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zoom RSS 復讐

<<   作成日時 : 2008/01/04 21:33   >>

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とある国に、一人の伯爵がいた。

伯爵はかんしゃく持ちで、カッとなるとすぐ暴力を振るうという悪癖があった。
暴力を振るわれた使用人達は次々と逃げ出し、伯爵家における使用人の入れ替わりは激しかった。
長年仕えてきた執事は彼の性格をよく把握しており、そろそろかんしゃくを起こしそうだと悟ると気を配って人を近付けないようにしていた。

しかし、それでもどうにもならない場合がある。

ある日、伯爵はかんしゃくを起こし、階段の踊り場で妻を杖で殴り殺してしまった。

我に返った伯爵は執事に泣きつき――執事は伯爵をじっと見つめたまま黙っていたが、やがて口を開いた。

「わかりました。どうにかしましょう。私めにお任せ下さい」

その場に、たまたま使用人がいなかったのが幸いした。

「奥さまは不運にも階段から転がり落ち、亡くなったのです」

生真面目で知られる執事の説明を疑う者はいなかった。
伯爵は安堵し、思いがけない妻の死にただ悲しむばかりの夫を演じた。


その数日後、伯爵は屋敷内でとんでもない噂を耳にした。

――階段の踊り場に、恐ろしい形相で立ち尽くす奥様の亡霊が出る。

屋敷内で、そんな噂が交わされていたのだ。

奥様は、何か無念を残しておられるのではないか。
もしや、単なる事故ではないのでは。

使用人の間で、伯爵の妻の死に疑問を抱く者が現れ始めた。

伯爵は、部屋に執事を呼んだ。

「おい、あの噂を聞いたか」
「奥様の亡霊が出る、という噂でございますか」
「そうだ」
「普段と変わらぬ態度を貫くべきでしょう。時間が経てば……」

執事は、それ以上物を言えなかった。

「お前が」

ガタリ、と伯爵が椅子から立ち上がったためである。

「だ、旦那様」

執事は怯んだ。
伯爵の目は血走り、暴力的衝動に飲まれかかっているのが明らかだったためである。

「お前が、手を抜いたからじゃないのか。だから噂が立ったんじゃないのか。いや、そもそも『なんとかする』つもりなんかなかったんだろう? 既に俺の罪を役人に洗いざらいぶちまけたんだろう。俺が縛り首にされるのはもう時間の問題だな!」

「旦那様、落ち着いてくださ……」

「この期に及んで言い訳するな老いぼれめがぁーっ!!」


伯爵は、杖で執事の体を無茶苦茶に打ちすえた。

執事は、疲れた伯爵が悪態をついて出ていくまで打ちのめされた。
打ちのめされた執事は、ぼろ布のようになっていた。

それでも、死んではいなかった。
ぼろぼろの体を引きずるようにして、部屋からどうにか脱出した。



その夜のこと。

寝室に行こうとしていた伯爵は、自分は既に夢の中にいると思った。

死んだはずの妻が、階段の踊り場に立っていたからだ。
どこにも傷などなく、顔色も良い妻が。

「お、お前、どうして……」

慌てて駆け寄るも、妻は口をきかない。

何度も呼び掛けているうちに、伯爵は噂の事を思い出した。

階段の踊り場で、恐ろしい形相で立ち尽くすという妻。
何か無念を残しているのでは、という噂の妻。

今目の前にいる妻は、生きていた頃と変わらぬ微笑みを浮かべている。
伯爵には、それが急に不気味に思えた。

こいつは、俺に復讐したがっているはずだ。
だから、標的の俺がのこのこ現れたのが嬉しくて、微笑んでいるんじゃないのか?

「どうなさったの、あなた」

微笑みながら、妻がそっと近寄る。
伯爵は生きた心地がしなかった。
復讐されると思うと、気が気ではなかった。

「うわああっ!」

恐ろしくなった伯爵は、妻を思いきり突き飛ばした。

……つもりだった。

しかし、その手は何の感触も感じることはなく……伯爵は勢いあまって体勢を崩し、階段の方へと倒れこんだ。

けたたましい物音を立て、伯爵は階段を転がり落ちていく。
動きが止まったのは、広間にたどり着いてからだ。
床に叩きつけられた体から、赤黒い染みがじわじわと広がる。
伯爵は、激痛で声も出なかった。
薄れていく意識の中で、先ほど妻がいた踊り場に、どこから入り込んだのか、グレー一色の猫を見た。
猫は、なめらかな動きで階段を降りると、伯爵のもとへやってきた。
あっちへ行け、と声にならない声で追い払おうとすると。

ニイ。

猫が緑色の瞳を細め、笑みを浮かべた。

「ああ、なんと恐ろしい、悪魔のような伯爵様! 私のご主人さまは、あなたに痛めつけられてズタボロの体を引きずるようにして帰宅して、そのまま死んだのよ。よくも、あんな事が出来たものね! ご主人さまはね……死ぬまでのたうち回って苦しんだのよ!」

……馬鹿な。

猫が人間の言葉をしゃべるという異様な場面に、伯爵は愕然とするしかなかった。
その頭の片隅で、執事が以前、グレー一色の猫を飼っていると話したことを思い出していた。

「あなたが階段を転がり落ちて大ケガをする……ここまでは、あなたの哀れな奥さんの復讐」

そこまで言って、猫は細めていた目を見開いた。
小さな体が、どんどん大きくなっていく。

伯爵は驚いた。
目の前に、自分がもう一人現れたのだ。
もう一人の自分は、その手に杖を持っていた。

「そしてここからは、わたしの復讐! ご主人さまがされたように、ボロボロになるまでこのわたしに打ちのめされるがいい!」

もう一人の伯爵は猫の声で告げると、その手に握りしめた杖を振り上げた。

「だ……誰か……」

恐怖した伯爵は、激痛をこらえながら必死に声を絞りあげた。

「助けなんて来ないわ。誰かの命を奪っておいて、自分は助かろうなんて、そんなムシのいい話があるものか!」

伯爵の目は、空気を切り裂くようにして振り降ろされる杖の先端を、確かに見た。


――これは、亡くなった奥様の仕業に違いないよ。

翌朝、伯爵の無惨な遺体を発見した使用人達は、口々にそう噂した。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ちょっと恐い話だったけれど
伯爵が完全悪として書かれているから
それは「よし」でしょう。
猫をつかったところが由愛さんらしい。
近所の見せに銀ちゃんというグレーの猫がいます。その子なんか他の猫と格が違う気がするのは毛並みのせい?グレーの猫つかって正解です。
つる
2008/01/07 01:43
感想ありがとうございます。
2008年最初の話がいきなりダークな話ってどうなんだろうかと思いながら、結局書いてしまいました。
おお、ご近所にグレーの猫ちゃんが!
ロシアンブルーなのかな?それともブリティッシュショートヘア?
ちなみに、このお話のグレーの猫はロシアンブルーをイメージしてます。

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2008/01/08 22:34
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