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zoom RSS 魔女の住まう森 5

<<   作成日時 : 2012/09/15 16:20   >>

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……金属製の重たいじょうろの先から、ぼたぼたと水が垂れている。
これでじょうろの中身は空だ。
水が残らないよう軽く振り、ピートは元あった場所に戻しに行く。
花の水やりは、何事もなく終わった。
朝出くわした、ベルの音を出す変な植物のことが頭にあったので、勝手に動き出したりするのでは……とひやひやしていたので、ピートはすっかり拍子抜けである。
何かあって欲しいわけでは絶対ないが。

ほっと胸をなでおろしながら、にわとり小屋の掃除に向かう。
老婆いわく「生意気な口を叩くリーダーがいる」そうだから、こちらは何事もないというわけにはいかないだろう。
にわとり小屋はピートの背丈より少し高いぐらいの大きさで、戸は木でできた引き戸である。
掃除は、立てかけてある竹ほうきを使って行うのだろう。
戸に手をかけてみると、見た目以上の重さがあった。
おかげでピートは両手で、三度に分けて戸を開ける羽目になった。

にわとり小屋の中には、いずれもメスの、七羽のにわとりがいた。
小屋の両端に、休むための板が渡されており、二つの玉子が確認できる。
床土の上には抜け落ちた羽根や羽毛、ふんが散らばっている。
にわとり達は、外付けの細長いえさ箱の中身をついばみ、水を飲んでいた。
あちこちからこっこっこっこ……と小さく鳴く声が上がり、さながらちょっとした合唱である。

床の汚れを竹ほうきで外へかき出し、水を取り替えれば掃除完了とみなして良さそうだ。
そう判断しながら、ピートはさらに視線を巡らせ、にわとり達のリーダーを探してみた。
しかし、どれもこれもただのにわとりにしか見えない。
目だって大きいのがいるわけでも、目つきが鋭い奴がいるわけでもないのだ。

考えてもらちが明かないと、さっさと掃除を済ませてしまうことにした。
にわとり小屋の掃除は、小屋にいるにわとりを外へ出すことから始まる。
ピートは端に行き、持ってきた竹ほうきでにわとりをそっと外へ追いやり始めた。

すると。

「おらあっ!」

後ろから、誰かがピートを蹴飛ばした。
という風にしか認識できないような勢いで、ピートは前のめりに転んだ。
羽と羽毛が舞い上がり、むわっとしたほこりの匂いが鼻につく。
ピートのいきなりな行動に、驚いたにわとり達が羽をばたつかせながら、慌てて外へ逃げていった。

「お前、新入りだなあ? けっ、ひょろひょろした奴が来たもんだぜ。俺のけり一発で転びやがって」

声から察すると、ピートより年上の男のようだ。
ここには自分以外の人間はいないはずでは、と考えかけて、ピートは気付いた。
こいつが、例のリーダーだろう。

ピートは体を起こし、そいつと向かい合うべく振り返った。
そこにいたのは、普通のにわとりの二倍はあろうかという、大きなオスのにわとりだった。
白い体に赤くて立派なとさかを持ち、鋭い眼光を放っている。
そして……なんとも奇妙な話だ、まるで小馬鹿にするように胸を張っている。
そもそも鳥なのだから胸の肉が発達しているのは当然なのだが、そいつは人間さながら、胸を張っているとしか思えなかった。

「おいおい、いつまで転がってる気だ? さっさと掃除しろよ」

おまけに、このえらそうな口調。これは確かに腹立たしい。
老婆は「腹が立ったら蹴飛ばしてやれ」とも言っていたが……ピートにはできそうもない。
暴力を振るわれる恐ろしさを嫌というほど知っているし、その痛みも容易に想像がつくのだ。
同時に、嫌でもおじの顔を思い出さずにはいられない。
誰かに暴力を振るうとしたら、自分もあんな顔をするのだろうか。同類となってしまうのだろうか。
考えた途端、とてつもない嫌悪感がこみ上げてきて、ピートは口元を手で押さえた。

おじと――あんなのと、一くくりにされるなんて、耐えられない。
ピートは蹴飛ばす代わりに、にわとりを捕まえて抱え上げた。

「やっ、やめろ! 離せこのやろうっ、選ばれし者である俺に暴力を振るったら、ばばあに言いつけてやるぞ!」

するとどうだろう、にわとりは羽をばたつかせ、余裕の無い口調で叫び出したではないか。
先ほどまでとずいぶん違う態度に、ピートはぽかんと見つめるばかりだった。
どうやらこいつ、口先だけで大したことはなさそうである。

