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<<   作成日時 : 2014/09/20 13:43   >>

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その昔、地球上にはなんと六十億もの人間が存在していたそうだ。当然ながら地球が養いきれる数ではなく、大半は貧困層だったらしいが。
それだけいたら、さぞ狭苦しかっただろう。
……今やぐっとその数を減らした時代に生きる僕には、想像もつかない世界だ。

僕は歴史の教科書の年表から目を離し、伸びをして部屋の天井を見上げた。
「地球の人口が六十億を超える」
そう書かれたある年代を境に、教科書の年表には数十年にも渡る空白が続く。
そこだけ何故か公式な記録が存在せず、何があったのか誰も詳しく知らないのだそうだ。
ただ一つ、言えることがある。その数十年の間に、六十億はいた人間が数十人程度にまで一気に減ってしまった、ということだ。
世界規模での戦争があったとか、未知のウイルスが猛威を振るったとか、色々な説はあるけれど、どれも確かな話ではない。
何せ記録が一切存在していないのだから。

……疑問だ。
生き残った数十人の人間は、いったいどうやってそのあと生活し、僕らの時代へとつなげたのだろう。
きっと苦労しただろうし、その分記憶も鮮明だろう。後世に残しておきたくなるもののはずだ。誰も何も知らないっていうのは不自然な気がする。

気にはなるけど、今の僕に知る術などないし、そもそも調べている場合じゃない。
僕が今歴史の教科書に向かっているのは、この空白期間に興味があるからではなく、三日後の試験に備えてのことだから。
今度の歴史の試験の範囲は、この空白期間までなのだ。

それにしてもちょっと疲れたな。コーヒーでも飲もうかな。
ちょっとぼんやりしていると、窓の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
まただ。僕が勉強を始めた頃から結構な頻度でピーポーパーポー鳴っている。
ずいぶん騒がしいな。何か事件でも起きているのかな。
何となく窓辺に近寄ったその時、机に置きっぱなしの携帯電話が鳴った。
ああ、誰かからメールが来たんだな。一体誰からだろう。
手に取って見てみると、「緊急拡散:これが空白期間の人類の顔! 我々は騙されている! 政府は重要な秘密をひた隠している! 『残酷な真実』――歴史は書き換えられている!」との長ったらしいタイトルがずらずらと液晶画面を右から左へ流れていった。
……何だこれ。どこかのオカルト好きがいたずらメールでも流しているのかな。
僕は勉強の気分転換にと、それを見てみることにした。
開いて最初に目に入ったのは、真っ白な画面だった。
文章は何もなく、画像だけを数枚添付したメールのようだ。

どんなものかとちょっと身構えたが、表示されたのは僕らと変わらない背丈と、おおよそ統一された服装の若い奴らが楽し気に笑っている画像だった。
他の画像も似たような感じで、後ろには大きな四角い建物が見えた。映っているのはどうやら学園生活の一部らしい。
一見すると、僕らと似たようなことをしていたんだなと考えてしまう、それだけの画像。
でも、映っている奴らはことごとく、僕らと大きく違う部分を持っていた。
決して無視できないほど目立つ、明確な違い。
そいつらは衣服からはみ出た顔や手足が柔らかい肉で覆われていたのだ。

僕は思わず、自分の顔に手をやった。

――違う。

僕の顔に――僕らの顔に、こんな肉はついていない。
僕らの体を覆っているのは、柔らかみなど一切ない鋼鉄だ。僕だけじゃない。父さんも母さんも先生もクラスの奴らも――みんなみんな、そうだ。教科書に載っている写真だって、今の僕らと変わらない体の人間ばかりだ。
よく見れば、画像の人間の目玉を構成している物質もぷりぷりとしている。僕の目は、硬い水晶体なのに。
この画像が本当に空白期間の人類? あまりにも今の僕達と見た目に違いがあり過ぎる。

僕は震えながらそっと息を吐いた。

いや、落ち着こう。
この画像はどこの誰だか知らない奴が一方的に送り付けてきた物だ。本物という証拠は何一つない。
やっぱりいたずらメールだったんだ。僕のアドレスはちょっと単純だから、たまたま引っかかってしまったに過ぎないのだろう。
今度、アドレスに数字をいくつか入れておこう。それでいたずらメールは来なくなるはずだ。
さあ勉強勉強。試験は三日後だ。どこかの暇人の悪ふざけに付き合っている場合じゃない。

机に向かいかけたその時、ガタガタガタッ、と何人もの人間の慌ただしげな足音が聞こえた。

「何ですかあなたたちっ……きゃあ!」

部屋の外で、母さんの悲鳴が聞こえた。
もしかして強盗か!?
僕は部屋の外の様子を見ようとドアに近づいたが、結局、そのドアを開けることはできなかった。
よくわからない武器を携えた黒い服の男達が部屋になだれこんできて、僕を押さえこんだからだ。

