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zoom RSS カルネ村にて 25

<<   作成日時 : 2013/08/24 19:19   >>

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「お前は誰だ……」

空気を大量に含んだ、かすれた男の声がする。

「わたしはクララというの」

クララが答える。
すると、そいつは口を開けた。
どうやら笑っているらしい、と判断できたのは、残っている目が三日月形になったからである。

「お前……人間じゃないな?」

クララの体が強張ったように、カレンには見えた。

(人間じゃ、ない?)

驚きはなかった。
むしろ、カレンは納得していた。
そうだ。普通の人間は夜中にミミズなんて食べないのだ。腐った食べ物を好まないのだ。
人間じゃないとすれば、異常な行動の全てに説明がつく。

「あなた、自分の名前もわからなくなったのかしら。その有り様じゃ、無理もないでしょうけれど」

静かだが、どこか挑発とも取れるような物言いだ。
案の定、そいつの目がぎろりと動いた。

「俺はギールだ。忘れるもんかよ、俺の名を!」
「あんたがっ……!」

途端、カレンの心の中に、炎の燃え立つような感覚が起こった。
足の震えも忘れてしまうような、そんな激しい炎だ。
目の前に父親の仇が現れたのだから、無理からぬことである。

(こいつが、お父さんを……!)

ぎりり、と奥歯を噛みしめてギールを睨む。

(殺してやる!)

カレンは素早く視線を巡らせた。
手斧と、シャベルの位置を確認するためだ。
仇討ちのためには、どうしても武器が必要だ。今、手近な物の中で武器として使えるのは、その二つである。
一番近くにあるのは、シャベルだった。
歩けば五歩ほど、大股で歩けば三歩ほど、横っ飛びに飛べば、一歩か二歩の位置である。
カレンはシャベルの元へ飛ぶため、半歩、右足をずらした。
あとは隙をうかがうだけである。

「おお?」

ギールが柔らかい下半身をぐねりと曲げて、顔をこちらに近づけてくる。
まるで覗き込むような仕草だった。
気色悪さに体を強張らせながらも、カレンは睨むのをやめなかった。
気を張らなければ負けてしまう、と本能的に悟っていた。

「なんでお前がここにいる? リーザ」

しかし、意外にもギールが声をかけたのは、敵意をむき出しにするカレンではなく、リーザだった。

「そ、それは……」

リーザの体が震え出す。
異常なほどの怯えようだった。

「お前、あそこで大人しくしてるって言ったよなあ? 何でもするから、言うことをきくから殺さないで下さいって、泣いてすがって、命乞いしたよなあ?」

幼虫の部分をくねらせ、ギールは楽しげな声で語りだす。

「お前、もしかして俺から逃げる気なのか? 馬鹿が。お前はもう、まっとうに暮らせない体なんだぞ……なあ、お前の体はもう、汚い体だよなあ。汚い、汚い、汚い……」

ギールが天を仰ぎ、咆哮するようにして笑い声を上げる。
人間の感情を逆なでするような、嫌な笑い声だった。

「やめて……やめてっ、やめてえぇっっ!」

リーザが悲鳴のように叫び、カレンに強くしがみついた。まるで助けを求めるかのように。
これでは身動きが取れない。
おかげでカレンは、動くタイミングを見失った。

――いや。
シャベルの元へ飛ぶこと自体は可能だ。
簡単なことだ。しがみつくリーザを突き飛ばすなりして身軽になれば良い。

(私、お父さんの仇を取るって決めたんだから……!)

カレンはそっと、しがみつくリーザの手に己の手を重ねた。

父親の亡き骸が頭に浮かぶ。
大切な、たった一人の父親があんな死に方をしていたというのに、黙っているなんてできない。
ギールは八十年前の事件の被害者なのであり、復讐のためにこんなことをしたと言われても、とうてい納得できる話ではない。
それがどうしたというのだ。ギールが自分から父親を奪ったというのもまた、事実ではないか。
そちらが復讐という名目を振りかざすのなら、こちらもまた、それを振りかざすのこと。
少なくとも、同等の権利はある。

(許さない……! 絶対、許さない!)

しかし、決意のもたらす熱さとは裏腹に、カレンは次の行動を決めかねていた。
しがみついてくるリーザの手が、決断を鈍らせるのだ。
彼女の顔の右側部分に浮かんだ表情を見るのが、辛い。
血の気を失った頬を涙が伝い、嗚咽をこらえようと力んだ口元がゆがんでいる。
かわいそうなほど震えた体は、まるで小さな弱々しい子犬のようだった。
リーザは誰かの……カレンの支えを欲している。助けて欲しいと訴えている。
仇を――武器を取るというのなら、そんなリーザを捨て置かなければならない。
どんな理由を振りかざそうと、もっともらしい言い訳をしようと、助けてくれとすがりつく人間を見捨て、その手を振り払うということに他ならないのだ。

できるだろうか、それが。

「リーザ……」

胸が痛い。痛くて痛くてたまらない。

父親のことを思えば、復讐をやめるなんてできない。
復讐をしなかったら、父親の死に対して納得するという意味になる。
あの悲惨な死体を見ておいて、仕方が無いだの運命だっただの、そんな言葉で済ませてしまえるということだ。
そんなことはできない。
父親の死は不当なものだ……カレンはそう言いたかった。

しかし、目の前のかわいそうな少女を見捨てることだって、できない。
カレンの、人としての部分が悲鳴を上げる。

(私……一体どうしたらいいの……?)

リーザの手に重ねた自分の手に、やんわり力を込めながら――カレンは涙をこらえた。

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