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zoom RSS 小春奇譚 五

<<   作成日時 : 2015/03/21 15:07   >>

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菊子に代わって小春が生け贄になるという知らせを聞いた村長は、さして反対も意見もせず、あっさり了承した。
迎えとして使いの者が来ると、小春はそいつと菊子の父親によって家から連れ出された。
小春の祖母は蒼白になりながら、「人でなし」と何度もつぶやいていたが、その言葉は終いには不明瞭なものになっていた。
低く、小さな声で何やらぶつぶつと唱えながら、小春の祖母は見送りをした。

(ばあさま、気がふれてしまったんじゃあ……)

気になったものの、もうどうすることもできない。
小春は後ろ髪をひかれる思いで何度も振り返りながら、村長の元まで連れて行かれた。
村長の家に着くと、村長はすでに蔵の前で待っていた。
蔵の中からは菊子のものであろうすすり泣きの声が聞こえる。聞いているだけで胸が痛み、気が滅入ってくるような恨めしそうな泣き声だ。

「菊子! 菊子!」

菊子の母親が声を上げる。
外の声は聞こえないのか、人の話など聞いていられる状態ではないのか、菊子の泣き声は止まらない。
村長が蔵の重たい扉の鍵を外し、がちゃんと開ける。
そこでようやく、すすり泣きの声がぴたりとやんだ。

「菊子!」

菊子の両親が叫び、中へと駆けこむ。

「もう大丈夫だ。お前が生け贄にならなくても良くなったからな」
「本当……?」
「ああ、本当だよ。さ、家に帰ろうね」
「父ちゃん、母ちゃん……」

うわああ……と蔵の中から泣く声が響いてきた。

小春は虚しい気持ちでそれを聞いていた。
誰かの幸福や幸運を喜んだり祝ったりできないどころか、恨めしく思う日が来るとは。そんな感情を抱いている自分が醜く、惨めったらしく思えてならない。

やがて菊子を伴い、菊子の良心が出てくる。
菊子はまだ泣きじゃくっていて、両親に支えられながらよろよろと歩いていた。
何故自分が生け贄にならずに済むのか、その理由にまだ気づいていない様子だ。
だがいずれは知るだろう。おそらくは、両親が取った行動と共に。
と、菊子の父親が不意に顔を上げ、小春を見た。しかし何を言うでもなく、硬い表情で目をそらす。

小春は小さくかぶりを振り、うつむいた。
むしろ何も言われなくて良かったのかもしれない。
許しを請われても、言い訳をされても受け入られそうになかった。

「さあ、小春」

中に入るよう、村長がうながす。
小春はうつむいたまま、菊子と入れ替わりに蔵へと入った。

がちゃん、と蔵の扉が閉められる。途端、蔵の中を暗闇が塗りつぶした。
ろうそくは一歩も無いが、完全に真っ暗というわけではない。高い位置にある、明かり取りの小さな窓から差し込む淡い月明かりが暗闇を裂いているからだ。差し込む月明かりに照らされて、ほこりがきらきらと舞っている。

ひそひそと話す声。誰かの泣いている声。やがて聞こえる、遠ざかっていく足音――扉の向こうはまた、静かになった。

小春は蔵の中をぼんやり見渡した。
蔵というのは家宝や大事な物を置く場所だが、ここは木箱と巻物がいくつかあるだけだ。しょせんは小さな村の村長の家、周りの家より多少家が立派なだけで、財産持ちというわけではない。
がらんとした中に、あとはもう寝て過ごせと言わんばかり、布団が一組敷かれている。
小春は敷かれている布団に近寄ると、ため息と共に座り込んだ。
潜りこみはしない。とてもではないが眠れる気がしなかった。

(ばあさま……)

一人きりになった祖母のことが何よりも気がかりだ。
気がふれたような様子だったし、一体これからどうやって生活していくのだろう。

「小春」

不意に呼ぶ声が聞こえ、小春は顔を上げた。
この声は確か、花のものだ。

「馬鹿だね。わざわざ生け贄の身代わりを引き受けるなんて」

花の声は冷たい。意地の悪い笑みを浮かべている様が見えるようだ。

「でも、これが一番いいんだもんね。あんたが死んだって、だーれも困らないんだからね。余計な手間かけさせやがってって、みんな思ってるよ」

きゃはは、と楽し気に甲高い笑い声が上がる。
小走りに去っていく足音を聞きながら、小春は蔵の扉に手を当てた。
手を当てたぐらいではびくともしない、冷たく重厚な鉄の感触が伝わってくる。
花とは付き合いなどなかったが、自分のことを日頃どう思って、どう見ていたかこれで良くわかった。

(あたしだって)

額を扉につけ、小春は唇を噛みしめる。

(あたしだって、好き好んで身代わりを引き受けたわけじゃない――!)

あの状況で首を縦に振らなかったら、自分と祖母は一体どんな目に遭っていただろう。
きっと、「うん」と言うまでひどいことをされていたに違いない。
それを、何という言い草だろう。

悔しい。悲しい。花のことが憎たらしい。菊子の両親が恨めしい。

小春はずるずると扉の前に崩れ落ちた。
――涙が、後から後からあふれて止まらなかった。

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