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zoom RSS ゲンカク 5

<<   作成日時 : 2016/05/04 15:19   >>

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あれから何度かの交代を経て、今は姉が起きて妹が仮眠中だった。
姉妹はしばらくの時間、気まずげに黙りこくって過ごした。

姉は思っていた。ガスの濃度を上げたことで、妹が腹の中で自分のことを残酷な女と非難しているに違いないと。
妹は思っていた。姉はうろたえるばかりの自分を足手まといと見なしているのではないかと。

つまりお互い、相手にどう思われたかを気にしていたというわけである。
ゆえに空気はとげとげしくないが、第三者がいたら確実にいたたまれないであろう。
ガスマスクのせいで相手の顔がわからないのが、この状況では良いことなのか悪いことなのか二人にはわからなかった。

「そろそろ交代だ、起きな」
「……ん」

姉が静かに声をかける。
起き出した妹は、操作席の上で軽く伸びをした。
姉との視線は絡まない。姉はモニター画面から目を離さなかった。

「今のところ異常はないよ。後はよろしく」

言葉少なに姉が操作席のシートを倒し、もたれかかる。
だが姉が眠ろうとする間際に、ピーピーと音がし始めた。
舌打ちをして起き上がった姉をちらりと見てから、妹はモニターへと目を移す。

「あれ」

姉妹は同時に声を上げた。
これまでの襲撃とは違い、ずいぶんと人数が少ない。
四分割されて映る画面。そのそれぞれにぽつりぽつりと男が点在しているだけだ。
その中の一つを拡大してみると、彼らはその手に妙な物を持っていた。皮のベルトのようだが端に輪っかがあり、そこに手首を通している。よく見ればベルトの中心部分には布が当てられている。

「装飾品、かな」

妹はモニターを見つめたまま、ぽつりとつぶやく。返事があるかどうかは期待していなかった。

「……いや。あの石がどうも気になる」

姉の言うとおり、男達の足元には大量の石が積まれていた。手の平に乗せられる程度の大きさである。どうやら積まれている石の大きさは全て、同じぐらいのようだ。
何をするつもりか、と見ていると、どこからか角笛が鳴り響いた。
すると、彼らは皮のベルトに当てられた布の部分に石をくるみ、もう一方の端を握ってぐるぐると頭上で振り回した。
振り回したことでうなりが発生する。一つだけならかすかなその音も、集まればそれなりの音量となる。
ぶんぶんと不気味なうなりで空気を揺らし続け――彼らは一斉に、ぱっ、と握ったベルトの端を離した。

ばらばらと空中にばらまかれる石の群れ。
姉はハッとした様子で叫んだ。

「あいつら! 近寄らないで攻撃してくるつもりだ!」

姉が叫んだその時には、すでに石の群れが宇宙船に降り注いでいた。
石の群れはつぶての雨と化し、船体に当たってけたたましい音を立てる。
――皮のベルトのような物。それは姉妹にとっては未知の武器、「投石紐」だった。

妹は身を固くし、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
その傍らで姉は悟った。男達は三度の襲撃を経て、近づいて攻撃するのは危険と判断し、距離を置いて攻撃する方法を選んだのだ。
ただの石ごときで宇宙船はびくともしない。宇宙を航行する船体は、そんな物で壊れる柔な外装ではない。
だが――ダイレクトに伝わる音と小さな振動は、姉妹を動揺させた。
無理もなかった。
近づくだけで精一杯と思われた彼らの攻撃が、自分達を脅かす範囲になってきた証拠でもあるのだから。

「あんな道具、見たことない……」
「姉さん大丈夫だよね、所詮は石だもの、当たっても宇宙船は壊れないよね?」

何度も繰り返し尋ねる妹に「大丈夫」と答えてやる精神的な余裕など、姉にはなかった。
自分の中にわき上がる恐怖心を押さえ込むのに必死だった。

その時、短いノイズ音が入った。

「こちら救助隊、救難信号をキャッチして返信している。応答せよ」

時折ノイズを立てながら、男の声が冷静に繰り返す。
ついに信号が救助隊に届いたのだ。
姉妹は飛びつくようにモニターに張り付き、交信のボタンを押した。
すると、画面の中央に一人の男の映像が現れる。髪を短く刈り込み、姉妹の型とは違う黒いスーツを着込んだ精悍な男である。

「こちら調査船! 不時着した船です!」
「こちら救助隊。そちらの船の現在位置を把握した。状況を確認したい、乗員は何人いる?」
「あたし達姉妹二人です。けが人や病人は今のところいません」
「船体の状態は? どの程度損傷している?」
「上昇はできません。前進や後退はできます。外につながるドアが壊れていて、ロックができません」

