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zoom RSS もりのくまさん・結(後編)

<<   作成日時 : 2009/08/14 22:01   >>

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熊に出会った場合、どうするべきか。
返り討ちにしてのけた、という武勇伝も聞かれるが、それはごくまれな話。撃退よりは逃避するのが賢明だろう。

一般に知られているのは、死んだ振りをしてやり過ごすというもの。
だが、これはかえって危険を招きかねない。
目の前で急に死んだ振りをされると、かえって熊が興味を持ち、その鋭い爪で弄ばれる羽目になるという。

熊の性質、熊との距離などにもよるだろうが、ゆっくり後ずさって距離を開け、敵意がないことを熊に分からせ、立ち去るまで待つというのが効果的なようである。

だが、この男――マードック家当主の場合、どんな方法を用いても結果は変わるまい。
相手は怒り狂っているのだから。

「ひっ、ひい、ひいいいっ」

当主は、普段自分が殴り蹴りしている女のするように、体を丸めて頭をかばい、地に伏せていた。

「わ、悪かったよお、もうしないっもうしないからあぁっ」

鼻水をたらして詫びの言葉をわめき散らすが、情け容赦なしに太い腕で打ち据えられ、爪で引っかかれ、牙を突き立てられる。

「なんだよおっ、謝ってんだろうぎゃあああっっ」

当主は最後まで言い切れなかった。
熊が当主の体を噛んで持ち上げ、ぶぅんっ、と頭を振ったからだ。

「がっ」

当主の体は太い木の幹にぶつかってようやく止まる。
体の奥で鈍い音がしたのを、彼の耳は確かに聞いた。

痛い、痛い痛い痛い痛い。
声も出ない。

自分が熊に追われているのは明らかなのに、何故部下達は誰も助けに来ないのだ。
畜生畜生役立たずの無能ども!

腹の中で罵倒しているところへ、草むらをかき分け何かがやって来る。
まぶたの切れて垂れ下がった目に入ったのは、望んでいた部下の姿。エレンが見つかったことを報告していた部下だ。片手にライフル銃を持っている。
当主は希望がわいた。
この部下は一番優秀な奴だ。こいつなら熊を撃退してくれる。

当主は口の中にたまった血を吐き出し、叫んだ。

「おい、そいつを撃てよ!」

部下は、熊越しに当主を見た。

「何やってんだよ、聞こえてんだろ! 早くぶっ殺せ!」

部下が、ライフル銃を構え、狙いを定める。

そうだそうだ。早く撃て。僕を助けたらお前をうんと取り立ててやるぞ。
金はたっぷり出してやるし、もっと上の役職につけてやる。綺麗な女だって――。

――パン。

乾いた音が響く。

頭を撃ち抜かれた衝撃で、体がのけ反る。
眼球が震え、体がけいれんし、そこでようやく撃たれたことを理解したかのように、地面に崩れた。

――当主の、体が。

「あんたは熊狩りに行って死んだ。部下は俺一人を残して全滅……そう報告させてもらうぜ」

事切れた当主を冷たく一瞥し、部下は吐き捨てるように呟く。
目を上げると、熊が牙を剥き出しにし、うなり声を上げて部下を威嚇しているのが目についた。

「……安心しろ。エレンならまだ死んじゃいないぜ」

部下がライフル銃を降ろすと、熊の体に異変が起きた。
巨大な毛むくじゃらの体が徐々に小さくなり、やがて人間の姿を形成していく。
異変が終わった時、そこにいたのは男だった。
周囲に熊(グリズリー)と呼ばれる男が。

「狼男ならぬ熊男ってところか」

「……まあな」

男はぼさぼさの頭をかいた。
それから、当主の遺体にちらりと目をやる。

「殺しちまって良いのか。お前のボスなんだろう」

「無能なボスを見限った手下が、ボスを追い落として家を乗っ取るなんざ、よくある話なんだよ。『裏切られない』なんて油断してる方が馬鹿なのさ」

部下は男に背を向け、山道の方に歩き出す。

「俺は、あいつよりは上手くやるさ」


――その日を境に、森はまた無人となった。
男が建てた小屋は家財道具一式もそのままに放り出され、住んでいた男は目撃されなくなった。
やがて冬になると、森のある一帯は例年にない大雪に見舞われた。

まるで、森を人々から遠ざけようとするかのように。
まるで、男がいたという痕跡を消そうとするかのように。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
前後編に分けてもまだ長いぜヤッハー!

ということでエピローグも書きます。
いや大丈夫。次で最終回。これ本当。マジ本当。だから信じて。
鈴藤 由愛
2009/08/14 22:03
ふうっ。悪が滅び去ってやれやれだわ。
最後は部下が止めをさしたのね。部下も当主の悪行三昧に辟易してたってことだ。

ちょっとだけ気になったのは、当主寄りの視点で書かれた箇所かな。三人称のことはわたしもよくわからないんですけど、ずっともりのくまさん寄りの視点できてたから、ここの部分はもう少し突き放したかんじで書かれていると迷わないかなと思いました。全然わかってない意見だったらごめんなさい。
つる
2009/08/19 02:25
ただ熊さんにぶっ飛ばされるより、自業自得感が出るかなと思いまして。<部下
人望ない奴だったのね、みたいな。
あと意外性も狙ってみました。

あう〜、視点変わって混乱させちゃいましたか、すいません。
精進します。
姿藤 由愛
2009/08/19 06:00
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