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zoom RSS 小春奇譚 一

<<   作成日時 : 2015/02/15 19:03   >>

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昔、とある山のふもとに小さな村があった。
稲が育ちにくい土壌のために決して豊かとは言えない村で、人々は細々と暮らしていた。
そんな村に、ある年、異変が起きた。常になく寒い春で、雪解けが遅かったのだ。
皆どうしたことかと首をかしげ、中には早くも嫌な予感を抱く者もいた。
予感とは、「今年の作物の出来は良くない」というものである。やがてその予感は的中することとなった。
夏になっても吹く風の冷たさは相変わらずで、毎年じりじりと照り付けていた太陽も、灰色の分厚い雲の向こうに隠れたままだった。
――冷夏である。
村人達は、山を降りてきた風がしなびた苗を揺らすのを恐ろしい思いで見つめた。
ただでさえ稲が育ちにくいというのに、ほかの作物まで全滅となったら、一体どうなることか。まさに死活問題であった。

「天の神様がお怒りなのではないか」

村人は口々にそう言った。
天の神様の怒り。
現代でそんなことを言えば笑い者だろうが、当時は天変地異についてそういった捉え方をしたのである。

「怒りを解いていただくには、どうしたら良いか」

事態解決のため、さっそく男衆が村のお堂に集まり、話し合いをすることになった。

「わしが思うに――」

話し合いのまとめ役である村長は、皆をぐるりと見回した。村長は壮年に差し掛かった男だが、男衆の中で一番立派な体格をしていた。

「やはり、誰か一人、村の娘を差し出すしかあるまい」
「それしかねえな」
「そうとも、それが一番だ」

村長の意見に異を唱える者はいなかった。
別に、村長に絶対服従をせよ、という決まりがあるからではない。
皆、初めからその腹積もりでいたということである。

神の怒りを解くには人間――とりわけ若い娘を生け贄として差し出すべし。
残酷な風習だが、この時代には珍しくないことだった。
この小さな村の歴史の中でも、幾度か行われたことである。
村の中から若い娘を選び出し、山の中にある古い神社に置き去りにしてくるのだ。
不思議なことだが次の日になると、娘の姿は消えている。それを村人は「神様が持っていった」とみなしていた。

神に捧げる生け贄を選ぶためにくじを引く、というのは言うまでもなく神事である。普通であれば神主なり巫女なりが「生け贄をよこせ」という神託を受けて執り行うものだ。
しかし、この村にはもう神主も巫女も絶えて久しく、村長職の人間が神社の管理から神事の執り行いまでを担っていた。

つまりここで言う生け贄とは、神から求められたものではなく人間から一方的に送り付けるもの、ということになる。人間でいうと、相手の好みも把握せず、いきなり贈り物を押し付けるといったところだろうか。下手を打てばかえって怒りを買う振る舞いである。
ではなぜ、神託もないままに生け贄を選び、差し出すのか。
――生け贄を送って事態の悪化したためしはない、という事実が、その選択肢を最良と思わせていたのである。

ともかく、これで話はまとまったわけだが、代わりに一つ、重大な問題が発生した。

「だがよ、一体誰を差し出すんだ?」

男衆の一人が日焼けした顔に苦渋の色を浮かべてそう言った途端、場の空気がたちまち凍り付いた。

「そりゃ、おめえ……」

誰かのつぶやきを最後に、男衆は押し黙ってしまった。
自分の娘を差し出すのはもっての外。「ならこの家の娘を」などと名指しできるものでもない。
たとえ、この娘なら内心差し出しても良かろうと皆が思っていたとしても、実際に口にしようものならたちまち人でなしの烙印を押されてしまう。
見知った顔ばかりの小さな村で恨みを買えば、一体どうなることか。
誰だってそんな真似などしたくはなかった。

「村の娘を集めて、くじを引かせよう。村のためだ、仕方あるまい」

村長の言葉に、皆がうなずいた。
実際、くじ引きはよく使われる方法だった。
村の娘を集めて横に並ばせ、こよりで作ったくじを引かせるのだ。

「なら、近いうちに娘達をお堂に集めるとするべ」
「怒りを解いていただくんだから、お待たせしちゃならねえ。なるべく早い方がよかろう」

くじ引きの日にちについて話し始める男衆をわき目に、村長は一人、黙って考え込んでいた。

このくじ引きは、一見公平なようだがそうではない。
せいぜい「公平なやり方で選んだ」と思わせ、「運が悪かったのだ」と周りを納得させられるという程度のことである。
そのことを村長である彼はよく知っている。
くじ引きの裏で何が行われているか、実際に見てきたからだ。

慣例としてこういったくじ引きをする場合、先に引かせるのは村長の身内や村の中で裕福な家の娘からと決まっていた。
貧しい家の娘や身寄りのない娘などは、順番を後に回される。
くじを作るのは村長の役目である。この時外れのくじに目立たぬ程度の印を付けておき、先にくじを引く娘にこっそりとそれを教えておくのだ。
ここまで細工をした上でのくじ引きである。
くじ引きをする時点で、生け贄に差し出される娘はほぼ決まったようなものだった。
人間の思惑によっておおよその結果が決まる――本来は神事であったはずのくじ引きは、そこまで神聖さを失っていた。

村長の脳裏を、まだ嫁入り前の一人娘の顔がよぎる。
なかなか子宝に恵まれず、やっと生まれた大事な一人娘である。村長は近隣の村から婿を取り、家を継がせるつもりでいた。

(うちの娘を差し出すわけにいかんな)

となれば、自分の娘からくじを引かせなければならないだろう。
心配はない。外れのくじを前もって教えておけば良いだけのことだ。
自分の父親がそうしたように。祖父がそうしたように。

村長はふと、自分の娘と同じ年ごろの娘が村にいたことを思い出した。
小春(こはる)という名の娘で、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母と暮らしている。
だが最近は祖母が高齢のために寝込むようになり、一人で畑仕事と祖母の世話に追われて辛い思いをしているようだ。

(あれがいなくなって泣くのは、じきに死にそうなばあ様、あれ一人きりということだな)

村長はえげつない安堵をおぼえた。

(そうだ。小春を差し出すのが一番良い。あいつが一番、悲しむ者が少ない)

問題は一人残される祖母のことだが、村の者が交代で世話をしてやれば良いだろう。

「では用意が整い次第、娘を集めてくじ引きをしよう。娘のいる家は、今生の別れになるかもしれん。くれぐれも大事にしてやるのだぞ」

村長は話し合いをその一言で締めくくり、お開きとした。

とはいえ、村長ばかりを鬼畜め外道めとは責められまい。
この場にいる男衆が皆、実は同じことを考えていたのだから。

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