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zoom RSS カルネ村にて 17

<<   作成日時 : 2013/06/29 14:20   >>

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リーザは二人を部屋に入れると、布をさらに深くかぶり直し、すとんとベッドに腰かけた。
彼女の顔は左半分が完全に隠れており、すき間から見られることさえ恐れているらしく、常に左手ですそをつかんでいた。
その布に、カレンは見覚えがあった。
どこかだ見たはずだ、と思い返してみて、カレンは「あ」と声を上げた。

「思い出した! あなたのこと、さっき外で見たわ! ね、さっき外いたよね?」

カレンはリーザのかぶっている布を指し、声を上げた。
どこかで見た覚えのある色の布だと思ったら、走り去っていった人物のかぶっていた布ではないか。
ということは、あの時の人物は。

「……はい、私です。誰もいないと思っていたら人がいたので、慌てて逃げました」
「どうして逃げたりしたの?」

カレンは疑問を口にした。
クララは「見つかると不都合なことがあるからだろう」と予想していたが、本当のところが知りたかった。

「察してくれませんか」

リーザがうつむき、唇をかむ。
どうやら質問の答えは、「体のことを詮索しない」という条件に触れてしまうものらしい。
察するに、体に何らかの外見的な異常が起きていて、それを見られたくないのだろう。
あの時呼び止めても立ち止まらなかったのは、そういう事情だったのだ。

「あ、あの、ごめんなさい」

カレンはあたふたしながら謝った。
同じ年頃の少女として、体を隠さねばならない事態に見舞われるというのがどれほど辛いことか、想像できる。
自分は無神経なことを聞いたのだということが、今さらながらによくわかった。

「いえ、わかってくれたならそれで良いです」

そう言うものの、リーザの声は強張っていた。

「話を始めます。この部屋には椅子がないので、疲れたら床にでも座って下さい」
「椅子のある部屋に移動すれば済む話じゃないかしら?」
「あまりうろうろしたくないんです」

頑なな様子で告げ、リーザはうつむく。
それをクララが眉をひそめてじっと見つめる。
……なんだか嫌な空気が漂ってきたのは、気のせいではあるまい。

「ま、まあまあ、いいじゃない。ずっと座ってるわけじゃないし」

カレンはクララをなだめつつ、そそくさと床の上に座った。
一方クララは立ったまま話を聞くつもりのようだ。
床に座ると、ベッドに腰かけたリーザに見下ろされる位置関係になる。
それが嫌なのかもしれない。

「率直に言います。事件の犯人は、ギールっていう人です。あの人は自分の体に湧いてる虫を使って、村をこんな風にしちゃったんです」
「ギール?」

カレンは首をかしげた。
村人の中にそんな名前の人間はいなかったはずだ。
よそ者だろうか、と考えていると。

「村の人です。もっとも、八十年前に亡くなったんですけど」

八十年前といえば、当時の村長が今回の怨恨の原因を作った年である。

「もしかして、八十年前のことに関係ある人?」
「ええ。当時の村長……私の高祖父に殺されたようなものです」
「あのー……高祖父、って?」

耳慣れない言葉にカレンは首をひねる。
すると、リーザの口元がふっと緩むのがわかった。
馬鹿にしたような感じではなく、親しみを覚えたような、そんな感情の動きが読み取れた。

「ひいひいおじいさん、ってことです。おじいさんのおじいさんですよ」
「あ、ああ、そうなんだ」

とはいっても、あまり実感はない。
そもそもカレンは祖父母の顔を知らずに育ったので、さらにその祖父母と言われても全くピンとこないのだ。
おじいさんのおじいさん、という響きに何やら壮大さすら感じてしまうほどである。

「八十年前のことは、高祖父の日記を読むまで知りませんでした。私も祖父も、本当に全然知らなかったんです」

これです、とリーザがベッドの枕辺りに右手をやり、一冊の手帳を引き寄せた。
革張りの立派な装丁で、ご丁寧に鍵までついている。
今は鍵が開いており、中身を自由に見られる状態だ。
ぱらぱらとページをめくる手が、あるところで止まる。

「高祖父は、自分の老後と家の安泰のために息子……私の曾祖父、ええと、ひいおじいさんをどこかの良家の娘と結婚させようとしていたんです」

リーザが手帳を差し出してくる。読めということだろう。
しかし、カレンより先にクララの手が手帳を受け取った。
彼女は手帳を受け取ると、一心に読み始めた。

「でも、曾祖父は村に住んでいるハンナって娘さんを気に入っていて、思いを寄せていたんです」

差し出した手を空しく引っこめ、カレンは話の続きを聞く。

「曾祖父はハンナさんに告白しました。でもハンナさんは受け入れませんでした。『好きな人がいるから』と」

リーザはそこで、一旦気まずげに黙りこんだ。

「……それで、その……曾祖父は逆上して、彼女を……」

やや口ごもりながら、リーザがぽつりと言葉をつむぐ。
この状態を見て、カレンは何があったか想像もつかないほど馬鹿でも、あえて聞き出そうとするほど無神経でもない。

「ハンナさんは、かわいそうなことをされて殺されてしまいました。その事を知った高祖父は、別の人を犯人にでっち上げたんです」
「ひどい……」

カレンは思わず顔をしかめた。
聞いているだけで胸の悪くなりそうな話である。

「濡れ衣を着せられたのは、ギールという村人でした。彼には身内もいないし、だいたい一人で過ごしていたので無実を証明できる人がいなかったんです」

それで、とかぶった布をつかむリーザの手に力がこもる。

「高祖父は、金を渡して現場を目撃したという証言をさせ、ギールさんを犯人に仕立てて処刑しました。これが、八十年前に起きたことです」

カレンは頭が痛くなってきた。
この村に昔、そんな恐ろしい出来事があったなんて知らなかった。
恐ろしいというのは何も、事件そのもののことだけではない。
息子のために犠牲にしても良さそうな村人を値踏みした村長がいた、という点も恐ろしいところである。

「カレン、あなた誰かにそんな話をされたことはない?」

クララが手帳から目を離さずに問いかけてくる。

「ないよ。村で一番年上だったのは、今年で七十歳になるおじいちゃんだけど……そんなこと、ちっとも言ってなかったし」

カレンは首を横に振る。
村の人や両親からそういった話を聞いたことはなかった。
八十年の月日が、そこまで事件を風化させたのだろうか。

「……息子が息子なら、親も親というところかしら。最低な村長ね。その上、反省も後悔もしていない。これは恨まれても仕方ないことね」

ため息混じりにクララが告げる。
遠慮も容赦もない非難だった。

「私もそう思います」

同意するリーザの右目に浮かぶ表情は、複雑そうだ。
無理もないだろう。
恨まれても仕方ない人間だと思うものの、それは自分の先祖でもあるのだから。

カレンは何も言えなかった。
いくら非がある人物とはいえ、目の前にいる人の血縁の者を非難するのはためらわれた。

そのカレンの視界に、ふっと手帳が滑り込んできた。
見ると、クララが差し出してきたのだと知れた。

「読んで御覧なさい、詳しい事がわかるから」
「う、うん」

手帳を受け取り、カレンはページに目を通し始めた。

――日記は、八十年前の春の終わりごろから始まっていた。

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