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zoom RSS 魔女の住まう森 24

<<   作成日時 : 2013/01/26 17:28   >>

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通路を抜けて台所に出た後、ピートは裏庭に向かうことにした。
ぬかるんだ地面と、苦痛にあえぐ人間を思わせる形の木々が並んでいた場所である。

「お兄ちゃん、どこいくの?」
「ちょっと、気になることがあるんだ」

だからここで待ってて、とピートはメグを残し、外へ続くドアを開ける。
老婆の話では、あの木々は元々は人だったという。
それも以前、自分達と同じように苦しみ、傷ついた末にここへ迷い込んだ境遇の持ち主だと。
……他人とは思えなかった。だから気になった。
老婆が死んで、彼らは一体どうなったのだろう、と。

まき割り場を横目に、裏庭に回る。
緊張しながら足を踏み入れたそこには、ぬかるんだ地面以外何もなかった。
木が生えていた形跡さえも残っていない。
まるで初めから何も無かったかのようだ。

あ然と立ち尽くしながら、ピートは思った。
彼らはどこへ行ったのだろう。
老婆と一緒に消えてしまったのだろうか。

「あいつらのこと、気になるか?」

クックの声がして、ピートは振り向く。
どうやら後を着いて来ていたらしい。

「ばばあが死んだから、あいつらは木から人間に戻った。だけど、時間が経ち過ぎてた。人間に戻ってから、一気に年食ったんだよ。死んで、干からびて、それでも足りなくて土に返ったんだ。ま、人間に戻ってめでたしめでたし、なんて都合良くいかねえわな」
「そんな……」
「気の毒がるなよ。身動き取れねえ、生きてるかどうかも怪しい状態から解放されたんだ。やっと終わったって思ってるさ」

クックはそう言い、「先に行ってるぜ」と歩いていく。
ピートは、ちらりともう一度振り返った。

――あそこにいたのは自分かもしれない。
そう思うと複雑だった。

(――戻ろう)

ピートは短く息を吸い、表情を引き締めた。
自分には帰る場所も、帰る理由もある。
決してすっきりしないけれど、今はそれだけを考えよう、と思った。

台所へ戻り、メグを連れて家を出る。

「必要なら、金目の物でも食い物でも、何でも好きな物持ってっていいんだぜ」
「いらないよ。家に帰れたら、それでいいんだ」

クックの言葉に首を振り、門までの道を歩く途中、にわとり小屋が目について足を止めた。

「あ」

そういえば、頃合を見て小屋に戻そうと思って、にわとり達を放したままだった。

「いけない。忘れてた」
「なんだ、忘れ物か?」
「にわとり小屋に、みんなを戻さないと」
「ああ、それなら心配いらねえぞ」

クックがのんびりした口調で告げる。

「お前が外へ出たら、こっちの世界の時間は止まる。腹も減らねえし、年も取らねえ。だから心配いらねえよ]
「だからって、放っておけないよ」

故郷の家にいた時にもにわとりは飼っていたが、野良猫などに狙われないよう、常に注意を払って世話をした。
そのため、いくら心配いらないと言われても放っておけないのだ。

「つくづく律儀だな、お前」

クックが、あきれたようにため息をつく。
この時ピートは、クックの目が、普通のにわとりとは違う暗い緑色であることに初めて気付いた。

「メグ、にわとりを小屋に戻すから手伝って」
「うん」

メグと共に駆け寄ってみると、小屋の周りでメスのにわとり達が思い思いに過ごしていた。
このにわとり達は、老婆の死など知るよしもないのだろう。
立てかけていた竹ほうきを取りに行こうとして……ピートは、あれ、と思った。
――何かが引っかかる。
今しがた見たにわとり達の光景に、違和感があった。
その違和感の正体を確かめるべく、ピートは恐る恐る視線を戻す。

すると。

「お、ピートじゃねえか。今度は庭掃除か?」

メスのにわとり達に囲まれたクックが、つい先ほどまで一緒にいたとは思えない言葉を投げかけてきた。

「クック、何言ってるんだよ。そんなわけないじゃないか」

ずっと一緒にいたのだから、ピートがこれから何をするか知らないはずがない。
冗談だというのなら、ひどく出来の悪い冗談だ。

「なら、草むしりか?」
「いいかげんにしてよ。僕らと一緒にいたのに、わからないはずないだろ」
「何言ってんだ。俺は小屋を出てからずっと、ここでひなたぼっこしてたぜ。寝ぼけてたんじゃねえのか?」
「そんなまさか!」

