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zoom RSS 百話達成記念リクエスト2:「悪いやつ」〜レイバック様に捧ぐ。〜

<<   作成日時 : 2008/05/04 22:16   >>

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僕は、事故で重傷を負って入院している友人のカニの見舞いに出かけた。
カニといっても、本物の蟹じゃない。
蟹江(かにえ)という名字なのと、赤ら顔という特徴から、皆がカニと呼んでいるのだ。

病室に入ると、右腕に包帯を巻き、ギプスで固定された足を吊し、左目を眼帯で覆った痛々しい姿のカニがいた。
見た目じゃわからないけど、ろっ骨も何本か折れているらしい。

そのカニのベッドの近くに、二人の男がいた。

「よお、クリ坊」
「お前も来たのか」

「ハチ、ウス!」

僕は二人に片手を上げた。

もちろん、ハチとウスというのもあだ名で、ハチは蜂谷(はちたに)といい 、ウスは臼井(うすい)という。
名は体を現すというのか、ウスは大柄な男で、ハチはとにかく身軽で行動的だ。
クリ坊と呼ばれている僕は、栗林(くりばやし)である。
……僕は、別にとんがってたりチクチクとげのあることを言ったりするわけではない。

カニの病室は四人部屋だったが、他に人がいなかった。
こうなると、ほとんど貸し切りだ。
僕らの話し声はたちまち大きくなってしまい、看護士に「静かにしてください」と注意されてしまった。


「騒がしくしてすまなかった。カニ、怪我の具合はどうだ」


看護士が出て行った後、ウスがカニに聞いた。

恥ずかしい。
本当なら、まずはカニにこういういたわりの言葉をかけておくものなのに、失念して盛り上がってしまった。
何せ、僕とウスとハチは二年ぶりの再会だったから……というのは完全に言い訳だ。
もしかしたらカニは、内心で非常識な連中だと呆れているかもしれない。

「あ、ああ。だいぶ良いよ」

そう言うものの、カニの顔色は悪い。
最初は気分を害しているんだろうか、と思ったが、違うことに気付いた。
カニは、何かにひどく怯えているような気がする。

「無理するなよ、本当は辛いんだろ?」

僕が言うと、カニは不自然に黙り込んだ。

「……あの、さ」

しばらく間をおいてから、カニは震える声をしぼり出した。

「おれが入院した理由、知ってるか」

「事故だろう? 歩道橋の階段を転がり落ちたと聞いたぞ」

ウスが「だよな?」というようにこっちを見た。
ハチは「ああ」と返事をし、僕は、そうだよという意味を込めてうなずいた。

その事故のことを聞いた時は、カニの身を案じるのと同時に「案外ドジなんだな」と考えたものだ。

「……やっぱり……」

カニは顔をしかめて、うつむいた。

「どうしたんだよ、カニ」

ハチが丸イスを持ってきてカニのそばに座り、気づかうように顔をのぞき込む。

「信じてもらえないかもしれないけど……おれ、サルにぶちのめされて入院したんだ。歩道橋の階段を転がり落ちてのケガなんて、直接の原因じゃないんだよ」

そこまで言うと、カニはぎゅっと唇をかんだ。

「サルが……」

僕は、苦々しくつぶやいた。

サルというのは、猿渡(さるわたり)のことだ。
僕とは一応、小学校の時からの付き合いがあるけど、はっきり言って仲良くしたくない奴だ。

サルは、とにかく世間一般がイメージする「金持ちのおぼっちゃん」を、悪い方面ばかり忠実に再現したような奴だ。
子供の頃は、努力なんてしないくせに何事も自分が一番でないと気が済まず、ささいな事でも思い通りにならないとたちまちぶち切れて暴れ出す、超問題児だった。
親が法律や警察関係に太いパイプがあるだかで、大人でさえうかつに注意指導ができない。
一体、何人の担任教師を精神的に追い詰め、やめさせたことだろう。

そんな奴を身近にして過ごした子供時代には、まったくロクな思い出がない。

そんな奴だから、良識のある奴は関わろうとしない。
サルといつも引っ付いて行動しているのは、友達なんかじゃなく、腰ぎんちゃくばかりだ。
大人になってからは、そこに軽薄な女も加わった。

僕らがあいつをサルと呼ぶのは、親しみをこめてのことではなく、完全な嫌悪と侮蔑の意味をこめてのことである。

「おれ、馬鹿だったよ。あいつがどんな奴だったか忘れて、金を貸したんだ。いつまで経っても返してくれないから、歩道橋であいつとすれ違った時、返せって言ったんだ。そしたら……金が返ってくるどころか、突き飛ばされて、階段を転がり落ちて……『なめんじゃねえ』って気絶するほど蹴り飛ばされて、この有り様だ」

カニの目には、いつの間にか、涙がにじんでいた。

「サルの家、警察関係にコネがあるらしくて……事件を、もみ消したんだよ! うちの親に、たっぷり金を積んで、訴えないように、なんて言って……」

「なっ!」

あいつ、何て汚いんだ!

