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zoom RSS カルネ村にて 20

<<   作成日時 : 2013/07/20 14:59   >>

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墓場に向かう途中には、リーザを見失った家がある。
カレンが赤ん坊の頃に越してきた中年夫婦の家だ。
村がこんな風になった事情を知った今となっては、夫婦に対する見方も変わる。
越して来なければ事件に巻き込まれずに済んだろうに、と哀れむより他になかった。

その家に再び立ち寄ったのは、墓場の門を壊す道具を探すためだ。
まき割り用の手斧なら、どの家でも最低一つは置いてある。
それを拝借することにしたのだ。
他の家にしなかったのは、単にここが墓場に一番近かったからである。
体調が優れない様子のクララを寝室のベッドに寝かせ、探索するのはカレンとリーザの二人である。
初めに向かったのはまき割り場だが、何故かそこにはなかった。
とすれば、家の中に置かれているはずだ。

かくして、二人は勝手のわからない他人の家を手当たり次第に探す羽目になった。

「そういえば、ここの家の陰でリーザさんのこと見失ったんだっけ」

居間の床に積まれた雑多な物をかき分けながら、カレンは何の気なしに呟いた。
黙って作業をしていると気詰まりで、気分を軽くしたいために呟いた一言だった。

「私のことは呼び捨てでかまいませんよ」

暖炉の辺りを探りながら、リーザが言う。
両手が使えないと不便なのだろう、彼女は顔の左半分を覆った布の端を結んでいた。

「じゃ、私のことも呼び捨てでいいよ」
「そんな、あなたは私より年上でしょう?」

(……普通は、こうよね)

戸惑った様子のリーザを見て、カレンは思う。
年上を呼び捨てにするのはちょっとためらうものだ。
よほど親しい場合は別だろうが。

「いいよ……クララは呼び捨てにしてるし」

クララの場合は最初からいきなり呼び捨てにされたのだが。
母親にはきちんと礼儀正しくしていたことを思うと、年長者を敬う心はあるようだが……。
出会ったばかりのことを思い出すと、なんだか遠い目をしてしまうカレンである。

「人のことはさん付けで呼ぶよう、しつけられているんです。私のことは気にしないで下さい」

そう言い切られては、無理強いもできまい。
カレンは「はあ」とあいまいに返事をした。

「それでさ、あの時、どこかに隠れたりしたの? どこに行ったのか全然わからなかったけど」
「それは……」

リーザが口ごもる。

「言いたくないんなら、別にいいよ。すごく知りたいわけじゃないから」

カレンは慌てて付け加えた。
それから(もっと別なことを言えば良かった)と後悔した。

「……手斧、なかなか見つかりませんね。だいたい、普通はまき割り場に置いておく物なのに」

話の矛先を変え、リーザが暖炉から壁にかかった麻袋を端から探り始める。
居間の壁には他にも麻袋がいくつか固まってかけられている。

「そうだね。うちもそうしてる」
「まき割りって、もしかしてカレンさんの仕事なんですか?」
「ううん、いつもお父さんが……」

カレンはふっと考え込んだ。
家にいない時を除き、まき割りはいつも父親がしていた。
父親の割ったまきを拾い集め、積み上げるのはカレンの仕事だった。
――もう二度と、まき割りをする父親の姿を見ることはない。
今後のまき割りは母親との作業になるだろう。

「あ……すみません、お父様のことを思い出させてしまって……」

麻袋を探る手を止め、リーザがうつむく。

「き、気にしないで。その、ええと。私のお父さんと何か話したりした?」

気まずい空気になるのは勘弁して欲しい。
その一心でカレンは努めて明るく尋ねてみた。
帳簿の文面から察するに、カレンの父親とリーザは面識ぐらいはあるはずだ。

「少しだけ。妻と娘がいるって話してくれました」
「どんな話?」
「ええと……『女房は若い頃村一番の美人だったけど、焼くビスケットが固くて驚いた』とか、『娘はどじで泣き虫だから嫁に行けるか心配だ』とか、言ってました」

(お、お父さんったら)

