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zoom RSS 「愛してるよ、マリー」 4

<<   作成日時 : 2012/03/17 15:19   >>

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マリーが屋敷に住み始めてから、一月あまりが過ぎた。
ここでは屋敷の使用人達が食事の用意や身支度まで全てやってくれるため、時間の有り余った暮らしをしている。
おかげで冴えない田舎娘だったマリーも、それなりに貴婦人らしく見えるようになった。
ジョンとは相変わらず、地下室で短い逢瀬を重ねる日々である。

マリーの元にはたびたび、ジョンからのプレゼントが届けられた。
それは美しい花束であったり、高価なアクセサリーだったり素敵な靴や服だったり、色々である。
花なら素直に花瓶に生けるのだが、他の場合は、ちょっと複雑だった。
見せたいと思うジョンには見てもらえないと思うと、身につける気にはなれないのだ。
しかし、プレゼントを届けに来た執事が「着てみなさい」と無言のうちに圧力をかけるので、マリーは仕方なく身に着ける。
執事は決まって、「お美しゅうございますよ」だの「お似合いでございますよ」だの、一言述べるだけだった。
ただし、身に着けるのはその一度きり。
マリーは極力、地味なほうの服を選び、飾り物はつけなかった。

この日、マリーは小物売りの持ってきた商品を見せられていた。
月に二度、好きな物を買うようにとのジョンからの言づてで、この小物売りはやって来る。
小物売りは小太りな中年男で、にこにこと愛想が良かった。
宝石を使った髪飾りやネックレス、指輪など、若い女性なら目を奪われるような品々が、マリーの前に並べられている。
それの一つ一つを、小物売りは事細かに、興味を引くように説明していた。
すぐそばには、執事が見守るようにして立っている。

(でも、ジョンには見てもらえないのね……)

そう思うと、マリーはゆううつになる。
小物売りが商品を説明する声もほとんど耳に入らない。
その様子が伝わったのだろう、小物売りは商品を説明するのをやめた。

「うかない様子でございますなあ。今回の品はお気に召しませんか」
「ごめんなさい、そうじゃないんです。その……ジョンのことで、頭がいっぱいで」
「こちらの屋敷の旦那様ですな。どうなさいました」
「ジョンは、目を傷めて、光が差すと痛くてたまらないって、真っ暗な部屋にいるんです。だから、どんなにおしゃれをしても、見てもらえなくて……きれいな物を買っても無駄なんじゃないかって」
「ううむ。それなら、遮光眼鏡をお使いになればよろしいんじゃないでしょうか」
「……しゃこう、めがね?」
「ええ。このごろ世に出回り始めた物でして、要するに真っ黒いレンズの眼鏡なんですが、これが強い日差しをさえぎってくれるんでございますよ。主に南の国のバカンスで使うらしいですね」

マリーは目を輝かせた。
それがあれば、もう一ヶ月も地下室にこもりきりのジョンも、外に出られるのではないだろうか。
一緒にどこかへ出かける、という夢が、マリーの頭に思い描かれた。

「それは取り扱っていますか?」
「もちろんですとも。ご注文いただければ、三日ほどでお届けに参ります」
「じゃあ、それを……」
「必要ありません」

嬉々として頼もうとしたマリーの声をさえぎったのは、執事だった。
目を丸くして、マリーは顔を向ける。

「え……」
「必要ない、と申しました」
「でも、それがあれば、ジョンは地下室から出られるんですよ? ジョンだって、きっとその方が……」 

執事は取り合わなかった。
マリーを視界から遠ざけ、小物売りに向き直る。

「今日の注文はありません。帰りなさい」

小物売りは商品をまとめ、言葉少なに屋敷を出て行った。

「どうして、注文しちゃいけないんですか?」
「何度も申しますが、必要ないのでございます」

執事はそう答えると、「失礼します」と部屋を出て行った。
問答無用、ということか。
それならば、とマリーはその日のジョンとの逢瀬で話してみることにした。
本人が望めば、執事だって反論できまい。

――しかし。

「俺のことを気遣ってくれるのはうれしいが、必要はない」

ジョンの返答も、執事と似たようなものだった。

「ジョン……だけどあなた、もう一ヶ月も地下室にこもってるじゃない。体にも良くないわ。温かいお日様を浴びたり、そよ風を感じたりすることって、大事だと思うの。体だって、その方が早く良くなるんじゃない?」

そう口にしてから、マリーはため息をついた。
……これでは善意の押し付けだ。こんなことを言いたいんじゃない。

「私、あなたとどこかへ出かけたいの。昔は二人で、近くの丘へピクニックに行ったりしたでしょう? お弁当を持って、並んで歩いて……私、またピクニックに行きたいわ」

ジョンは、しばらく何も答えなかった。

「マリー、すまない。今日はもう、帰ってくれないか」
「えっ……?」

マリーは目をしばたたかせた。
ジョンが逢瀬を短く切り上げてきたのは、これが初めてだったからだ。
いつもは執事が「お休みの時間でございます」と扉を開けるのが、逢瀬の終わりの合図だった。

「ジョン、どうして?」
「その……少し、胸が苦しい」
「大丈夫!?」
「寝ていれば、たぶん大丈夫だと思う。だから、今日はもう、ここまでにしよう」
「え、ええ。ジョン、また明日ね」
「ああ」

中でのやり取りを聞いていたのだろう、扉が開く。
マリーは黙って地下室を出た。

……今日のジョンは、「愛してるよ」と言ってくれなかった。

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