僕が目を見開いていると、カニは、ふう、と重たげにため息をついた。

「悪い……少し、休ませてくれないか」

そう言うと、カニはぐったりした様子でベッドに横たわった。

――沈黙。

身動きを取るのすらためらうような、沈黙だった。

「なあ」

やっと、という感じで口を開いたのは、ウスだ。
カニに気を使っているのか、ひそひそ声だ。

「ん」

「こんな、横暴が許されていいのか。この世はサル一人のためにあるわけじゃないだろう?」

「そりゃ、そうだけど……」

そうだ。
サルは、親のおかげでたまたま特権階級のような暮らしができるだけのことであって、王様や貴族なんかじゃない。

悪い事をしたなら、罰を受けなくてはならない。
償いをしなければならない。

……そのはず、なのに。

「今まで黙っていたが、私の妹はサルに弄ばれた揚げ句、捨てられたんだ」

ウスの顔を、僕とハチは同時に見た。

「マジかよ、お前」

ハチが肩を掴むと、ウスは、固い表情でうなずいた。

「ああ。しかも妹は妊娠したんだ。そしたらあの野郎……中絶の費用は全額負担してやる、って言って……馬鹿にしやがって……!」

ウスが、ひざの上に置いた手を、ぐぐっと握りしめた。
握りしめた手が血の気を失い、白くなるほど、強く。

「おかげで妹は、男を信じられなくなって……クズ野郎……クズ野郎……っ」

吐き捨てる口調が、サルへの憎しみの強さを物語っていた。

「……ウス。オレも、あいつには恨みがあるんだ」

今度はハチが、うめくように呟いた。

「お前も?」

「ああ。覚えてるか。昔、オレの飼っていた犬が脱走したの」

その事件なら、僕も覚えている。
ニュースになったし、新聞にも載ったからだ。
だけど犯人は見つからなかった。

……ハチはあれから、犬を飼っていない。

「……サルがやったんだ。ずっと後になってからわかったことだけど、うちの犬がフラフラしてるのを捕まえて……」

僕は、当時の新聞の内容を思い出していた。

ハチの飼い犬は、ナイフであちこち切られて、エアガンを何発も撃ち込まれて……ありとあらゆるむごい仕打ちをされた、ぼろ雑巾みたいな体で、家まで戻ってきたという。
そして、飼い主であるハチの腕の中で事切れた……。

あれをやったのが、サル?

「あの野郎、人間じゃねえ。笑ってた。時効だからもういいだろ、って、笑ってやがった……」

信じられない……!
僕は、おぞましさで鳥肌が立つのを感じた。

「……お前は?」

突然ハチに話を振られて、僕は戸惑った。

恨んでいないはずはない。
だけど……彼ら二人に比べたら、まるでお子様みたいな恨みだ。

「僕は……小学校からあいつと一緒だった。最悪だったよ。ガキの頃は、いじめられ通しさ。あいつの分の宿題を毎日やらされたし、カバン持ちもやらされた。裸にされて教室に閉じ込められたこともあるし、人前で恥ずかしい言葉を大声で叫ばされたことも、真冬の川に突き落とされたこともあるし……知らない学校のやつらに、わざとケンカをふっかけさせられて、そいつらにボコボコにされたこともあるよ」

「あいつ、ガキの頃からろくでもなかったんだな」

「……ああ」

僕は、ハチの言葉に、ためらいもなく同調する。

まったく、ろくでもない奴だった。
あの頃を思い出すうちに、僕の心の中に、あの頃感じた悲しみや苦しみや怒りや悔しさ、そして憎しみの気持ちがわいてきた。

「なあ」

ウスが、より一層、声をひそめた。

「あいつ、殺っちまわないか」

ウスの物騒な提案に、僕とハチは慌てた。

「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。そんなことしたら、身の破滅だ」

「だが、このまま、恨みを忘れるなんてできるか?」

ウスの言葉に、僕は全身の血が音を立てて凍り付いていくような気がした。

「私は……できない。忘れるなんてできない。サルにみじめったらしく命乞いさせてやって、笑ってなぶり殺しにしてやる……このまま終わらせてたまるものか」

ウスが吐き捨てると、

「オレものるぜ」

ハチが、ぼそりとつぶやいた。
その目に、暗い炎がゆらゆら燃えている。

「あんなクズが、のうのうと生きてるなんて……納得できねえ。そんな事が、まかり通ってたまるもんか」

荒々しい口調に、僕は鼓動が速まった。
僕は……黙って見ていていいのだろうか?