もっとましなことを話してくれれば良いものを。
カレンは気恥ずかしさで黙り込んだ。
同時に、そう話している時の父親の姿がありありと浮かんで、切ない気持ちにもなる。

「『俺は二人を置いて死ねない、絶対に生きて帰るんだ』って……武器になりそうな物を取りに行くって納屋に入っていったのが、私の見た最期の姿です」
「……そっか」

その後、彼女は部屋に閉じこもってしまったのだろう。
そこからさらに時間が経ってから現村長によって帳簿に書き込まれたのが、あの文面に違いない。

「私、うらやましいって思ったんですよ」
「……え?」

こんなかっこ悪い、家族の恥さらしの話のどこがうらやましいのだ、とカレンは首をかしげた。
リーザの唇の端がつり上がり、笑みの形を作る。
だが、それは笑みは笑みでも自嘲的な笑みだった。

「私の両親は、正直に言うとあまり仲が良くなかったんです。家じゃ話もしないくせに、外では仲が良さそうに見せかけたりして……私がいるから仕方なく夫婦をやっているような、そんな感じでした」

うつむいたまま、リーザは話を続ける。
カレンは完全に作業の手を止め、聞き入っていた。

「だから、あなたのお父様の話を聞いて、うらやましいなって思ったんですよ。ああいうのって、本気でけなしているんじゃなくて、要はのろけ話ですから」

リーザがため息をつき、小さく頭を振る。

「……私の両親は、物取りに殺されたんです。夫婦そろって町の集まりに参加した帰りに、夜道で襲われて。見栄を張って上等なよそ行きの服なんて着ていくから、狙われたんですよ」
「え……!?」

カレンは目を丸くした。
帳簿の書き込みには「両親が死んで村に来た」としか書かれていなかったので、リーザの両親は流行り病か何かで亡くなったのだと思っていた。

(そんな……)

両親が殺されたなどと、何を言えば良いかわからない。

「あ、あの……」

かわいそうだとか気の毒だとか苦労しただろうとか、色々と思うことはあるが、そのどれもが不用意に発言すれば傷つけてしまいそうなものだった。
かといって励ますのも相手の感情を無視している気がして、カレンは悲しげな顔をしておろおろするばかりである。
だが、当のリーザの表情は淡々としたもので、感情の揺らぎを感じさせなかった。

「私、両親が死んでも悲しくなかったんです。ああ死んだんだって、そう思っただけでした。薄情者だとか強い子なんだとか、周りは勝手にいろいろ言いましたけど、そんなものじゃなくて……ただ単に空っぽになったような、そんな気がしただけで」
「リーザ……」
「仇を取ろうなんて、ちっとも思わなかった」

最期にまた一つため息をつき、リーザが麻袋を探る作業を再開する。
先ほど取った袋の口を開け、中を見る。
その袋には無かったと見え、彼女は袋の口を閉じると次の袋に手を伸ばす。

カレンはその仕草をぼんやり眺めた。
そんな話を聞かされたら、もはや探索どころではない。

(悲しくないって、そんな……)

たとえ冷え切った仲だろうと、血のつながった家族なのだ。
全く感情が揺さぶられなかったなどということは、きっとあるまい。
その証拠に、リーザは自分で言っていたではないか。
空っぽになったような気持ちだった、と。
それが悲しみというものだったのではないだろうか。
本人はそうと気付いていないのか、あるいは、認めていないのか。

「ああ、ありましたよ」

リーザの声で我に返る。
見れば、壁にかかった袋が半分ほどに減っており、リーザが手斧を持っていた。
手斧は柄の部分に紐が通してあった。
どうやらこれで麻袋とともに壁にかけてあったようだ。
どうりで見つからないはずである。

「良かった、これで鍵が壊せるね」

カレンは近寄り、手斧をしげしげと観察した。
手斧はカレンの指先から二の腕ぐらいの長さで、錆もなければ刃こぼれもなく、よく手入れが行き届いている。

「あとはクララさんの体調が回復していれば……」

その時、ぼす、とカレンの頭に何かが当たり、床の上に落ちた。
見るとそれは細長い布製の袋だった。
どうやら壁にかかっていた物が落ちたらしい。

「何よ、もう」

壁にかけなおそうと、カレンは袋を拾い上げた。
細長いだけではなく、やけに平べったい袋である。
袋の上から指先で探ってみると、紙にくるまれた物が入っているのがわかる。
一体何が入っているのだろうと、カレンは袋の口をゆるめて中を見た。

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