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zoom RSS カルネ村にて エピローグ2

<<   作成日時 : 2013/10/05 11:56   >>

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「わたしはハルニレの娘なの」

クララの言葉に、カレンは首をかしげた。

「ハルニレ?」

言いようから察するに人名だろうが、全く聞いたことのない言葉である。

「ハルニレって……確か、東の果ての国の神話に出てくる人物ですね」

リーザがやや顔をしかめながら答える。
すると、クララは片方の眉をぴくりと動かした。

「あら、知っているの」
「学校に通っていた時、図書館で読みましたから」
「ねえ、ハルニレって?」

カレンはリーザのそでを引き、尋ねた。

「私が覚えている限りでは……」

リーザはそう前置きし、次のように話した。

ハルニレとは、東の果てにあるという国で語り継がれている神話に出て来る人物の名である。
神話は、人間が神から食料を与えられて生きていた時代のことを伝えており、その中に、ある男が食べ物を粗末にしたたために一生悪食となる呪いをかけられたというくだりがあるのだという。
男は人間の食料を受け付けられなくなり、およそ他の人間の食べられないような腐った物を好んで食べたという。
悪食を続けるうち、やがて男の体は変異していき、ついにはカマキリのような姿へと変貌してしまった。
その姿が人々の恐怖をあおらぬはずがない。
男を薄気味悪く思った人間達は、武器を手に彼を遠くへ追いやってしまった。
男の妻は夫を拒絶し、娘を連れて早々に夫の元を去っていたのだが、成長した娘は父と同じ悪食となり、カマキリに似た化け物となった。
その娘が、ハルニレという名前なのだ。
ハルニレは虫と同じように卵を産んで子孫を残すようになったが、孵化した子が女だったら生かしておき、男だったら全て食い殺してしまう。
こんな身にした父を恨んでおり、ひいては男というものを嫌悪しているからだという。

「でも、神話ですよ。事実だなんて……」
「あなた、わたしがどうなったか見ていなかったのかしら」
「それは……」

リーザが黙り込む。
きっと、クララがカマキリに似た姿に変わった時のことを思い出しているのだろう。

「わたしの存在が、事実だという何よりの証拠よ。遠い遠い昔のことで、人間はもう忘れてしまっただけなの」

「あのさ」

カレンはおずおずと片手を上げた。

「呪いのせいっていうんなら、呪いが解ければ普通の人間に戻れるの?」
「それは、きっと無理でしょうね。今までだって、誰も呪いを解こうとしなかったわけではないのよ。でも、ここまで呪いはずっと続いてきた……そうそう解けるようなものではないということよ」

クララが力なく首を横に振る。
呪いをかけたのが神ともなると、簡単に解けるようなものではないようだ。
神の怒りを買うということはそれほどのことなのだろう。

「お母様は」

そこで一旦言葉を区切り、クララが震えながら息を吐いた。
感情の高ぶりを、必死に押さえ込もうとしているのだ。

「お母様は、わたしや姉さん達の見ている前で、恨みの声を上げながら兄さん達を食い殺したわ。自分の産んだ子供なのに!」

クララが声を荒げた。
出会ってから初めて聞く声だった。
彼女はいつも静かな口調でゆったりと話していたから。

「クララ……」
「お母様はもう、救いようのない化け物なのよ……そして、わたしはその娘。今さら、まっとうな人間に戻れるなんて思えない……」

クララが強張った表情を浮かべ、己の腕をさする。
出会ってから初めて見せた、苦悩の表情だ。

カレンは口を開きかけ、しばらく躊躇した後に閉じた。
言えない。そう簡単に言えるものではない。
「呪いを解く方法は、きっとある」などと、気休めにもならない言葉だ。
リーザ相手に言えたのは、本気で治せると思っていたからだ。
だが、クララの場合は神話の時代から続いてきた呪いなのだ。
正直なところ、人間の力でどうこうできるとは思えない。

