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zoom RSS 魔女の住まう森 15

<<   作成日時 : 2012/11/24 17:13   >>

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扉の向こうに待ち受けていた風景に、ピートは目を疑った。
現実のこととは思えず、しばし茫然と見つめた後、おもむろに目をこすり、もう一度見る。
だがやはり、風景は変わらない。

「何だここっ!? おいピート、一体どうなってんだ!?」

クックが叫ぶ。
それは、ピートの胸の内を代弁するかのような叫びだった。

「……僕にもわからないよ」

ピートは、ため息混じりに頭をかく。
たとえ信じがたくとも、受け入れがたくとも、これは現実なのだ。
確かにそこに存在している物を、否定することはできない。

扉の向こうに広がっていた風景……それは、明るい日差しの降り注ぐ中、そびえ立つ一本の巨木を中心とした、森の中のひらけた場所だった。
足元には背の低い雑草に混じり、小さく可憐な野の花が咲いている。
これが屋内にあるものとは思えない。

しかし、あの扉が外へ通じる物だったのだとも思えない。
何故なら、家の裏に回った時に、苦痛にあえぐ人間の姿を思わせる木々と、ぬかるんだ地面を見ているからだ。
それに比べると、この場所はあまりに緑が豊か過ぎる。
だいいち、この家に来た時に、この巨木に気付かぬはずがない。

何かがおかしい。
ここに長居しない方が良い。
そう訴えてくる本能を、ぐっと押さえ込む。

確かに急いで立ち去った方が賢明だろうが、それは目的を果たしてからだ。
――ここにいるだろうメグを探し出してから。

ピートは目をこらし、辺りをぐるりと見回す。
ほどなく、メグは見つかった。

巨木の太い枝から半円の形に垂れた、緑色のつる。
そのつるは、ちょうど、人間が腰かけられそうなぐらいの長さだ。
そこに、彼女が座っていた。

「――メグ」

ぽつり、と名を呼ぶ。
聞こえる距離ではないためだろう、こちらへの反応はない。
メグは背中を向けた格好でブランコを揺らし、楽しげに笑い声を上げている。

「あれがお前の妹なのか? 熱があるって言ってたが、元気そうだぜ」

クックが、けげんそうにこちらを見る。
それもそうなのだが、ピートは別のところに気を取られていた。
メグの周りをちらちらと飛ぶ、大きな羽虫。
ここからではよく見えないが、透明な羽がちらちらと動いていることだけはわかる。
あんなに大きな羽虫は、お目にかかったことがない。
あれは一体何だろうか。

ピートはメグの元に歩み寄った。
その気配を察知して、羽虫達はいっせいに飛び去った。

「メグ」

力強いわけでも、優しげというわけでもない、かすれた声が出た。
本当は、安心させるような声を出したかったのに。

「お兄ちゃん」

メグが、きょとんとした顔で見上げてくる。
顔色はいたって普通で、熱があるようには見えない。
昨日おじに殴られた部分は、薬が塗られているようで、てらてらと光っていた。
つんとした薬の匂いが、鼻をつく。
青あざにもならず、腫れてもいないのは、薬の……老婆の治療のおかげなのだろう。

「メグ、体はもう良いの? 痛いところはない? 熱があるなら、寝てなきゃ駄目じゃないか」

ピートは身をかがめ、メグの両肩をつかむ。
触れた体にも熱っぽさは感じられない。
老婆の言っていた『高熱を出している』という話が、にわかに疑わしく思えてきた。

「ううん、メグ、どこも悪くないよ」
「え?」
「おばあちゃんが治してくれたの。だから、どこもいたくないし、おねつもないよ」

おまけに、本人がそう言うのだ。

(嘘だったのかな)

不意に頭をもたげてきたのは、そんな考えだ。
もし本当に高熱を出していたとしたら、今のメグの状態はあり得ない。
人間の体は、熱が下がったからといって、すぐに元通り元気になるわけではないのだ。
病み上がりなのだから、もっと弱っているはずである。
しかし、今のメグは健康そのものといって良い状態だ。
ならば、熱など初めから出ていなかったと考えるのが自然である。

