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<<   作成日時 : 2012/04/14 17:03   >>

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日曜日。
ベッドでまどろんでいた男は、不意に枕元の目覚まし時計に目をやり、ため息をついた。

「もうこんな時間だ。休みがあと半日しかない」

男はもぞもぞと起き出して、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出した。
ぼんやるとオレンジジュースを口に含みながら、ふと思いふける。
このところ、こんな風な休日の過ごし方が増えた。
それというのも、最近急に増えた仕事のためである。
残業続きの上に休日出勤までしているのだ。
これでは有意義な休日を、という気にはなれない。もっぱら体力の回復にあてるのみである。

仕事がないよりはマシだ、と自分に言い聞かせてはみるものの、気持ちが浮かないのは確かである。
だから、思わず男はぐちをこぼした。

「ああ、仕事のことなんか気にしないで、好きなだけ寝て、遊んで、そんな風に休みを過ごしたいなあ」
「かなえてやろうか、その願い」

一人暮らしで返事をする者がいないはずなのに、誰かの声がした。

「だ、誰だ」
「ここだよ」

男が振り返ると、部屋の窓側の床に、黒い体に黒い羽根、鋭い牙を持ったやつがいた。
見た目としては、悪魔、そのものである。

「お前は悪魔か!?」
「まあ、お前ら人間は俺のことをそう呼んでるな」

悪魔は赤い目を細め、とがった爪の生えた手で、細いあごをなでている。
恐ろしさに逃げ出したかったが、先ほどの言葉を思い出し、男は踏みとどまった。

「願いをかなえてくれるって、本当なのか?」

震える声で尋ねると、悪魔は「ああ」とそっけなく返事をした。

「これからは仕事のことなんざ気にしないで、いくらでも休めるぜ。何日でも好きなだけ、好きなように過ごしな」
「おい、俺の勤め先がなくなる、なんて話じゃないだろうな」
「まさか。それじゃあ先のことが気になって、休日どころじゃなくなるだろう」

悪魔はクックッと笑うと、男に一つの箱を差し出した。
手のひらに乗る程度の大きさの、小物入れのような黒い箱である。

「この中にはお前だけの世界がある。しかも、この中で何日過ごそうが現実の世界じゃ半日しか経たないのさ。どうだ、欲しいか」
「そりゃ欲しいさ! だけど、どうやってこんな小さな箱の中に入るっていうんだ」
「ふたを開けるんだよ。どれ、試しに一度、連れて行ってやろう」

悪魔が箱のふたを開けると、辺りが一瞬にして濃い霧に包まれた。
一体何が起こるのだろう。
警戒して身構えていると、急にその霧が晴れた。

霧が晴れてみると、そこはアパートの一室ではなく、どこかの一軒家の前だった。
一軒家といっても、男が一生かかっても買えないような立派な家で、豪邸と呼ぶにふさわしい。

「こ、ここはどこだ?」
「箱の中だよ。で、この家は箱にいる間、お前が住む所だ」

こんな豪邸が自分の物だとは。
男は興奮し、家に入ってあちこちを見て回った。
家電や家具のそなわった広い部屋が七つもあり、キッチンの冷蔵庫には新鮮な食材がたくさん詰まっている。
バスルームも広々としており、バスタブは手足を伸ばして入れるほどの大きさだ。
ガレージには高級な車やバイク、自転車がずらりと並び、目移りするほどだ。
男はバイクの免許を持っていたので、もっぱらバイクに乗ることになるだろう。

「本当に、ここで好きなだけ過ごせるのか!?」
「ああ。一年いようが十年いようが、現実の世界じゃ半日だ。食い物は冷蔵庫に毎日勝手に入っているし、水や電気も使い放題。必要な物があったら、箱の外から持って来るといい」

そして悪魔は、とがった爪を男に向ける。

「ただし、ここはお前以外の人間はいない。つまり店や病院はないからな。それと、箱の中の物を持ち出したり、外から他の人間を連れて来ることもできないぞ。それでも良いか?」

男はもう迷わなかった。
半日分の時間を使って、いくらでも休めるなんて夢のようではないか。
それに、もし現実の世界で暮らせなくなったとしても、この箱に入りさえすれば安泰だろう。
誰にも邪魔されないで好きな事ができるなんて、最高だ。

