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zoom RSS 憂鬱な卵

<<   作成日時 : 2016/04/09 14:36   >>

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「僕、明日の朝はオムレツが食べたい」

そう言われた時、俺は正直面倒だなと思った。
普段から感情が顔に出ないように気をつけているので、たぶん相手の目にはいつも通り、無表情の俺が映っていたことだろう。
俺は権力者の家に雇われている料理人で、今し方オムレツをリクエストしてきた相手は雇い主、つまり権力者の息子だ。
赤い蝶ネクタイにサスペンダー付きの半ズボン姿で、権力に物を言わせてやりたい放題の太った醜い父親と、美人だが派手好きで遊び回る母親の間に生まれたとは思えないほど、素直な子供である。
……これから汚れていくんだろうな、と思うと悲しいやら哀れやら。

「かしこまりました」

そっと頭を下げ、了承の姿勢を取ってみせる。

「チーズも入れてね!」

良いよなあ、食べる専門の奴は。
内心ぼやきながら、俺は卵の発注にかかった。
チーズは高品質な物を注文すればいい話だが、問題は……卵だ。
俺は途端に憂鬱になり、ため息をついた。

この時代、卵を手に入れるのは大変だった。
俺が生まれた頃は、店に行けば簡単に買えたものだが、ある日突然それが難しくなってしまった。
今や卵を得るための養鶏場は政府の管理下に置かれ、認定を受けた業者だけが卵の流通に携われる。
そのせいで価格も馬鹿みたいにつり上がってしまった。まず庶民が買える値段ではない。

まあ、庶民の手に入らなくなったのは、値段だけの問題ではないのだが。

――次の日。
朝早く起き出して、俺は厨房の搬入口前へと向かった。時刻は、業者が指定してきた届け時間の五分前だ。
ほどなくブザーの音がした。壁に取り付けられた小さなモニターに目をやる。
そこには搬入口近辺の風景が映っていた。
社名とロゴマークのついたトラック。
それを背中にして、クーラーバッグを肩にかけた同じロゴマーク入りのジャンパー姿の業者が立っている。あのクーラーバッグは卵専用のものだ。

俺は、モニターに映る物全てに目を光らせた。
トラックの陰に人が潜んでいないか。業者が誰かに脅されている様子はないか。搬入口近くに置かれた箱や資材の数や位置に、昨日と比べて変わった様子は無いか。
権力者の命を狙う奴は大勢いる。そいつらがここから入り込もうとしていたって、不思議では無い。
権力者に雇われて働く者にとって、この手の確認作業は必須だった。
手抜かりがあれば、雇い主はおろか自分の身にも危険が及ぶのだ。

……どうやら、大丈夫らしいな。

俺は搬入口の重たい扉のロックを外した。ここの扉は二重になっていて、重たい扉の向こうにもう一つ、透明だが頑丈な扉がある。
ここで本当に大丈夫かどうかをもう一度確かめてから、ようやく中へ相手を入れる仕組みだ。
妖しい奴が周りにいなかったとしても、油断はできない。見知った顔が実は襲撃者ということもある。
ここの権力者の父親はそれで重傷になったことがあり、その経験からここを二重扉に変えたという。

「おはようございます」
肩にかけたクーラーバッグを押さえながら、業者は、透明な扉の前で俺に頭を下げた。
その間に、彼の体がフラッシュライトで一瞬、明るく照らされる。
殺傷能力のある武器を持っているかどうか、機械が確認しているのだ。ここで引っかかるとピーッと音がして、外の扉が閉まって閉じ込められる。
あとは警察行きだ。権力者の命を狙った容疑で、ねちねち厳しく調べられる。

今回も何の音もしない。俺の知る限り、この業者は一度もこのチェックで引っかかったことはない。

「どうぞ」

俺は外の扉を閉めてから、透明な扉を開けた。

「恐れ入ります」

業者がしずしずと厨房に入ってくる。
俺は業者立ち会いのもと、運び込まれたクーラーバッグを作業台にのせた。

「……確認を行います」

俺は知らず知らずのうちに、緊張していた。

「はい」

業者も固い表情で、作業台の上に置かれた卵入りのクーラーバッグを見つめていた。
バッグのふたを開ける。中ではケースに収められた卵がずらりと整列していた。発注通り、十個ある。親子三人分にしては多い数だが、不測の事態を考えたらこれぐらい用意しなければならない。
中から卵を納めたケースを取り出し、俺は確認用の、専用の器具を取り出す。見た目はちょうど、レンズのない虫眼鏡みたいなものだ。
それを一つ一つ、卵の上にかざしていく。
すると、ピーッという音とともに、卵の一つが紫色に光り出した。

業者の顔色が変わる。

俺は素早く器具をリングよろしく卵にかけて、持ち手についている小さなボタンを押した。
すると器具の輪っかから瞬時に鋭い針が伸びて、卵をくしゃりと突き刺した。
卵に開いた穴から、赤みを帯びた黄色い液体がだらりと流れ出してくる。

「……危ないところでしたね」
「ああ」

俺は短く答えると、念のためもう一度残りの卵を確認することにした。

奇妙な卵が産まれるようになってから、およそ二十年は経っただろう。
その卵は急激に成育して孵化するのだ。
それなら早く肉にできるから良いことなのでは、と思われそうだが、違う。
この異様に早く孵化した個体は、あっという間に巨大化して人間を襲うからだ。
鶏が巨大化するだけならたいした害はないだろうが、これはそんな生やさしいものではない。奴らは鋭いくちばしと鋭い蹴爪を持った、おそるべき肉食だ。
奴らはその鋭い蹴爪で人間を押さえ込み、まるで餌でもついばむかのようにして人間の体から肉と内臓をむしって飲み込むのだ。

どの鶏から危険な個体の卵が産まれるのか、あるいはどれが早く孵化する危険な個体の卵か、出荷前に判別する方法はまだ、見つかっていない。
どうやら、料理に使おうという人間の前でのみ孵化が始まるらしいという、信じがたい話が通説にされているが……とにかく俺達人間にできるのは、卵が孵化する前に始末することだけだ。
俺の持っている、レンズの無い虫眼鏡のような器具はスキャナーだ。中身が育っていればこれでわかるというわけだ。
とはいえ、間に合わずに犠牲になる料理人は未だにいる。

「確認終了しました。十個中、一個ですね」

俺は、先ほど穴を開けた卵を特殊加工された袋に入れ、口をしっかり閉じた。
袋の中には薄いスポンジみたいな物が入っている。生物の細胞を破壊するという液体を染みこませた物だ。これに入れて業者に渡せば、あとはあちらで処分してくれる。

「はい。こちらで報告しておきます」

俺から受け取った袋をクーラーバッグに入れ、業者は帰っていった。
それを見送った後、俺は、パカパカとボウルに卵を割り入れた。
念には念を。とにかくあとは割ってさえしまえば、こちらのものだ。こうなったら孵化のしようがないのだから。

はあ……まったく、食べる専門の奴は気楽でいいよなあ……。

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