朝から降り続いている霧のような雨がうっとうしい。
虫の声やカエルの声がする。でもそれ以上に虫の飛び回る音がうるさい。
蚊の羽音なんて、常日頃から殺意がわくレベルだが、今は追い払っている場合じゃなかった。
とにかくあともう少し。これを沼に投げ込んでしまえば、終わるんだ。

……と、不意に泥臭い空気が漂ってきた。

「ああ、着きましたね」

高崎が足を止める。
その肩越しに見ればそこは、少し開けた場所だった。
周りに背の低い木々が生えていて、足元が少しぬかるんでいた。

「ここっす。ここが底なし沼っす」

高崎があごでしゃくって簡潔に説明する。
月と星とのわずかな明かりを受けて、どろりと鈍く光を放ちながら、沼はなみなみと水だか泥だかわからない物をたたえていた。

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