「ばばあは怖いんだぞ! お、お前なんか、あっという間にちょちょいのちょいでぎったんぎったんのぐっちゃんぐっちゃんだ! ばばあ、おいこらばばあ! 聞こえてるならこいつをどうにかしろー!」

にわとりは尚もぶるぶる震えた声で、情けない威嚇をする。
これを見て怖いと思う奴は、まずいないだろう。
よくよく考えれば、しゃべるにわとりというのは異常であり、驚くなり怖がるなりしてしかるべき場面なのだが、どうもそんな気になれない。
だんだんかわいそうに思えてきて、ピートはそっとにわとりを床に降ろしてやった。

「て、てめえ、ひょろい体のくせに、なかなかやるじゃねえか。この俺を追い詰めるなんてよ」

にわとりが、荒い呼吸と共にピートに向き直る。

「気に入ったぜ。俺とお前は今日から仲間だ。遠慮はいらねえ、腹割って話そうじゃねえか」
「……う、うん」

それ以外に返す言葉の浮かばないピートである。
にわとりの仲間になるというのは、果たして喜ばしいことなのだろうか。

「その……選ばれし者って、すごいの?」

ピーとが何となく尋ねてみると、にわとりはまた胸を張った。

「当然だ。他の連中は人間の言葉なんぞわからねえし、三歩も歩けば何でも忘れちまう。でも俺は違うぜ。こうして人間のお前と難なく話せるし、どんなに歩いても物事をきっちり覚えてるからな。どうだ、そこらの奴とは大違いだろ?」
「……そう、だね」
「だから、俺には専用の屋敷とハーレムが用意されてるってわけよ。ばばあは俺の才能を買ってるってことだ」

わははは、とにわとりが大笑いしている。
自分で言って得意げになっていれば、世話はない。
ピートはこっそりため息をついた。
にわとり小屋にオスがいることは、珍しくも何とも無いのだ。
メスばかりだと玉子を産まなくなるため、それを防ぐ目的で置いておくのである。
この言動を見るに、どうも彼はそのことを知らないようだ。
知らないからこそ幸せなのだろうが、聞かされている方は何となく哀れな気持ちになってしまう。

「だが、俺はこんなところでぬくぬくと一生を終える男じゃねえ。いつか外へ出て、裸一貫から、でかいことを成し遂げてみせるぜ」

(やめておいた方がいいんじゃないかなあ)

ピートはその言葉を、ぐっと飲み込んだ。
外をうろつくにわとりの末路がどんなものか、容易に想像できる。
他の動物に食べられるか、馬車にひかれるか、誰かに捕まって売られるか肉にされるか……そんなところだ。
しかしそれを口にして、わざわざ彼の夢をぶち壊しにするのも悪いような気がしたのだ。
彼は、夢に思いをはせながらその生涯を終える運命だろうから。

「俺の名はクックだ。お前は?」
「僕は、ピート」
「そうか、よろしくなピート」

にわとり――クックは気さくな声とともに、ピートに右の羽を差し出した。
ピートはきょとんとその羽を見つめる。

「馬鹿。握手だよ握手。仲間になったことだし、な」
「あ、ああ、そっか」

うっかりつぶして「痛え!」などと言われないよう、注意しながら羽の先を握って軽く振る。
それにしても、人間相手でもまだしたことのない握手を、にわとりと交わす日が来ようとは。

「さあ、掃除といこうぜ、ピート! 俺にできることなら、何でも手伝ってやるぞ!」

何やら張り切りながら、クックが、ばっさばっさと羽をばたつかせる。
途端、抜けた小さな羽毛が床に落ち、ほこりが舞い上がる。
ピートは竹ほうき片手にその様を見つめ、やがて口を開いた。

「……それじゃ、一つ、いい?」
「おうっ」
「掃除してる間、外に出てて欲しいんだけど……」

――ややあって。
クックが背中に暗い影を背負いながら、うなだれて小屋を出て行った。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ピートくんもクック氏も、リアリティを感じさせて入り込めました。このページだけしか読んでいませんがそれでも充分おもしろかったです。
路傍の石と言う者です。
2012/09/16 20:42
感想ありがとうございます。
読む人が世界に入り込めるように、と意識して書いてますので、思わずガッツポーズです。
実はちょっとスランプ気味なんですが、これでまた頑張れそうです。
他のページは、気が向いた&お暇な時にでもぜひ。
鈴藤 由愛
2012/09/17 07:42
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