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zoom RSS 三周年記念リクエスト:1 「幸せな記憶」〜つる様に捧ぐ。〜

<<   作成日時 : 2009/12/05 18:37   >>

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*この話は、つる様からリクエストいただいた「X’mas的なもの」という内容で書いたお話です。





今日はクリスマス。
豪華な装飾の施された広間の、ずらりとごちそうが並ぶ長いテーブルに、二人の人間が向かい合わせに座っていた。

妙な組み合わせだ。
一人は、やせおとろえ、点滴の管をつないだ車椅子の老人で、もう一人は、誰の目にも着慣れていないとわかるスーツを着た若者である。
老人はごちそうには手をつけず、若者が慣れない手つきでナイフとフォークを使う様子を見ていた。

若者と老人は、昨日までなら道ですれ違うことすらなかった間柄である。
老人は医療の分野で財を築いた大富豪、対する若者は親の仕送りとアルバイトで何とか学費を支払う苦学生だからだ。

それが何故、こうして顔を合わせているかというと、若者が応募した作文コンクールがきっかけである。
賞金付きでクリスマスの体験談を募集するという、そのコンクールの主催者がこの老人だったのだ。
若者の作文はコンクールで最優秀賞を獲得し、賞金を得た。
そして、老人が賞の授与式の際に申し出た「ぜひ我が家で夕食を」という言葉を若者がありがたく受け、この状況に至るというわけである。

「あの……」

若者がナイフとフォークを置き、緊張に震える声で尋ねた。

「何かな」
「どうして、ここまでしてくださるんです? 賞金をいただくだけでもありがたいのに、そのうえ、こんな食事にご招待いただいて……」

恐れ多い、といわんばかりの恐縮しきった態度に、老人がかすかに笑う。

「さあ、何故かな。当ててみなさい」

若者は首をひねってしばらく考え込んだ末、「わかりません」と素直に答えた。

「ではヒントだ。私は君の持っている物が欲しいのだよ」

老人には無くて、自分にはあるもの。
若者は考えに考え、やがてある結論に達した。

「もしかして、僕の内臓ですか!?」

若者はこれが正解だとしか思えなかった。
財産も名誉も持ち合わせた老人が、自分の持つ物の中で欲しがりそうな物といえば、健康な内臓ぐらいしかないだろう。

「ははは。残念、外れだよ。私は確かに病気だが、もう内臓を取り替えてまで長生きするつもりはない」
「なら、一体……?」

老人は、ふーっとため息をつくと、テーブルの上にしわだらけの手を乗せた。

「私の子供時代は、はっきり言って悲惨そのものだった。飲んだくれでろくに働かない父親に殴られ蹴られ、ののしられて育った。母親は私を見捨てて逃げ出して、それっきりだ。毎日がそんな調子だから、誰かに近寄られるたびに怯えるになってね、近所の悪童どもがそんな私をおもしろがっていじめたものだ」

一瞬だけ、遠くを見るような老人の目。

「特にみじめだったのがクリスマスだ。他の子供は寝ている間に枕元にプレゼントが置かれる。そして次の日、仲の良い友達とそれを見せびらかしあうのだ。だが私の場合は違う。暖房もない、底冷えする部屋の中で、酔って帰って来た父親に殴られる恐怖に震えた……。プレゼントを見せびらかしあう子供達を遠くから見ている時のみじめさ、これが君にわかるかね」

「それは……」

若者は悲しげに眉を寄せながら、何故質問の答えではなく、生い立ちを聞かされなければならないのかと疑問に思っていた。

「私は、あんなみじめな思いだけはたくさんだという一心で、必死に事業を成功させて今の地位を築き上げた。惜しみない賛辞も、金も、暖かい家も、あの時望んだ全てを得た。豪華なパーティも、きれいな女も、思うがままだ。事業を引き継がせられる、優秀な息子にも恵まれた」

老人の表情が一変する。

「それでも、私はついに得られなかった……大人になっても、老人になっても、その時の記憶は私を苦しめた。辛い記憶というものは、薄らいだとて消えるものではない。時間が解決してくれるなどとは、まったくの戯言だ……! 得られないまま、こうして、持ってあと二ヶ月という病の身だ!」

老人が、がん、とテーブルを殴りつける。
病に弱った老体のものとは思えぬ力強さだった。

一気に言い終えると、老人は荒くなった呼吸を整える。

「……私はある日考えたのだよ。私は死ぬ間際までこの不幸な記憶を抱えなければいけないのかと。そんなのはまっぴらだ。うんざりだ。ならば、どうするか」

老人が若者の目を見る。若者の目には、老人の目が血走っているように見えた。

「不幸な記憶を書き換えてしまえばいい。幸せな記憶ばかりを集めて新たな記憶を作り、そっくり書き換える。わずかな間だけでも、私は不幸な思い出など何一つない、幸せな人間になるのだ」