「端末は押さえたか!?」
「これです!」

男の一人が僕の携帯電話を片手に、緊迫した声を上げている。

「な、何なのあなた達! 警察を呼ぶわよ!」
「我々はその警察機構の者です。息子さんは最重要機密漏えい罪に関与した可能性がある。取り調べのため、連行させていただきます」
「そんな、何かの間違いでしょう!?」
「疑いがあるというだけです。大丈夫、取り調べが済みましたらすぐ返れます」

腰の辺りに何か冷たい金属の感触がしたと思ったら、バチッ、と目の前で白い光がはじけて――僕は気を失った。




気が付くと、僕は白い長椅子に体を固定された状態で、灰色のコンクリートを流し込んで作ったような殺風景な部屋の中にいた。
手足はバンドで硬く固定され、頭には何か重たい物がかぶせられていて、おまけに……太さも色も様々なチューブが体のあちこちに突き刺さっていた。
そのチューブを目でたどると、床に行きついた。床にチューブ用の穴が開いていて、そこから伸びてきていたのだ。

「お目覚めかな」

チューブを観察していると、頭上から声が降ってきた。
見上げると、部屋の天井近くに四角い窓が付いていて、そこから白衣を着た男がこっちを見ていた。

「操作続行のために一度起きてもらう必要があってね。チェックが済むまで、少々起きていてもらうよ」

何を言っているのかさっぱりわからないけど……そういえば、部屋に入ってきた連中は取り調べがどうのとか言っていたな。
メールについて調べようと、これから僕を拷問でもするつもりかもしれない。
拷問という言葉を思い浮かべた途端、僕の頭にはずうっとずうっと大昔にやっていたとかいう、魔女裁判のことがよぎった。
一旦魔女だと疑いをかけらると、どうあがいても結局死ぬしかなかったという恐ろしい裁判だ。
僕もそんな目に遭わされるのだろうか。

「ぼ、ぼ、僕は何も知りません! メールは勝手に送られてきただけで、送ってきた相手のことなんて知らないし、あんな画像を欲しいなんて思ったことも……!」
「そんなことはどうでもいい。君から何か情報を得ようとは考えていないからね」
「でも、僕を拷問するつもりなんでしょう!? 暴れないように体を固定して!」
「大丈夫、そんなことはしない。君から記録を消すだけさ」

記……録?
僕は内心首をひねった。
記録じゃなくて、記憶だろう。いい大人が何を言い間違えているんだ。

「安心したまえ。君が次に目を覚ます頃にはメールは無かったことになり、そもそも何も覚えていない。取り調べで無関係とわかり、誤解が解けて家に帰るという手はずになっている」

途端、ヴイィィ……ンと何かが低くうなり出し、チューブから軽い振動が伝わってきた。何かの機械のスイッチが入ったらしい。
ぞくぞくぞくっ、と嫌な感覚が体の奥底から這い上がってきて、僕を震えさせた。
痛くはない。熱かったり冷たかったりもしない。だけど、ただひたすらに怖かった。

「嫌だ、助けて! 死にたくないっ!」
「大丈夫と言っただろう」

白衣の男があきれたような声を出した後、

「どのみち君の記録には残らないだろうからね。気晴らしに話してあげよう」

楽し気にこう話し始めた。

「教えてあげよう。あの画像は真実だ。空白期間に入る前は、人間といえば肉で体の表面を覆ったあいつらのことだったんだよ」

僕の混乱は、一発で収まった。

「え……」

あの画像。あれに映っていた、体の表面が肉で覆われた連中。
あいつらが、僕らとは似ても似つかぬあいつらが、人間?
嘘だ。教科書に出てくる人間は、全然あんな風じゃない。

「空白期間とは、人間を名乗る種族の入れ替わり期間のことだ。我々の祖先はかつての人類から、力づくで『人間』という地位をもぎ取ったのさ。そして歴史上の人間を、我々と同じ種族としてそっくり書き替えたんだ」

わかるかね? という白衣の男に、僕は何も答えられなかった。
教科書に載っていた人間が僕らと同じ姿だったのは、こっちが後から書き換えたからなのか。
なんて大それたことをしたんだろう。
それがメールのタイトルにあった「重要な秘密」なのかもしれない。

納得しかけて、僕はふと、引っ掛かりを覚えた。
勉強している時にも感じた、あの疑問がよみがえってきたのだ。

「じゃ、じゃ、じゃあ、それまでいた奴らは、どうなったっていうんだ。六十億から一気に減ったっていうけど、生き残りがいたじゃないか。そいつらはどこへ行ったっていうんだ」

そう、生き残った奴らの「その後」だ。
どうして彼らは今、この時代に一人としていないのだろう。教科書によれば、数十人は生き残ったはずだ。
その子孫がいたって不思議なことじゃない。

僕が必死に疑問を投げつけると、白衣の男は静かに笑った。

「――決まっているだろう。空白にしておかなきゃまずいことをしたんだよ」

僕は、あのメールの長ったらしいタイトルをもう一度思い出していた。
「重要な秘密」その後に続いていた「残酷な真実」――その意味が、わかったような気がする。

「まさか」

その続きを発する前に、僕の意識はぶつりと途切れた。

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