カレンはふと、ゆうべのことを思い出した。
夕食後、クララと自分の母親は家族のことについて話をしていた。
あの時自分は寝室を片付けに向かったので途中までしか聞いていなかったが、こう言っていたはずである。
『うらやましいですわ。わたしの家族は』と。
さすがに事実をそのまま言ったりはしないだろうが、その後に続く言葉は良いものではなかっただろう。

「もしかして、お母様のことが嫌で逃げ出して来たんですか?」

リーザが、最初の頃よりは柔らかい声でクララに話しかけている。
自分と同じように親に対して嫌悪の感情を抱いていると知って、親近感が湧いたのかもしれない。

「いいえ。わたしは自分の巣を持つことが許されて、そのための土地を探しておいで、って外へ出されたのよ」

リーザとクララの会話の中に、『巣』」という単語が聞こえてカレンは凍りついた。

「まさか、この村を巣にするの!?」

カルネ村は今や無人で、あとは時の過ぎるまま朽ちるだけの運命だ。
巣として活用するにはもってこいの環境といえよう。

(そんなの……)

ぞっとする。
ここは無人とはいえ、父の眠る場所だ。
そこを好き勝手にされたくはなかった。

(そんなことさせないっ!)

カレンの、クララを見る目つきがきつくなる。
色々と助けてもらったことは事実だが、譲れない一線はあるのだ。

「しないわ。わたし……お母様のようになりたくないもの」

悲しげに細いため息をつき、クララはやんわりと首を振る。

「……これがわたしの全てよ。わかってもらえたかしら」

そう言う彼女は、もういつも通りの落ち着きを取り戻した様子だった。

「う、うん」
「わたし達みんな、そうそう他人に明かすわけにはいかないものを抱えているってわけね」

クララの口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
どこか自嘲的な笑みだった。

「一緒にいるのはお似合いかもしれませんね」

リーザがうつむいたまま、同意の言葉を口にする。
カレンはおろおろと二人を代わる代わる見た。
うなずくべきなのだろうが、あいにくどうも本心からうなずく気になれない。
それはきっと、カレンだけがまともな人間の体だからだろう。
カレンの秘密だけは、体に関するものではないから。

「それじゃ、皆で一緒に行くの?」

カレンが尋ねると、二人は「ええ」と答えた。

「これからよろしくね」
「こちらこそ」

そうして三人は、誰からともなく墓場を後にした。


村の外へと続く橋を渡る間際、カレンはもう一度、村の方を振り返った。
背の高い草が風にそよいで音を立て、耳を澄ませば鳥のさえずりも聞こえる。
あの時とは違って、村の中には音があふれている。
命あるものの存在する音が。
以前は気にも留めなかった音が、今は耳に心地よい。

カレンはすうっと胸いっぱいに息を吸い込むと、二人に追いつくため、小走りで駆け出した。


<完>

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。火消茶腕といいます。

”カルネ村にて”、全話通して読ませていただきました。いや〜面白かった。人の気配がない村を父を探して歩きまわる描写、ゾクゾクしました。
 三人の少女たちもキャラがしっかりしていて、頭に描きやすかったです。
 少しだけ疑問だったのは、クララはただあてもなく放浪していて、偶然カレンに出会ったということでいいのでしょうか。クララはカルネ村を目指していたような描写があった気がしたんですが、特にカルネ村に用事があった訳ではないんですよね。どこか読み落とした?

 この三人の少女の話は続きがあるのでしょうか?あったら是非読んでみたいです。

 面白い話、ありがとうございました。
火消茶腕
2013/12/01 20:08
感想ありがとうございます。
久方ぶりのことに、ただ今小躍り中です。

ご指摘のクララの話ですが……実はカレンに引っ付いていくための口実です。
目的なくフラフラしてるだけです、彼女。
混乱させてしまいまして申し訳ありません。
力量不足ですハイ。精進します。
……後で書き直しします(泣)

続きは今のところ予定しておりません。
ネタが何か降りてくれれば……。

では、またお暇な時にでもいらして下さい。
鈴藤 由愛
2013/12/01 22:07
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