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zoom RSS 魔女の住まう森 9

<<   作成日時 : 2012/10/13 12:58   >>

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まき割りを終え、斧を置いて額に浮かんだ汗をぬぐう。
やはりまき割りは結構な肉体労働である。
上着を着ていなくて良かった、と考えたところで、ピートは今朝のどたばたで、上着を着そびれたのだと思い出した。
昨晩寝た時に脱いだ覚えがあるので、記憶違いでなければベッドに置きっぱなしになっているはずである。

植物のつるが、割られたまきを拾い上げてきれいに積み上げる。
まっすぐな状態から腰を曲げるという動作は、人間にとって辛いものである。
だから植物に手伝わせているのかな、とピートはぼんやり思った。

「お疲れさん。まあ、井戸で水でも飲んで休めよ」

しゃがみこんだクックが、後ろ足で地面を蹴り、体に乾いた土をかけながら言う。
にわとりは虫除けのために、砂浴びをしなければならないのだ。
ここには砂がないので、その代わり乾いた土を使っているのだろう。
人間の目には、せっかくの白い羽毛を汚しているようにしか映らないが、きちんと意味のある行為だ。

「うん、でも次の仕事があるから」

休みたいのはやまやまだが、次の仕事をすでに言いつけられている。
まき割りが終わったら、昼食の支度にかからねばならないのだ。
仕事が遅れたことで機嫌を損ねては大変である。

「お前、くそ真面目だなあ。しょうがねえな、特別にいい物をやるよ。ついて来な」

砂浴びをやめ、クックが歩き出す。
にわとりのくれる「いい物」とは何だろう。
ピートがついて行ってみると、クックは「待ってろ」と言い残し、畑のそばの草むらに分け入った。

「ほら、これだよ」

ほどなく、草むらの中から何かを転がしてきた。
それは青い色をした、手の平に乗るぐらいの大きさの丸い物体だった。
皮はつるりとしていて身が固く、見た目としてはプラムに似ている。

「何、これ」

匂いをかいだり指でつついたりしながら、ピートは問う。

「よくわからねえけどよ、見つけるとばばあが喜んで食ってるぜ。きっと、すげえ美味いんだろうな」
「それって、僕が食べちゃいけない物なんじゃ……」
「一個ぐらい食ったって、わかんねえだろ。ほら、見つからねえうちに食っちまえよ」

ピートはしばらく口を真一文字に結び、その真っ青な実をにらんでいた。
真っ青な色合いは、見ているだけで食欲を萎えさせる。
正直に言えば、食べたくない。
真っ青な実なんて不気味で、毒がありそうだ。

ちらり、とクックを見る。
ピートがその実を食べると信じて疑わない、純真な目とぶつかった。
食べ物をくれるということは、彼なり気づかっているのだろう。
断るということは、その気づかいを無下にしてしまうということだ。

(もう、どうにでもなれっ)

やけくそな気持ちでかぶりついてみると、中から甘酸っぱい果汁があふれ出した。
見た目にそぐわぬ美味しさだ。
一口味わった果実の甘さは、たちまちピートを虜にし、食欲で思考をいっぱいにしてしまった。

あふれた果汁で手を濡らしながら、ピートは夢中で実をかじり続けた。
だがしょせんは小さな実。すぐに食べ終わってしまった。
もしこの実がかごに積んであったとしたら、ピートは迷わず次の実に手を伸ばしていたことだろう。
しかし現実には、この実はクックがくれた一つだけ。
ピートは名残り惜しげに指や手をなめた。

「いい食べっぷりだな」
「うん、美味しかったよ。ありがとう、クック」

あまり夢中になっていたせいで、ピートはその実がちょっと変わっていたことに気付かなかった。
普通の果実は中に大なり小なり芯や種があるものなのに、その果実にはどちらもなかったのだ。
ただし気付いたとしても、その見た目の衝撃の方が勝って「そういうものだ」と受け流していた可能性はあるが。

「ん? お前、その靴どうした。どろどろじゃねえか」

クックがピートの靴先を羽で指す。
言われて初めて、ピートは靴に泥がついているのに気付いた。
つま先からかかとまで、べたりと黒い泥で覆われている。

(ああ、そうだ)

家の裏側に行った時、そこの地面がぬかるんでいたことを思い出す。
うかつだった。
この靴の状態を見たら、老婆は何があったか気付くだろう。

「そんな泥だらけの靴で上がりこんだら、ばばあが怒るぞ。落としとけよ」
「……そうだね」

ついでに、果汁でべたべたする手も洗ってしまおう、とピートは考えた。
水で濡れていることをとがめられそうだが、水を飲もうと井戸から汲んだ時に手が滑ったとでも言い訳しよう。

「じゃ、俺、そろそろ戻って昼寝するわ。次の仕事も頑張れよ」

クックは軽い口調で告げると、くるりとこちらに背を向け、にわとり小屋の方へ歩いて行く。
その時、風が吹いた。
辺りの木の葉と草花が揺れ、ざわざわと音を立てる。

その風にまぎれて、かすかに幼い女の子の笑う声が聞こえた――気がした。

「メグ!?」

ピートは家の壁に張り付き、呼びかける。
もしかしたらどこかに穴が開いていて、そこから声がもれたのかもしれない。
とにかく無事だと確認したくて、そこにいるのだと安心したくて、ピートは背伸びをし、あるいはしゃがみこんで壁を調べる。
しかし、いくら調べても壁には穴もひび割れも無い。
やがてピートはぐったりした表情で肩を落とした。

(きっと、風の音を聞き間違えたんだ)

急に、どっと疲れを感じる。
ピートは押し黙って重い足取りで台所のドアまで来ると、ノブをつかんだ。
と、ドアの下に紙切れがはさまっていることに気付いた。

(なんだろう、これ)

小さく折りたたまれた、ずいぶんと古い紙だ。
その古さといったら、端がぼろぼろで全体的に茶色く変色しているほどである。

「ピート、戻ったなら戻ったとお言い。黙って入ったら泥棒と同じだよ」

家の中から老婆の声がして、危うく紙切れを落としかけた。
捨てるべきなのか、老婆に落ちていたと差し出すべきか迷い、とっさにズボンのポケットに突っ込む。

「は、はい。すみません、今、まき割りから戻りました」
「次からは気をつけな。じゃあ、さっさと昼食にしておくれ」
「はい」

まき割り前の会話を思い出す。
確か、玉子を使った料理を頼まれていたはずだ。
いそいそと支度に取り掛かるピートの頭には、紙切れのことはすでになかった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
泥沼のなかの怪しい形。不思議な美味なる果実。そして今度はごくありふれた紙きれ。次々に謎の物体が出現してきますが、さてどんな出来事へ繋がっていくんでしょうか。
ふと聴こえた声。笑っているのならとりあえずは安心?それとも誰がなぜ笑っているのかによるんでしょうか。
路傍の石です。また来ました。
2012/10/14 15:04
感想ありがとうございます。
物語は中盤ぐらいです。
このペースだと、もちっと時間かかるかも。
頭の中ではラストまでの展開、ちゃんと決まってますんで、途中でほっぽりださずに済みそうです。
……あれ。今までいくつほっぽり出したっけウフフアハハ(現実逃避)

笑い声はメグのものですよ。ええ、きっとそうですとも。
……たぶん(ええっ?)
鈴藤 由愛
2012/10/14 20:25
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