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zoom RSS 君と語れば

<<   作成日時 : 2014/08/09 10:41   >>

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その男の名を、仮にPとしよう。
P氏は幼いころから動物好きな男である。
好きなだけあってさまざまな動物の名前や生態に詳しいのだが、だからといってペットを飼ったりはしていない。
残念ながら住んでいるのはペット不可のアパートなのだ。
そのため、P氏は日々公園などに出かけては野良猫や野鳥を眺めて過ごしていた。
無論、勝手にえさをやったりはしない。
それでも野良猫の場合は近寄ってきたりすることもあり、少々なでてやる程度の触れ合いは持てたので、P氏はそれで我慢していた。

そんな彼の夢は、「ペットを飼えるようになること」と、「動物と話せるようになること」である。
とくに後者は笑われそうで誰にも言ったことはないが、子供の頃から抱いている夢だった。

そんなある日のこと。
いつものように公園に出向くと、先客が猫をじゃらして遊んでいた。

(先客か)

こういうことも時々ある。
P氏は近くのベンチにでも座って、じゃれついて遊ぶ猫の姿でも堪能しようと考えた。
だがベンチに向かう前に、P氏は先客の姿の異様さ気付いてしまった。
黒い体の背中にはコウモリのような羽があり、頭には二本の角がにょっきりと生えている。
そいつは先端にとがった針のような物のついた尻尾を動かして、猫をじゃらしているのだった。
明らかに人間以外の何者か、である。

「う、うわああっ」

P氏は思わずしりもちをついた。
するとそいつが振り向いた。

「ひ、ひいっ、お前、何なんだ」

P氏が震えあがっていると、そいつは鋭い牙の生えた真っ赤な口を開けて笑った。

「俺様か? 俺様はお前らが悪魔って呼んでる生き物だよ」

そこへ、尻尾にじゃれついていた猫が伸びあがって悪魔のすねにすがりつき、ぱりぱりと引っかきだした。
もっと構えという意味合いだろう。

「いてっ。お前、何すんだよ」

悪魔が猫を抱え上げる。
猫を抱く悪魔の手には鋭い爪が生えていて、今にも刺さりそうだった。
もしかしたらこいつは、引っかかれた報復に何かするつもりではないだろうか。
P氏は嫌な予感に青ざめた。

「や、やめろ。猫に乱暴するなっ」
「別にどうもしやしねえよ。ったく、人間ってのは嫌だねえ。見た目で決めつけやがって」

悪魔があきれたようにため息をつき――ふと、面白いことを思いついたような顔をしてP氏に近寄ってきた。

「へえ、お前、動物が好きなのか」
「だ……だったらどうした」
「話ができたら良いな、なんて考えたこと、あるか?」
「それは……」

心密かに抱いていた夢だ。
P氏は思わず身構えた。自分の考えが見透かされているのでは、と警戒したのだ。

「お前、人間の心が読めるのか」
「さあな?」

身構えるP氏を、悪魔は楽しげに見つめた。

「とにかく同好の士ってことで、特別にこいつらと話せるようにしてやってもいいぜ?」

P氏は心が揺らいだが、まだ警戒を緩めなかった。
悪魔というのは願いをかなえる代わりに、とんでもない代償を要求してくるものだ。
その結果、願いをかなえてもらった人間はろくでもない結末を迎える。
聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていないが、P氏は悪魔についてそう解釈していた。

(そうだ。この場合は……)

「……代わりに人間と話せなくなるなんてこと、ないだろうな」

P氏が想像したろくでもない結末は、それだった。
確かに嫌な結末ではある。

「そんなことしねえよ」
「俺を動物にしたりもしないな?」
「しねえって。お前、疑り深いなあ」

悪魔の口調がイライラしたものに変わっている。
――良いのだろうか。
P氏は葛藤し始めた。
このまま警戒し続けていたら、悪魔は願い事をかなえてくれないかもしれない。
あの時願いがかなったかもしれない、と悔やみながら生きていくのは辛いことである。

P氏は腹を決めた。少なくとも命に関わることはないだろう、と。

「じゃあ、頼む」

すると悪魔は抱いていた猫を降ろし、つん、と鋭い爪の生えた指先でP氏の額をつついた。
途端、P氏の頭の中に、すうっと一瞬、冷たい風の吹き抜けるような感覚が走った。
だがあくまで一瞬だけのもので、後にはしびれも痛みも残らなかった。

「これでよし、と。じゃ、せいぜい仲良くやりな」

悪魔はP氏が瞬きをする間に消えてしまった。
本当にこれで、動物の言葉がわかるようになったのだろうか。
P氏は、先ほどまで悪魔にじゃれていた猫に声をかけてみることにした。

「や、やあ。猫くん」

すると猫がこちらを向き、金色の目を吊り上げた。

「おいお前、おれを猫なんて呼ぶんじゃねえ。それは人間が勝手につけたくそったれな呼び名だ。言っておくが、侮辱だぞ」
「え、ええっ?」
「俺はニャールー族の末席、ミュラーだ。よく覚えておけ。次に『猫くん』なんてふざけた呼び方してみろ、顔面ズタズタにしてやるからな」

個々に名前があるのはまだ理解できるが、ニャールー族というのは何だろうか。
P氏は混乱した。

「お前から、他の人間にもよく言って聞かせろよ」

猫――向こうの言い分によればニャールー族のミュラーはそっぽを向き、尻尾をぶんぶん振りつつ去って行った。

この時のP氏はまだ知らない。
猫どころか、その辺をうろつく鳩やカラス、散歩中の犬、果ては下水道にひそむドブネズミからも名称の変更を求められることを。
そして他の人間にもそう呼ばせるようにと脅迫されることを。
それが時間とともに世界中から押し寄せてくるようになることを。

動物を見るP氏の微笑みが引きつり笑いに変わるまでは、さほどかからないことだろう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただきました。

どんなオチになるのか、最後まで予測が付かず、意外性があって面白かったです。

やっぱり悪魔ですよねえ。
火消茶腕
2014/08/09 17:17
感想ありがとうございます。

ええ、また書きました、悪魔の話。
だって、書いてて一番楽しいんですもの。意外性のあるオチを考えている時に幸せを感じます。
次も楽しんでもらえるように頑張ります。

では、またお暇な時にでもいらして下さい。

鈴藤由愛
2014/08/09 17:58
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