応答している間にも石が降り注いで音を立てる。そのたびに妹は小さく震えた。

「この星の住民に狙われているんです、外から侵入してきたら防げないんです、早く助けに来て下さい!」
「大至急、救助に向かう。政府からの応援も出ている。どうか希望を捨てず持ちこたえてくれ」

姉妹はその言葉の一カ所に引っかかりを覚えた。

「政府からの応援って……どういうことです」

救助隊が政府に応援を求めるとはどういうことだろうか。それほどこの星は救助が難しいのだろうか。
姉妹が戸惑っていると、相手は驚いた顔をした。

「君達は、どんなところか知らずにその惑星に不時着したのか」
「調査してデータも確認しました。排他的な性質で、他の惑星と交流してないって書いてありましたが」
「……君達の船の航行データソフトのバージョンは?」

姉が確認し、そのバージョンナンバーを告げると、相手はゆるりと首を振った。

「何てことだ。最新版に更新していたら、おそらくその惑星にだけは不時着すまいと考えただろうに」

哀れむような目を向けると、彼はゆっくり話し出す。

「君たちの今いる惑星の住民は、高い身体能力と適応能力で知られている。だが敵対心が強すぎて、どの惑星とも共存できないんだ。単に『交流がない』と記載されていたが、少し前の調査で、君達のようにその星へ降り立った何隻もの船の乗員が、住民によって命を奪われていたことがわかった。それで最新版では渡航禁止の惑星となった」
「渡航禁止!?」

渡航禁止、つまり一般的な旅行者はもちろん、学術的な研究が目的でも立ち入りを許可されないということである。
立ち入ることができるのはごく限られた人間のみ。政府の指示など公的に認められる理由のある者か、今のような緊急事態が発生して救助に向かう時ぐらいのもの、と言える。

「ああ。最新版にはそれが載っている。まあ、君達の場合は緊急事態だったのだから処罰はされないだろうが……」

姉はソフトを開き、この星のデータをもう一度確認してみた。
言う通りだった。他の惑星と交流していない旨は書かれているが、その理由までは載っていない。

「そんな……」

この惑星への不時着を決定したのは、船長である姉だった。

(あたしの落ち度だ)

姉の胸に、後悔が押し寄せる。
今更どうにもできないことだが、政府に応援を要請するほどの、こんな事態を招いた自分の甘さが呪わしい。
自分達の救助のために、誰かが命を落としでもしたら――償っても償いきれない。

「あの」

妹が、おそるおそるといった風で切り出す。

「あたし達、住民から身を守るためにガスを散布しました。恐ろしい幻覚を見せるタイプのものです。二度目には効果が薄まっているようで……それで……」

辛そうに息をして、妹は続ける。

「……三度目には……濃度を上げました」
「何てことだ。おそらく彼らは適応しているぞ」
「そうしなきゃ、こっちがやられてた。仕方なかった」

姉はうなだれたまま、ぼそりとつぶやく。

「君たちの船の現在地は、救難信号さえ出し続けてくれていたら確認できる。船ごとなら移動しても問題はない。どうか生き延びてくれ」

気遣わしげにそう告げると、相手の映像はそこで消えた。
妹は短く息を吐き、点滅し続ける救難信号のボタンを見つめた。
――これが、自分達の生命線ということか。

物を言う気になれない姉妹の頭上、船体越しに石が降り注ぐ。
と、船体の外装ではなく突き出たパイプか何かに当たったのだろう、カン、と高い音がした。

「くっ」

姉は突然、乱暴に操作席に座り直すと、パネルをいじり出した。

「姉さん、何するの!?」

妹の声と同時に、宇宙船は地面に腹をこすり、地響きを立てながら前進し始めた。

「上昇はできなくたって、前か後ろには動けるんだ……追い払うぐらいしてみせる!」
「姉さん! 自棄にならないでっ」

妹の声を無視して、姉は操縦を続ける。速度を緩めることなく男達を追い回す。

「ひき殺されたくなかったら避けなっ、手出しなんか絶対にさせないからね!」

追い立てられた男達は逃げ惑う。時折、船体が何かを踏み越えている気がする。ギャッという音が聞こえる気がする。
妹はガスマスクをしても露出している耳をふさぎ、うずくまって目を閉じた。

この船体の下で、誰かが死んでいるかもしれない。
そう思うと怖くてたまらなかった。

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