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zoom RSS 地雨 4

<<   作成日時 : 2016/08/13 18:58   >>

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どのぐらい、じっと座っていただろう。
急に鳴らされた部屋のインターホンに、俺はびくっと体を起こした。
足音を立てないように玄関に向かい、ドアのスコープから外をのぞく。
そこにいたのは高崎だった。一人きりで、気まずげに首の後ろ辺りをがりがりかいている。

俺はチェーンを付けたまま、細くドアを開けた。そこから外の世界に顔を出した。

「高崎か」
「あ、はい。すいません、なんか俺のせいでえらいことになったみたいで……」

高崎がぼそぼそと、気まずそうに謝る。
俺はその言葉の半分ぐらいは聞いていなかった。

「入れ。でもお前、お前、絶対大声出すなよ」

絞り出した俺の声は、実に弱々しかった。さぞ聞き取りにくいものだっただろう。

「は?」
「声、出すなよ」
「先輩、聞こえないっすよ、もっと大きな声で……」

参った。事件のことがショックなのか、声が出にくくなっているらしい。
俺は声で伝えるのをあきらめて、すっと人差し指を唇の前に立てて見せた。
それを見た高崎は、開けかけた口を閉じて一つうなずいた。

俺はドアを開けて、壁の方に身を寄せた。
そうすれば見えるはずだった。玄関の中に転がっている物が。

「っ!!」

高崎は当然びっくりして片手を上げると、それから口を大きく開けた。
俺は慌てた。大声を出されたら困るのだ。
悪いとは思ったが、高崎のわき腹に拳を打ち込んだ。
とはいえ格闘技なんてさっぱりな俺と、学生時代ずっと柔道部だった高崎とじゃ、腹筋の硬さというものが違う。
高崎はぐへっと言ったきりで、大してダメージは受けていない様子だった。逆に俺の手首が痛くなった。

「声出すな」
「……うす」

それでも胸ぐらをつかんで精一杯すごんでみせたが、すでに俺の視界には涙がにじんでいた。涙目ですごまれても怖くもなんともないだろう。

「奥に行け」

痛くなった手首を振りながら、部屋の中へと高崎をうながす。

「で、でも」

高崎は転がっている死体にびびって、玄関から動かない。
早く入ってもらわないと、ドアが閉められない。俺は高崎の背中を小突き、奥へ行かせた。
高崎は何やら言いたげだったが、目をつぶって死体をまたいで部屋へと入った。

「……先輩、こいつ、まさか」

ドアを閉め、チェーンをかけて振り返ると、高崎が青い顔をしていた。

「そのまさかだ。話すなら声、抑えろよ」
「な、なんでこいつが先輩の部屋に」
「俺だって知らねえよ。部屋にいきなり押しかけて来やがって、わめき散らして……」

俺は、今この部屋で死体になっている奴が俺の部屋に押しかけてきてからのことを話してやった。
隣の部屋に住人がいるかもしれないからと、声をひそめて。

「せ、先輩……自首しましょうよ」

話を聞き終えた高崎は、いよいよ震えだした。
逆に俺は、なぜか頭の中がすうっと冷えるような感じがしてきた。どうしようどうしよう、とばかり考えていたのが急に消えたのだ。

「お前、俺を犯罪者にしたいのか」
「だから、自首して事故だって言えば良いじゃないすか」
「人を死なせておいて事故です無罪です、なんて話、警察が信じると思うのか」
「さ、裁判で言えば……」
「何年かかると思う。無罪になる頃、俺は何歳だと思う」

我ながら、恐ろしいほど「次に起きるだろうこと」が予測できる。実際にそうなるかどうかは別として、だが。

「だいたい、俺が警察に行ったらお前も取り調べされるんじゃないのか」
「ええっ」
「そもそもお前がこいつの彼女と寝たのが原因だろ。いつからそういう関係で、昨日から何してたか事細かに聞かれると思うぞ」
「ええ……」

高崎はあからさまに嫌そうな声を出した。そりゃそうだ。こんなこと、根掘り葉掘り聞かれたくない。
――それから急に、静かになった。どちらも口を閉ざしたからだ。
外から、子供達の元気な声と駆けていく足音が聞こえてきた。

「わかりました」

先に沈黙を破ったのは高崎だった。

「俺、車持ってるんで取りに行ってきます。それに乗せて運びましょう」

高崎はそう言って立ち上がり、玄関へと向かう。俺はその後に続いた。

「乗せるって、人に見られたらどうするんだ」
「先輩、こいつが酔っ払ってるってことにしたんすよね。それで行きましょう」

ということは、こいつが寄っているふりを続けろということか。

「でもお前、車に乗せた後どうするんだ。どこか……」

捨てに行くのにちょうどいい場所なんてあるのか。
俺はその先を言うのをためらった。
足元の死体に目をやる。これを捨てに行くとなると、もう本当に引き返せない。
どうしようという思いが、またぶり返してきた。

「捨てるのにおあつらえ向きの場所が、俺の田舎にありますんで……そこに」

真顔で答える高崎を見て、俺は、自分の顔が引きつっていくのを感じた。

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