ピートは目を丸くした。
彼の言葉の通りなら、青い実をくれたのはクックではないということになる。
つまりそれから後のことは全て、関与していないのだ。
忘れているのでは、と考えかけて、ピートは内心首を振った。
そんな馬鹿な。何より自分で言っていたではないか。
他のにわとりとは違って、どんなに歩いても物を覚えている、と。

「クック、覚えてないの? 青い実をくれたことも、僕が叫んでるからって駆けつけてくれたことも、暗いから明かりをつけてくれって言ったのも……」

思わず、一緒に行動していた時のことを話して聞かせる。

「……身に覚えがねえんだが。おい、本当にばばあが死んだのか!?」 

それを聞いた目の前のクックは、本気で驚いている様子だった。
悪い冗談を言っているとは思えない。

(そんな……)

ピートは前髪をくしゃりとにぎる。
では、今まで一緒にいたクックは、誰だったのだ?
にわとり小屋にいたオスのにわとりは、クック一羽しかいないはずだ。

ピートは慌てて、先ほど自分達がいた場所へ戻ってみた。
――いない。念のため近くを見回してみるが、他のにわとりの姿はない。

(どういう、こと……?)

何がなんだかわからない。
頭の中がぐちゃぐちゃなまま、ピートはにわとり小屋に戻る。

「そうか、ばばあが死んだのか……じゃあ、俺達は自由ってこったな」

クックが、くちばしの下の赤いひだをなでながら呟く。
ピートはクックをじっと見つめた。
今ここにいるのは、老婆との戦いの際、一緒に逃げ回ったクックではないのだろうか。

(偽物?)

疑いの眼差しを向けて、ピートはさらに悩む。
だが、このクックよりも、先ほどまで一緒にいた方を偽物とみなした方がしっくりくる――ような気がする。

「ついにチャンスが巡ってきたか! なあピート、俺を連れて行ってくれよ。言っただろ、俺、いつか外へ出て、でかいことを成し遂げるんだって。今がその時なんだよ、なあ、いいだろ?」

羽を広げ、興奮気味にクックが頼み込んでくる。
その目は、ごく普通のにわとりと同じ黒い色だった。

ピートはしばらく黙り込み――できない、と首を横に振った。
どちらを信じれば良いか、わからなくなってしまったから。

「そんなこと言わないで、頼むよ! 世話になろうなんて思ってねえ、後は一人でやってくからよ、なあ!」

しつこく食い下がるクックを含むにわとりを全て小屋に戻し、ピートは門の前に立った。
メグの手を取り、きゅ、とにぎる。
今、自分が信じられるのは、この小さな手の持ち主だけだった。

門から足を一歩踏み出すと、辺りは一面まばゆい光に覆われた。
光は目に映るもの全てを飲み込み、白一色に染め上げる。
そのまぶしさといったら、目を開けていられないほどだ。

やがて光が消えた後――ピートは元いた森の、消したたき火のそばに立っていた。
辺りは夜明け間際の青黒い色に染まり、辺りには刺すように冷たい空気が満ちている。
……今は、いったいいつなのだろう。
あれから、まだ一日と経ってはいないのだろうか。
それとも次の日か、それとももっと日数の過ぎた日の夜明けなのだろうか。
この場でうかがい知ることはできない。

あの世界で起こったことを話しても、誰も信じはしないだろう。
しかし現実だったのだ。
その証拠に、上着は失われ、ポケットの中のマッチは残り一本に減っている。
それらと比較にならない、もっと確たる証拠が己の中にある。
ピートは目を閉じ、心の中で唱えた。

(帰りたい。じいちゃんの所へ、故郷の家へ帰りたい)

と、不意に故郷の家の風景が頭に浮かんだ。
木でできた小さな家と、そばにあるにわとり小屋。家の裏にある畑。
いつからか勝手に咲くようになった、小さな白い花。
懐かしさと、何故か悲しい気持ちがこみ上げる。

(じいちゃん)

たばこくさい祖父を思い出したその時、ピートは風景の中へと引きずり込まれた。


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