「かまわない。俺にこの箱をくれ」

男はそう口にしてから、悪魔との取り引きには代償が付き物である、という事を思い出した。
軽率だったか、と悔やみつつ、おそるおそる、悪魔の表情をうかがい見る。
死後の魂を奪われるのか、親しい人の命をもらわれていくのか、それとも何か面倒な事を押し付けられるのか。

「代償のことが気になるのか? 心配するな、何もいらん。それより、箱から出たい時はアウトと叫ぶんだ。間違えるなよ」

悪魔はそう言うと、フッと姿を消してしまった。
男はため息をついた。
取りあえず、何かを奪われる心配はないようだ。
消えていった不安の代わりに、期待と興奮で胸がふくらんだ。

男はそれからというもの、日曜日には箱の中で過ごした。
さんざん眠ったその後で、読書をしたり音楽を聞いたり、料理に挑戦してみたり、様々な事をするのだ。
家の中にはテレビやラジオ、パソコンはなく、携帯電話も使えなかった。
こちらと現実の世界とでは時間にズレがあるためだろう。
だがそれを補って余りある価値が、箱の中での日々にはあった。
体力回復のために寝るしかなかった頃よりも、ずっと充実していた。

家で過ごすことに飽きたなら、今度はバイクでの遠出である。
何せ、ガソリンがほとんど空になるまで乗り回しても、次の日になればまた満タンになっているのだ。
男は気の向くままバイクを走らせ、見つけた森や川、海で遊んだ。

そんな生活が続いた、ある日。
男はバイクで海に行き、外から持ち込んだ道具でシュノーケリングを楽しんでいた。
ここの海は外国のように青い海で、美しい熱帯魚がひらひらと泳ぐ様が楽しめる。
現実の世界ならば、休暇を取って海外旅行にでも行かなければ見られない光景である。
それが今や、時間を気にせずただで見れるのだから幸福なことだ。
男は一旦海面に出て空気を吸うと、また潜った。
今度はどれだけ深く潜れるか、挑戦してみよう。
一心に底を目指して足ひれをばたつかせていた男は、視界にひものような物が漂ってきたことに気付いた。
初めはゴミかと考えていたが……そのひもは、突然大量になって男の視界をさえぎった。
ぎょっとして左右を見回すと、巨大な目玉に触手が生えたような、半透明の生き物がこちらに寄ってくるところだった。

何なのだ、この異様な生き物は。
うろたえている間にも、細い触手が男の体にまとわりついてくる。
首が、強く締め上げられる。
食われるという原始的な恐怖が、男の全身を駆け抜けた。
必死に触手を振りほどこうとするが、その手や足がからめ取られる。
――逃げられない。
男は慌てふためき、ごぼごぼと空気を吐いた。
酸素の薄くなった脳みそで、男は必死に逃れる方法を考える。
そうだ、アウトと叫べば現実の世界に帰れるはずだ。

「アウト!」

男は叫んだはずだったが、ここは海中、叫んだはずの言葉は気泡となって海面に上っていくばかり。
首に巻き付く触手が、どんどん数を増していく。
やがて視界いっぱいに、あの巨大な目玉が迫ってきた。

「――……っ!!」

男の口から、長く長く、気泡が大量に吐き出された。



「はい、その……私は彼の上司でして。無断欠勤が続いておりましたので、こうして様子を身に来たんです」

アパートの前で、白髪頭の男が警察官と話をしていた。
道路わきにはパトカーが停められ、何事かと野次馬が遠巻きに群れをなしている。

「呼びかけても反応がありませんし、鍵もかかっていました。留守ならいいんですが、大家さんの話だと、出かけた様子はないと言いますし、まさかとは思いましたけど、念のためということで鍵を開けてもらったんです」

上司だと名乗った白髪頭の男は、そこで言いよどむ。

「まさか、死んでいるなんて……勤務態度に変化はありませんでしたし、悩んでいる様子もありませんでしたよ。なのに、あんな死に方って……」

上司も警察官も、首をひねるより他になかった。
奇妙な死体だった。
室内だというのにシュノーケリングに使うラバースーツを着込み、全身びしょぬれでひものような物が大量に巻き付いているのだ。
だが、奇妙な点はそれだけではない。
いや、むしろその一点に比べれば、他の事など些細な気もした。

どうやったら、成人男性の頭が、あんな小さな箱に押し込まれるのだろうか。
いくら考えてもわかる話ではなかった。

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