若者は、思わずぎょっとした。
この老人、一体何を言い出すのか。記憶を書き換えるだとか上書きだとか、まるでコンピューターの話ではないか。

「そこでだ。君の、ささやかなクリスマスの記憶を売ってもらいたい」
「き、記憶ですか……?」

若者はようやく聞けた質問の答えを繰り返した。

「私は君の作文を見て、心が震えたよ。貧しさの中、手作りのおもちゃをくれる父親に、毎年ケーキを焼いてくれる母親。貧しいながらも愛情に満ちた、私にとって理想のクリスマスだ」

老人の手が、若者に向けて差し出される。

「実のところ、この幸せな記憶はあらかた完成していてね、あとはクリスマスの記憶だけなのだよ。なかなか理想的な記憶の持ち主がいなくて、苦労したよ」

その時、バタンとドアが開かれ、黒いスーツを着た数人の男が入って来た。
男達は若者を取り囲むと、両腕をがっちり押さえこむ。

「な、何をするんです!」
「君の脳から作文にあったクリスマスの記憶を取り出し、コピーさせてもらうだけだ。何、技術は確かだ。後遺症なども残らないから安心したまえ」

若者は震えながら、老人が医療の分野で財を成した人間だということを思い出した。

「他人の記憶を自分のものにしようだなんて、そんなの無茶だ!」
「矛盾が起きないよう、君の行動を私が行動したことにして移して変える。問題はない」

警戒する若者に、老人はうっすら微笑んだ。

「もちろん、こんな食事だけで礼を済ませるつもりはない。対価はきちんと払おう」

ずい、と老人が身を乗り出した。
異様にぎらついた目が恐ろしくて、若者は身を引こうとしたが、男達に押さえこまれていてはかなわない。

「一千万出そう……不満かね? ならば五千万、いや、一億……いくらでも出そう、さあ、言ってみなさい、いくら欲しい、いくらでも出そう、さあ、いくら欲しい!?」

返事をしない若者を口説き落とそうとしてか、老人はやや狂気じみた光を目にたたえ、口からつばを飛ばして金額を釣り上げていく。


――言えない。

若者の手が、じわりと汗ばむ。

まさか、あの作文は賞金欲しさに捏造した話だなんて、この状況ではとても言えない――。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
私も最初は内臓が目当てかと思いましたよ(笑)
老人の奇妙な企みにもゾクッとしたのに、ラスト一行でさらに鳥肌が……。
ブラボー!
パソコンのこちら側から、スタンディングオベーションを送らせていただきます(笑)
ia.
2009/12/05 23:35
わあ。由愛さん、ありがとう。
ありそうな話なのに、つい老人の話に聞き入ってしまいました。
ラストの若者の返事が「Yes」か「No」しかないと思ったら、これだもの。楽しめました。

ねえ。この作品、よかったら、X'mas企画にエントリーしませんか?
つる
2009/12/05 23:52
面白いストーリーでした!
オチも決まっててよかったです!
私も過去にお金持ちの老人が夢を買うという話を書きましたが、人の意識を買い取るって面白い発想ですよね。
銀河径一郎
2009/12/06 00:50
ia.様>ややや、どーもどーも。なぜか私の脳内には、カクテルドレスを着た叶姉妹のようなお姿が浮かびましたよ。<スタンディングオベーション
体験談を募集すると、なぜか「お前これは作ったろ」というのが紛れ込む罠。

つる様>喜んでいただけたようで何よりです。
「うおーうまいこと書けねえーウキィー」とうなり続けた苦労が報われました。
クリスマス企画、エントリーさせてもらいまっす(ピシッ!)

銀河径一郎様>良い記憶のみしか持ってない人間になれば、少しは私の性格良くなるかしらと考えたのが発想のきっかけです。
あと、そこに昔得られなかったものを金で買うっていう物悲しさも入れてみました。

次回はia.様のリクエストでお送りしまーす。
鈴藤 由愛
2009/12/06 11:22
ああ、なるほど。ニヤッとさせられるお話でした。
若者の本物の記憶は、きっと悲惨なものなんでしょうね。いや、すごく悲惨だったらドラマティックな悲劇なんだけど、しょぼすぎて語るほどでもない話ばかりだったりして……?
それで、あまりのしょぼい記憶に、老人は自分のみじめなクリスマスの方がまだマシだった、と逆に幸せに思ったりして。
失礼しました☆
七花
2009/12/11 00:39
若者の持ってるクリスマスの記憶は、悲惨ではないです。
物凄くしょぼいのです。
クリスマスに湯豆腐食ってた、くらいの。
プレゼントがちっさいクリスマスブーツだった、くらいの。
……ある意味悲しいか。
鈴藤 由愛
2009/12/11 05:56
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