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zoom RSS 酒を飲んだ男の話

<<   作成日時 : 2012/01/14 21:11   >>

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昔、あるところに太郎という者が住んでいた。
太郎は働き者だが、大酒飲みという欠点があり、金が入るやいなや入れ物を二つぶら下げて、酒を買いに行ってしまう。
そして、道々、入れ物の一つの中身を飲みながら帰る。
家で飲めば良いものを、我慢できないらしい。そのために入れ物が二ついるのだ。
当然ながら、家に着く頃には、すっかり出来上がっている。
女房があきれようと、怒ろうと泣こうと、全くおかまいなしである。
「お前、そのうち三くだり半をつきつけられるぞ」と仲間に言われても、「なあに、それならますます気楽に飲めるってもんだ」と返す有様であった。

そんなある日、まとまった金が入ったということで、太郎はまた酒を買いに行った。
酒屋の亭主と二言三言、世間話をしながら入れ物二つに酒を入れてもらい、金を払って店を出る。
酒屋を出ると、太郎はさっそくちびちびとやり始めた。
ひんやりとした夜風が、酒で火照りだした肌に心地よい。

「これだ。これがなくっちゃ、生きてる張りがねえよ」

通り慣れた道を上機嫌で歩いてきた太郎は、家の前に着いた途端、ぴたりと足を止めた。
道の先で、一人の若い娘が座り込んでいるではないか。
行く手にいたとあっては、無視もできまい。
太郎は声をかけることにした。

「よう、どうした」

太郎の声に、若い娘が顔を上げる。
娘は色白で、誰もが見惚れるような目鼻立ちの整った面長な顔をしていた。

(ほう。こりゃあえらいべっぴんだ)

太郎は思わず、鼻の下を伸ばしてしまった。

「はい。下駄の鼻緒が切れてしまって、足をくじいてしまったのでございます」

若い娘は、涙を浮かべて足首をさする。

「なるほど。そりゃ痛かろうな」

太郎は近くに置かれた下駄をひょいとつまみ上げた。
確かに鼻緒がぶつりと切れ、使いものにならない状態である。
太郎は頭をかいた。
手ぬぐいがあれば直してやれるのだが、あいにく、今は持ち合わせていない。

「どれ、じゃあおぶって行ってやるよ。おめぇん家はどこだ」
「そんな。見ず知らずの方にそこまでしていただくなんて」
「いいからいいから。ほら、おぶさりな」

背中を見せてしゃがむと、しばらく間をおいて、おずおずと人が乗る気配があった。
温かい体が押し付けられ、首に、遠慮がちにしなやかな白い腕が回される。
鼻先をくすぐるおしろい粉の匂いに、太郎は胸がどきどきした。

「で? どっちに行きゃあいい?」
「このまま、まっすぐ向かってくださいませ」

こうして太郎は娘に道案内されるまま、歩き出した。

「そこを左に」
「ここは右に」

そうこうするうち、太郎は町の外に出た。

「おめぇん家は、ずいぶん離れたところにあるんだな」
「はい。周りに家のないところでございます」

進むうち、道はどんどん荒れたものに変わっていく。
しまいには草がぼうぼう茂った中を進む羽目になり、進むのも大変になった。

「おい、道なんかありゃしねえじゃねえか。本当にこっちでいいのか?」
「間違いございません。もう少しで着きますから」

その時、ぬたり、と泥が足首を飲み込んだ。

「うわっ」

道がぬかるんでいたのか、と足を戻そうとして、太郎は青ざめた。
足が抜けない。
おまけに足がずぶずぶと沈んでいくではないか。
いつの間にやら、底なし沼に足を踏み入れていたらしい。

「一体こりゃあ、どういうことだ」

太郎は慌てた。
一体どうすればいいだろう。
太郎は忙しく考えをめぐらせ……ふと思いついた。
ここが沼の淵のそばなら、娘だけでも何とか逃げ出せるかもしれない。
もし助かったなら、助けを呼んできてもらおう。

「おい、おめぇ、淵の方に降りられるか。助けを呼んできてくれ」

背中の娘からの返事はない。
それどころか。

「うふふふ」

娘の小さく笑う声が、耳元で聞こえた。
いぶかしげに振り返った太郎は、そのまま凍りついたように動けなくなった。
背負っていたはずの娘の姿はなく、代わりに、一匹の巨大な蛇が背後にそびえ立っているではないか。

「あ、あ、あ」

驚く太郎の体を、その蛇がからみつくようにして締め上げた。
足を、腰を、胸を、首を。もはや自由がきくのは腕一本のみという状態である。

「うわあああああっ」

恐怖が何もかもを覆いつくした。
蛇から逃れるべく、やみくもに腕を振り回していると、その手に触れる物があった。
持っていたことをすっかり忘れていた、酒の入った入れ物である。

武器はない。
ならばせめてこれで、と太郎は無我夢中で入れ物を蛇に投げつけた。
ぱーん、と入れ物が割れて砕け、中の酒が飛び散る。

「ぎゃおおおおっ」

酒を浴びた蛇が、激しくのたうち始めた。

「おわっ」

のたうつ蛇に弾かれて、太郎は沼から弾き出された。
草の中に落ち、あちこち打って痛いのをこらえて起き上がる。
――何はともあれ助かった。
太郎は涙が出るほど安堵した。
とにかく、一刻も早くここから逃げ出さねば。
よたよたした足取りながらも、太郎は泥まみれの体を引きずるようにして歩き出した。

「うふふふ」

その時、耳元で、あの娘の笑う声がした。
太郎は恐ろしくてたまらず、「うわああああ」と情けない声を上げながら、ほうほうの体で家へと逃げ帰った。

その後、太郎は女房や仕事仲間などにその夜起きたことを話した。
しかし、「酔っ払ってまぼろしでも見たんだろ」などとあしらわれ、信じてもらえなかった。
ならば証拠にと底なし沼に連れて行こうとしたが、どういうわけか記憶通りの道をたどってもたどり着くことはできなかった。
誰も信じてはくれないし、信じさせるだけの証拠もないとあっては、どうにもならない。
太郎はその夜のことを人に話すのをやめた。

ただし、太郎はそれから一切酒を飲まなくなったという。

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