「僕も、仲間に入れてくれないか?」

僕の口から、自然にその一言が出てきた。

「あいつは、痛い目にあわなきゃわからない人間なんだ……救いようのない悪人だ。ほっといたらまた、誰かの人生を踏みにじるに違いない。だから……協力するよ」

僕は、眠っているカニの痛々しい姿にちらりと目をやった。


――どうして、もう少し首をひねって、カニの表情をよく見なかったのだろう。


僕は、後にその言葉だけを頭の中で繰り返すことになる。


もし、この時カニの表情をよく見ていたなら、わかったはずなのだ。
向こう側に顔を向けて眠っているはずのカニが、僕らの会話を聞いて、ニヤリと残酷な笑みを浮かべている様子が……。










* * * * * * * * * *


百話達成記念リクエスト第2段は、レイバック様にしました。
では、ここで以前頂いたコメントに返事をしたいと思います。

1.桃太郎は「足元からの危機」で使ってますので、悩みに悩んだ挙句「サルカニ合戦」を使ってみました。
昔話を現代に置き換えた話、ってことだったんですが、ちーっとも置き換えられてない……。
取りあえず、昔話をもう一回ざっと読んでみて、カニは自分の手を汚さずサルに仕返しをしてのけたのだなあ、と少々ダークな思考に陥りまして、その方向で書きました。
さらに、実行役であるウスやハチやクリには、荷担する理由を無理矢理こじつけてみたりして。
えーと、力量及びませんでした。ごめんなさい(土下座)


2.赤いレインコートの男! あいつを追いかけるのが楽しかったです。今どの辺にいるのやら。うちに帰ってきたらどうしよう。


3.確かに、気分的に一区切りになりました。もっと上手い話が書けるように、レベルアップ&パワーアップしたいです。頑張ります! 



次のリクエスト第3段は、つる様のリクエストにお答えします。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
由愛さん、こんにちは。
カニのセリフで「怪談を転がり落ちて」ってところが、階段の間違いかなって思いました。

猿かに合戦なのはすぐにわかったけど、みんなで仕返しに行くのかと思ったら、オチに驚きました。おもしろかったです。
七花
2008/05/05 22:47
由愛さん、わたしね、サルカニ合戦て、実際にきっと虐げられた人達が、登場人物を動物などに置き換えて作られた物語じゃないかと解釈してます。だから現代にアレンジしても十分通用すると思うわ。ハチの飼い犬のことだって動物虐待を反映してるもの。
ラストのカニがニヤリとほくそ笑んだのは意外で、自分が手を汚すことなく話がうまく進んだからなのか、カニの怪我が作り話だったのか二通りに取れて、ゾクッとした余韻がのこりました。
あと3人で会話させる文章が巧いと思いました。誰のセリフかがよくわかる。
ちょうど今、わたしが書いているものも3人の場面が多いのね。つい「と、誰誰が言った」とか「そうわたしが言った」とか、誰が喋ったかの説明が低レベル。ほんと、参考になりました。
つる
2008/05/06 01:15
迫力があって面白かったです!昔話なのにサスペンスタッチで、ドキドキしました。
そうか。カニは入院中だから実行犯にはならないんだ(笑)サルの親のことを考えると、復讐が成功しても、検挙・裁判と泥沼になりそうですね。こわ〜!
ia.
2008/05/06 02:20
感想ありがとうございます。

七花様>うわ!ホントだ、はずかしい!
後で直しときます。
復讐のシーンまで書くとホントにしゃれにならないので、やめときました。
妙に力入れて書きそうだったし。

つる様>会話するシーンて難しいですよね。
同性同士の会話だと、なおさら。
猿カニ合戦は怖いですよ。
最後はウスが……あわわわ。
そういや、牛のふんが出てくるバージョンもありました。

ia.様>この事件の場合、マスコミがどっちの側につくかで状況が変わりそう。
世間を味方につけさえすれば、たとえ裁判でサル側が勝っても、周囲が……怖いなあもお。


よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤由愛
2008/05/06 07:11
お久しぶりです^^
リクエストにお応えいただきましてありがとうございます。いやー面白かったですわ。サルカニってたしか復讐譚なんですよね。そのままの構図かと思ったらオチが!うーむ、見事に予想を裏切られました(笑)実はカニの話自体が作り話だった可能性すらありますもんね。結末からさらに想像が広がって、余韻の残る作品でした☆
レイバック
2008/05/10 22:28
感想ありがとうございます。

タイトルの「悪いやつ」は実は意味深なのです。
一般論でいう悪人はサルに違いないけど、本当の悪人はサルに巨悪で立ち向かおうとする主人公達かもしれないし、実は手を汚さずに復讐を果たそうとしているカニかもしれないよ、という。
作り話かどうかは読み手にまかせます。その方がいろいろギクギクドキドキできそうだから。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤由愛
2008/05/10 22:55
百話達成記念リクエスト2:「悪いやつ」〜レイバック様に捧ぐ。〜 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
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