プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 芋虫ころり

<<   作成日時 : 2015/01/24 13:37   >>

トラックバック 0 / コメント 0

ある日、森の中で芋虫が死んだ。
彼は成虫になるためにこしらえた繭の中に閉じこもったきり、出てこなかった。
あまりに長いこと繭の中にいるものだから、心配した仲間が様子を見に来て事態が発覚したのである。

だが、芋虫がこのようにして死ぬのは珍しいことではなかった。毎年何匹かはこうして成虫にならず生涯を終えるのだ。
そのため森の仲間達は「痛ましいこと」と嘆きはすれど、数日も経てば記憶の隅に追いやって生活をしていた。

「あの芋虫は、実は死ぬまで思いつめた末に自ら命を絶ったのだぞ」

死んだ芋虫が繭を付けた木によって、その一言がもたらされるまでは。

「一体どういうことだ」

あの芋虫の様子を見に行った、今や立派な蛾となった仲間は木を問い詰めた。

「どういうことも何も、今言った通りだ。あいつは自分で自分の命を絶った」
「そんな馬鹿な。じゃあ何故、繭をこしらえたんだ。死ぬつもりならそんな手間をするはずがない」

繭になるのは成虫になるため。つまり生きる上で必須のもの。それを選択したものが何故自ら命を絶つというのだ。
蛾はそう言いたかった。

「繭に関しては作りたくて作ったわけではなく、本能で作ったのであろうよ。そうして、あいつは苦い苦い悟りを開いたのだ、おそらくな」
「何を言いたいんだ」
「あいつは思いつめておったのだ。わしは、繭をこしらえる前のあいつが言っていたことを忘れてはおらんぞ」

木は、小枝を震わせた。はらりと一枚、葉が落ちる。

「……僕がアゲハ蝶になれないなんて、そんなのは嘘だ。僕は、ちょっと変わったやり方でアゲハ蝶になるだけなんだ。蛾なんて、あんな醜いものになるわけがない。蛾になって生きるぐらいなら死んだ方がずっとマシだ……あいつはそう言っておった」
「は?」

思ってもいない言葉だったのだろう、蛾は絶句した。

「あいつはな、大きくなったら自分がアゲハ蝶になれると思い込んでおったのだ。また強く願ってもおった」

確かにアゲハ蝶は羽虫の子らの間でもあこがれの、きらびやかな存在だ。大きくなったらアゲハ蝶に、とはどの幼虫も一度は夢見るものである。
その一方、蛾は嫌われる。単純に見た目があまり好ましくないからだ。
だがそれはあくまで一過性のものに過ぎない。いつしか幼虫達は現実を見ること、分をわきまえること、等身大の夢を持つことを覚え、かつての夢に見切りをつける。遅くとも繭をこしらえにかかるまでには。

「あいつ、そんな事を……」

やっと出てきた言葉が、それだった。
そうして思い出す。あの芋虫は同じ芋虫とはつるみたがらず、アゲハ蝶の幼虫と仲良くしたがっては煙たがられていたことを。その辺にある葉っぱではなく、アゲハ蝶の幼虫が好む葉を探して食べていたことを。

「あいつは、アゲハ蝶以外のものになるぐらいなら死んだ方がマシとまで言っておった。そして同族の蛾をかっこ悪いだの醜いだのと言って、完全に見下しておった」

木はため息をつく。

「自分の身がさなぎになるものとばかり思っていたら、繭作りの本能がうずき出したのだ。さぞ絶望的な気持ちだっただろうよ。自分が見下してきたものになるのだと、嫌でも思い知らされたのだからな」

その時、森の中を風が通り抜けた。
木の枝がざざあ……と揺れて音を立てる。

「もっとも、そんな芋虫が現れたのは初めてではない。今までに何匹も、同じことをやって死んでいったよ。哀れなことだ」

蛾は、何も答えられなかった。
今の自分は蛾。死んだあの芋虫が見下していた存在である。
しかし腹を立てる気にもなれない。あの芋虫を哀れと思わないわけではないのだから。

「空が暗くなってきおった。もうじき、雨が降るぞ。雨宿りできる場所へ行った方が良い」

木はそれっきり、沈黙した。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

芋虫ころり プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる