プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS N氏の物語9

<<   作成日時 : 2012/05/06 12:01   >>

トラックバック 0 / コメント 0

逃げてきた浜辺は、水を汲める川がなく、果物のなる木もほとんどなかった。
俺達はたちまち飢えや渇きに襲われたが、二人とももうあっちに戻る気にはなれなかった。
逃げてきてから数日、俺達はひどく怯えて過ごした。
一番安全だと思う場所に逃げたとはいえ、いつ、どこからあの怪物どもがやって来るかわからないからだ。
草が風にゆれ、波が少し強く打ち寄せただけでも緊張せずにいられなかった。

その俺達を、さらに追い詰める事態が発生した。
フレッドがルーシーのように、玉子ぐらいの大きさの、銀色の塊を吐くようになったんだ。
わかるだろう、あの怪物の子供だ。
だがここにはその誕生を待ち望むやつはいない。
俺はフレッドが塊を吐くたびに、石で叩き殺した。何匹も、何匹も、殺した。
いつの間にか涙が浮かんでいたよ。理由は想像がつくけれど、絶対に理解したくない。
フレッドとは違って、俺は吐かなかった。
おかゆを毒見程度にしか食べなかったせいだろう、ってフレッドは言っていた。

フレッドは三日三晩、時間を置いて吐き続けた。
ルーシーよりおとなしい反応だったのは、やっぱりおかゆを食べた量の違いのせいかもしれない。
吐かなくなったのは、四日目に入ってからだ。
だが、吐かなくなると、今度は気が触れたようになった。
小石を指して怪物の子供を吐いたから殺してくれってせがんだり、ルーシーの泣き声がするって言ったりした。
たたき起こされて、拳銃を持った男がいるって騒がれたこともあった。
ショックだったよ。俺よりずっとしっかりしていると思っていた奴が、先に狂うんだからな。
正直頼りにしていただけに、俺は途方にくれてしまった。
俺はフレッドを懸命になだめたが、一週間も経つと彼はもう何も言わず、遠くを見つめるばかりになってしまった。

こうなると、俺の心の支えは救助が来ることだけだ。
一日も、一刻も早く救助が来てくれることだけを願いながら、俺は海を眺め、前よりずっと手に入りにくくなった食料をかき集めた。
何としても、俺とフレッド二人だけでも生き延びようって心に決めたんだ。
だが果物が手に入らなくなると、俺の体はあっさりと弱り始めた。
何せ、水が手に入らないからな。それが一番辛かった。
ついに動くのも辛くなってきた頃、そこへ船が通りかかったんだ。
俺は気付いてもらおうとシャツを脱いで振り回し、大声を上げて叫びまくった。
これを逃したらもう終わりだ、そんな気がして、残っていた体力全てを使った。

すると、俺の祈りが通じたのか、その船はこちらに向かって進路を取った。
俺はもう馬鹿みたいにはしゃいで、反応しないフレッドを揺さぶって、大泣きした。
俺達を探しに来てくれているはずの、救助の船じゃなかったが。

俺達を救い上げてくれた船は、外国の測量船だった。
国の領海にいくつ島があるか、調べているところだったらしい。
乗っていた水夫の中に、俺達の国の言葉がわかる奴がいて、そいつが通訳を買って出てくれた。
そいつによると、あの客船の沈没事故は、救命ボートに乗って助かった者以外は全員死亡したとみなされ、とっくに救助も打ち切られていたという。
ひどい話だ。こっちはそれを信じて待っていたっていうのにな。

体力が回復すると、彼らは、俺達が無人島でどう過ごしていたかを知りたがった。
俺は迷ったが、ここで起きたことの全てを洗いざらい話した。
彼らは半信半疑だったが、測量をかねて遺体の確認をすると言って、ありったけの銃器を持って島に上陸した。
ひどく衰弱していたフレッドを置いて、俺が案内することになった。

戻ってみると、あらゆることが奇妙に変化していた。
拳銃を持った男の死体に槍の刺さった跡はなく、さも飢えと渇きで死んだようになっていた。
ロバートの死体は川の上流の深いところで見つかった。
その死体にも槍の刺さった跡はなく、溺れ死んだとしか思えない状態だった。
だが一番奇妙だったのは、洞窟のことだ。
門は無くなっていて、中の方はすぐに行き止まりになっていたんだ。
ただ、その一番奥にルーシーの亡き骸が寝かせてあったので、連れて帰ることができた。
ルーシーの顔は傷一つなく、その代わり持ち上げた時にやたらと軽かった。
後で知ったことだが、彼女の体からは内臓が全部消え失せていたそうだ。

国に帰った俺達は、病院にぶち込まれた。
無理も無い。測量船の乗組員が「肉体だけでなく、精神的に参っている」って口をそろえたからな。
新聞記者は病室だけじゃなく、家族の所にまで押しかけた。
面会にも来れなくなるぐらいにな。
退院した後のことは、お前も知っている通りだ。
家族の中で厄介者になった俺は、居づらくなって家を、生まれ故郷を出た。

俺は、新聞社にも、家族にも、島で起きたことを話さなかった。
信じさせようにも証拠はないし、医者も「極限状態で幻覚を見たんだ」としか思ってくれなかったからな。
ルーシーの亡き骸の件は、「錯乱状態で遺体を運んだんだろう」で済まされてしまった。

あれから毎晩のように、無人島で起きたことを夢に見るよ。
夢の中でも俺は情け無い奴で、ルーシーを助けてやれず、怪物から逃げ回るばかりだ。
これは夢だ、早く覚めてくれって、もがいているんだ。
目を覚ました時には決まって汗びっしょりで、もう眠る気になれない。
でも体は休息を求めているから、そのうちうつらうつらし始める。
そしてまた悪夢を見る。
……俺はきっと、近いうち、この悪夢に取り付かれて死ぬんだ。







――なあ。
ここまで聞いて本当に何も思い出せないのか、フレッド!

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

N氏の物語9 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる