プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS 足元からの危機(4.5)

<<   作成日時 : 2007/10/19 22:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

あ〜、疲れた。
俺は、バイト先から体を引きずるようにして家に帰った。

本当なら今日のバイトは休みなんだが、急に休んだ先輩がいて、その代わりに出てくれと頼まれたのだ。
正直に言うと、出たくなかった。
今日は体育でマラソンをやらされるからだ。
しかも、朝イチで。
先生が自転車に乗ってコースを一緒にまわってくれるというありがたーい配慮のおかげで、手を抜いてちんたら走るわけにもいかない。
当然、疲れる。
そこへ放課後にバイトを入れた日にゃ、俺はもうクタクタである。

ああ、俺、歩きながらでも寝れそうな気がする。
半分寝てるような状態で家に帰ると、真っ暗な庭先でシャキン!と何かが立ち上がった。

「あるじ、帰ったのか?」
「……おう」

バカ犬……もとい、玉三郎だ。
飼うことになってもしばらく、ちゃんとした名前がなかったのだが、こないだ父さんによって命名された。

「なんで玉三郎なんだ?」

と、俺が聞くと。

「玉三郎って感じだろ」

読んでいる新聞から顔を上げて、父さんは一言そう答えた。

……よくわからん。

まあとにかく、犬には玉三郎という名前がついた。
俺はタマちゃんと呼んでいる。
愛情こめてるわけではなく、玉三郎では長ったらしいから略してるだけだ。

「あるじ、早速だが散歩に行こう。もう暗くなってしまった。急がねば」

タマちゃんは尻尾を振りつつ俺に言う。
口調は堅っ苦しいんだが、こういうトコは犬らしくて、なんとなく可愛げがあるんだよな。
だけどなぁ、俺、今日疲れてるし……。

「あー、悪い。今日俺疲れてんだ。散歩は明日、朝イチで行こうな。いつもより倍の時間かけるからさ、それで勘弁してくれよ」

俺が手を振ると、タマちゃんはガウッ!と吠えた。
不意打ち食らった俺は、思わず「ひいっ」なんて言っちまった。
カッコ悪い、俺。

「あるじ! そのように怠惰なことでどうするのだ? 今日できることは今日のうちに済ませておく、これは生活の基本だろう。即刻、その怠け心を改めよ!」

あう……。
犬に説教されてる俺って一体……。

「散歩ぐらい、母さんに連れてってもらえよ!」
「私はそこいらの犬とは違う。あるじと認めた者以外とは決して馴れ合わぬのだ」

そういえばコイツ、父さんや母さんにおやつをもらっても、媚びたりしなかったな。
俺以外が散歩に連れていこうとすると、石みたいになって動かないらしいし……。

「でも俺、今日は疲れて」
「何か言ったか?」

ギロッとにらまれて、俺は黙る。
飼ってるとはいえ、やっぱり犬は怖い。

「イエ、ナンデモゴザイマセン」
「では行こう。まったく、あるじは手がかかる」

そんなこんなで、俺は疲れた体を引きずって、タマちゃんの散歩に行くことになった。

お前よ〜〜〜、飼い犬ならご主人様の体をいたわるとか気遣うとかしろよ〜〜〜。
なんで飼い主の俺がお前に気を使ってんだよ〜。
もうちょっとゆっくり歩いてくれよ〜。

俺は、納得いかないまま引きずられるように歩いていたが……急に腹が立ってきて、足を止めた。

そうだ。
俺、ご主人様なんだよな。
なのになんで、こんな扱いなんだ?
これじゃ、まるきり下っ端じゃねえか!
つか、下僕?
あ、あんまりだ。
あんまりだー!

「いかがなされた、あるじ」

タマちゃんは、突然足を止めた俺を、不思議そうに見上げてくる。

「あのな、タマちゃん」
「玉三郎という名を賜ったはずだが」

タマちゃんが可愛くないことを言ったが、無視無視!

「その『あるじ』ってのはつまり、ご主人様ってやつだよな?」
「まあ、そう言っても差し支えはない」
「ご主人様には、従うんだよな?」
「命令次第によるが」
「ようするに、忠誠を誓ってるってやつだよな?」
「何が言いたい、あるじ」

「だったらな」

俺は、ちょっと息を吸いこむ。

「お前、ちょっとはご主人様に気を使えよ。疲れているなら散歩を遠慮するとか、「お疲れ様」っていたわってみるとか!」

言った。
言ってやった。

だが。

「……そこいらの犬とは違う、と最初に言ったはずだが?」

タマちゃんは反省するどころか、ワケがわからない、という顔をした。

「は?」
「そこいらの犬とは違うのだ。私はあるじが間違っていると思えば意見もするし、諌めもする。時には刃向かいもする。それが結局はあるじのためになるのだ」

ひ、開き直った!?

「ご、ご主人様を何だと思ってんだおいッ」
「たとえば、あるじが他人に危害を加えようとしている時、犬はどういった態度で臨むべきだと思う。あるじのすることだからと加勢に入るべきなのか?」
「そ、そりゃ……」

止める方が正解、だよな。

「真にあるじを思っているのなら、あるじが間違いを犯そうとしている時に止めるはずだ。盲目的に従うのは忠誠とは違う」

……はあ。
俺は、ため息をついた。
呆れたとか、怒ったとか、そういう感情はない。
タマちゃんの一本気なところに、ちょっと感銘を受けただけだ。
ま、ほんのちょっとだけ、だが。

「……お前、犬なのにいろんなこと考えてんだな」
「犬なのに、は余計な一言だ」

タマちゃんはそれだけを言うと、ふいっと俺から視線を外した。
俺は思った。
なんていうか……コイツ、何か経験したのかもしれない。
昔のご主人様が悪事を働いて、それを止めなかったのを後悔してる、とか。
その辺りのことを聞いてみようか、とも思ったが、やめておいた。
もう少し信頼関係ができてから聞こう。
今聞くのは、ちょっとばかし無神経だ。

俺は、ポケットに入れておいた携帯電話を取り出して、時間を見た。
もうすぐ九時になる。
明日も学校だし、そろそろ帰らないとまずい。

「そろそろ帰ろうぜ、腹減ってきたし、明日も早起きしなきゃいけねえし」
「よかろう、ではついて来い」
「だから、ついて来るのはお前の方で――」
「細かいことを気にするものではないぞ、あるじ」


俺は、霧がかかってきた街の中を、家に向かって歩き出した。






*1〜4話はこちらからどうぞ。
一話
二話
三話 
四話

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

足元からの危機(4.5) プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる