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zoom RSS カルネ村にて 13

<<   作成日時 : 2013/06/01 19:06   >>

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納屋の戸は開けっ放しになっていた。
カレンはその中へ駆け込むと、忙しなく視線をさまよわせた。
入り口から見る限り、左右の壁にかかった農具や床に置かれた何かの道具が目につくばかりで、人の姿は見当たらない。
かなりほこりっぽいことから、だいぶ人の出入りがないことがうかがえる。
明り取りの窓から日が差し込んでいるため、今は物を見ることに差し支えないが、夜は明かりを持参しないと何も見えないだろう。

ざっと見たところ、屋内に人の気配はない。
もしかしたら奥の方や物陰にいるのかもしれない、とカレンはそろそろと中へ進んだ。
すると、納屋の奥に積まれた板の陰から、こげ茶色のブーツを履いた人の足が覗いて見えた。
靴先の白いしわ。毛羽立った靴ひも。ななめについた傷――カレンはその特徴を併せ持つブーツに心当たりがあった。
そして、その持ち主にも。

「お父さん!?」

カレンは駆け寄り、その持ち主の姿を見た。
そこにいたのは、カレンと同じ金褐色の髪を短く刈り込んだ、大柄な男だった。
よれたシャツに薄汚れたズボンを身に着けたその男は、納屋の壁に背中をつけ、手足を投げ出した姿勢で座り込んでいる。
――間違いなく、父親だった。

(見つけた!)

カレンは駆け寄り、父のそばにひざをついた。
やっと会えたという喜びが、胸いっぱいにこみ上げてくる。
三ヶ月以上も会えずにいた、大切な家族である。
目の前の風景がじわりとにじんだ。

「お父さん……!」

思わず、ぎゅっと抱きついてしまう。
しかし父親は何も言わず、抱き返してもこない。
よく見れば父親は土気色の顔をし、目を固く閉じている。

(まさか……)

嫌な想像が頭に浮かぶ。
『発見』と『生存』は、等しく結びつくとは限らないのだ。

(そんなこと、ない!)

カレンは悪い想像を頭から追い出し、父親の肩を軽く揺すった。
すると、父親の首の付け根がぴくぴくと動き、ぐう、とのど奥からくぐもった音が聞こえた。

(良かった、生きてるんだ!)

カレンは今度こそ安堵した。

「お父さん、しっかりして! 私よ、カレンよ、わかる?」

父親は固く目を閉じたまま、何も言おうとしない。
口もきけないほど衰弱しているのだろうか。
カレンは肩掛けカバンを床に降ろし、中身を調べた。
何か飲ませれば意識が回復するかもと思ったのだが、あいにく飲み物は入っていなかった。
持ち物の中で飲食できる物といえば、母親お手製の固いビスケットのみ。
水筒を持ってこなかったことを、今さらになって悔やむ。

(しょうがない、村長さん家のコップを借りよう)

「ちょっと待ってて。今水を汲んでくるから」

そう言って立ち上がりかけたその時、げげえ、と父親の口から空気が漏れた。
何を食べたのか定かではないが、臭い。
その中にかすかな酒の臭いを嗅ぎ取り、カレンは顔をしかめて口元を押さえた。

「お、お父さん……」

久々に会った娘の前で大きなげっぷをするとは、どんな神経だ。
元々ちょっと大雑把な性格で、上品な人間とは言いがたい父親だったが、これはひどい。
カレンはげんなりした顔で肩を落とした。
見つかったことはうれしいが、これでは何もかも台無しである。
酒の匂いがしたことから見て、おおかた酔っ払って寝込んだのだろう。
まあとにかく、反応があるということは生きているのだろう。そこは喜ぶべきなのだ。
カレンはそう考えることにした。

(こんな所で寝ちゃって、まったくもう)

ため息をついたカレンは、ふと父親の口元に目をやった。
わずかに開いた口の中で、何かがぬらりと動いている。
のどが渇いて、無意識のうちに水を求めて舌を動かしているのかもしれない。
それがまるで催促しているように思え、カレンは何だか腹が立った。

(こっちは心配してたっていうのに、人の気も知らないで!)

心配いらないと言っていた母親の言う通りだった、と実感する。
やはり、長年連れ添った母親にはかなわない。
父親の意識が回復したら、思う存分文句を言ってやろう。
それから、家を離れて仕事に行く時は、定期的に連絡をするよう約束してもらわねば。
そこまで考えをめぐらせた時、カレンの背中に突然悪寒が走った。
病気からくるものではなく、危険を知らせる類のものだ。

(え……何……?)

我に返ったカレンの目に、先ほどまでとは違う光景が飛び込んできた。
父親の口から出ている舌が、異様な長さに伸びている。
その長さといったら、座った状態から床に着こうかというほどである。
舌は真っ赤な血にまみれ、なおも長く伸びていく。

絶対に普通ではない。

「ひっ」

カレンは腰を抜かし、その場にしりもちをついた。
恐ろしくてたまらないのに目をそらせない。
恐怖に歯を鳴らすカレンの前で、『舌』が上を向いた。
父親の口から伸びていたのは、舌ではなかったのだ。
――それは、虫だった。
クララの踏み潰した幼虫が成長したら、きっとこんな風になるのだろう。

「きゃあああああっっ!!」

本能が「逃げろ」と訴えているのに、立ち上がることすらできない。
カレンにできたのは、叫び声を上げることだけだった。

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