だが、何のために嘘をつく必要があるのだろう?
ピートにはその理由がさっぱりわからなかった。

「お兄ちゃん、あのね、メグ、おともだちができたの。ねえみんな、メグのお兄ちゃんだよ」

ブランコから降り、メグが頭上に向けて呼びかける。
すると、ピートの眼前に何かがひょいっと飛んできた。
ぎょっとして顔をのけぞらせると、その正体がつかめた。
それは、羽虫のような二枚の羽を持った、緑色の髪に緑色の目、そしてつるりとした白い体の、人によく似た生き物だった。
よく似た、というのは、人間と比べると明らかな違いがあったため。
彼らの目は、まるで昆虫のそれのように、白目もなければまぶたもなく、顔の半分ほどを占めていた。
おまけに、ぱっと見たところ口が見当たらない。

――妖精。
ピートの頭に浮かんだのは、その言葉だった。

「これ、って?」
「メグのおともだち! ずっと前からここにいるんだって!」

メグは、にこにこと笑っている。
ずいぶん久しぶりに見た、子供らしい笑顔だった。
その事に胸をしめつけられながら、ピートは切り出した。

「メグ、家に帰ろう。じいちゃんのところに、帰ろう」

ピートはメグの手を引き、歩き出す。

「どうして? メグ、ここにいちゃいけないの?」
「……うん。ここは僕らの家じゃないだろ。ずっといたら、おばあさんに迷惑がかかっちゃうよ」

それに、怪しいから。
その一言を口にすべきかどうか、ピートは迷った。
老婆への不信感はぬぐえないが、曲がりなりにもメグを治療してくれた恩人でもあるのだ。
完全に悪党扱いするのは、やはりためらわれる。

「メグ、行かない」

急にぐいっと腕を引かれた。
振り返ると、メグが両足を踏ん張っている。

「メグ?」
「メグのおうちは、ここだよ。だから、ここにいていいんだよ。おともだちも、おばあさんもそう言ったもん」

メグの言葉は、ピートを打ちのめした。
ショックで、膝から崩れ落ちそうになる。

(違う。僕らの家は……)

そう、『家』とは――帰るべき家とは、故郷の、祖父のいるあの家だけだ。
ピートは、信者が一途に神を信奉するように、それを心の拠り所としてきた。
それをメグは、あっさりと否定したのだ。いや、乗り換えたのだ。捨てたのだ。
――あの辛い日々を共にした同士でありながら。

ショックの通り過ぎた頭に、今度は血が上ってくる。

おそらく、メグの緊張をほぐすため、老婆が「ここを自分の家だと思って」あたりのことを言ったのだろう。
それをメグの幼い頭が、額面通りの意味で解釈したのに違いない。
しかし、それでもピートの頭には血が上った。
幼さを理由に収まりのつく話ではない。
その幼さは、ピートの心の拠り所をえぐったのだから。

「何言ってるんだよ。僕らの家は別のところにあるじゃないかっ」
「ここだもん! ここなら、いやなことなんてないんだよ! だから、ここがメグのおうち!」
「うるさいっ、ここは僕らの家じゃないっ!!」

思わず声を荒げてから、ピートははっとした。
気がつけば、メグの目にはみるみるうちに涙があふれてきている。

怒鳴られるということが、彼女にとってどれほどの恐怖をもたらすものか、簡単に想像はつくのに――。
後悔しても、もう遅い。
口から出た言葉をかき消すことは、誰にもできない。

「メグ……ごめん、怒鳴って、ごめん」

えぐ、えぐ、としゃくり上げ始めたメグを抱き寄せる。
……ピートは、気づいていない。
そうこうしているうちに、妖精達が自分達の周りに集まってきていることに。
それも……まるで、包囲するかのようだということに。

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