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zoom RSS D氏、天国へ行く

<<   作成日時 : 2007/10/12 21:57   >>

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D氏は死んだ。
強盗団の仲間になっていろいろと盗みを働いたのだが、ある時、へまをやって証拠を現場に残してきてしまい、責任を取るため……というよりも見せしめとして殺されたのだ。
いつ、どこで、どんな手段で殺されたかをここで細かく書いても仕方あるまい。

とにかく、D氏は死んだ。

死んだというからには、あの世というところに行きつくようになっている。

D氏は、すうっと体が軽くなるような感覚を覚え、気がつくと巨大な門の前に立っていた。

門以外にはっきりと見えるものはなく、周囲は濃いもやに覆い尽くされている。
歩きまわるのは危険なような気がして、D氏は門の扉を押してみた。
きしみながら開いた扉からは、まばゆい光が差しこんだ。
D氏は、あっと小さく声を上げ、手で光をさえぎった。

「あ、すいません、まぶしかったでしょう? いやあ、最近の人はこういう眩しさに慣れてないから、もう少し明るさを落としたらどうかって話はしてるんですけど、なかなか意見が通らなくって。上役ってむだに年取ってるもんで、頭が頑固で困りますよ。ヘタしたら昔の話を持ち出して「昔はこうだった」って始まりますからね」

眩しさに慣れるまでの間、誰かがぺらぺらとしゃべっていた。
やっと光に慣れてきた目に映ったのは、背中に翼を持った、白い衣服の若者だった。
開いた扉の向こう側で、ニコニコと笑っている。
――天使。
D氏はそう認識した。

「三十二年間の人生、お疲れさまでした」
「ふん」

D氏はじろりと天使をにらみつけた。
これから、お裁きというのが待ち受けているのだろう。
生前の行いを調べられ、その結果、天国行きか地獄行きかを決められるというやつだ。
子供の時に何度か「そんなことばかりしてると、地獄に落ちるよ」などと親におどされた記憶もあった。

(どうせ俺は地獄行きだ)

D氏はその辺りについては、すでに覚悟ができていた。
今更じたばたする気はない。
さんざん悪いことをやってきた自分が、天国に行けるなどと思ってはいない。

「で、天国と地獄、どっちへ行きますか?」

続いて天使に告げられ、D氏はあ然とした。
旅客機の中でスチュワーデスが言う「フィッシュ・オア・ミート」のような口ぶりだったためである。

「おい、何を言っている。まさか死人に選ばせるっていうんじゃないだろうな」
「はい、選ばせますよ」

天使は「何か問題でも?」と言いたげに首を傾げている。
D氏はこめかみを押さえた。
何かに呆れた時の、彼の癖だ。

「本気で言ってるのか? 俺は悪人だぞ」
「確かに、世のため人のためになるようなことはしてないみたいですね」

そっけない口調で言いながら、天使はパラパラと何かの書類をめくる。

「えーっと、三歳の時に火遊びをして隣の家の犬小屋を燃やして、七歳の時には隣の家そのものを燃やしてる。あは、なんか面白いや。十歳の時に万引きして、その年の冬に非行少年のグループに入って、次の年には別のグループとケンカして、何人かを病院送りにして……」

放っておくと、自分のしてきた悪事を延々と読み上げかねない。
D氏は天使を制し、話を先に進めさせることにした。

「だろう。俺はさんざん悪いことばっかりやってきたんだ。地獄行きになるのが妥当なんじゃないのか?」
「わかんない人ですね。どっちへ行くかは自分で選んでくださいって言ったでしょう」

天使はピッと人差し指を立てる。
おそらくは少々苛立っているのかもしれない。

「……悪人はみんな地獄に落とされるんだろうが」

「そもそも、善悪は相対的なものでしかありませんよ。例えば、強盗を働いたあなたは世間からみれば悪人ですが、そんなあなたを殺した人間は、どうでしょう? 少なくとも、あなたから見れば悪人に違いないはずです。こうして見ていくと、世界中の人間をいずれ悪人と見なさなければならなくなります。悪人と善人で二分するのは、はっきり言って不可能です」

天使の口からそんなことを聞かされるのは、なんとも奇妙である。

「ですからこちらでは、生きている間の素行は無視して、天国へ行きたければ天国へ、地獄へ行きたければ地獄へ行ってもらってます。あくまでも本人の意思で選んでもらうもので、私達の意思が加わってはいけないのです。もし私達の意思で選ばせたとなると……私達は罰を受けなくてはならないのです」

それで先ほど、意見を言った時に少々苛立った様子を見せたのかとD氏は納得した。

「それじゃあ……」

D氏は天国を選ぼうと思ったが、ふと思い直した。
一般に言われている天国や地獄の情報が、本当かどうかはわからない。
もしかしたら、実情は違うかもしれない。

「天国と地獄の様子をそれぞれ見せてもらえないか」
「良いですよ。はい、これに映し出してあげますから」

天使はどこからか一枚の鏡を持ち出してきて、D氏の前に差し出した。
それをのぞきこむと、まず地獄の風景が映し出された。
地獄では、人々が恐ろしい化け物に炎で焼かれ、体を武器で刺し貫かれ、うめき声をあげながらさまよっている。
さらに、あちこちで物を奪い合い、絶えず争っている。
さまざまな修羅場を見てきたはずのD氏ですら、目を背けたくなるような風景だった。

次に映ったのは、天国の風景。
天国では、美しい花の咲き乱れる中で、人々が腰を降ろし、足元の小さな花がそよ風にゆれるのを見つめている。

「いい所のようだな」

思わず呟くと、天使が頷いた。

「えぇ。痛みも苦しみも悲しみも、ここにはありませんから。寒さに震えることもないし、お腹が空くこともありません」

どうやら、一般に言われている天国や地獄の情報は正しかったらしい。

「じゃあ天国へ行こう」

D氏はそう言った。
当然のことだ。
誰が好き好んで火で焼かれたり痛い思いをしたりするものか。
覚悟が何だ。
「天国へは行けないのだ」と、ずっと思いこんできただけだ。
行けるというのなら選ぶに決まっている。

「そうですか、じゃあ今から案内しますから、入って下さい」

そう言って天使は背中を向ける。
後を追って扉をくぐった途端、D氏の表情が、うつろなものに変わる。
まるで、何かに意識を奪われたかのような表情。
天使はそれを確認すると、

「ついてきて下さいね」

D氏の手を引き、スタスタと歩いていく。
手を引かれるD氏は、うつろな表情のまま、まるで人形のごとくついて行く。

やがて花畑に到着すると、天使は空いているところにD氏を座らせ、立ち去って行った。
D氏は、周囲の人々と同じように花畑に座り、足元でそよ風に揺れる小さな花へと視線を落とす。
その花が美しいとか可憐だとか、そんなことを考えているわけではない。
動くものを目で追うという、動物的な本能がわずかに働いているに過ぎなかった。
いつまでもいつまでも、身じろぎ一つすることなく、D氏は花へと視線を落としていた。


天国に行く者は確かに、痛みや苦しみ、悲しみを感じることはない。
寒さに震えることもないし、腹を空かせてひもじい思いをすることもない。

それは、心を消されてしまうためだ。

痛みも苦しみも悲しみも、全ては心あるがゆえのこと。
その全てを取り除くには、心を消してしまうしかない。
何も感じ取らないように、と。
あらゆる不幸も、心がそう感じ取らなければ「不幸」に発展しない。

心を消された者達は、表面上はとても穏やかになる。
しかし、彼らは一切の喜びや楽しみ、笑いを失っている。
不幸を感じなくなると同時に、幸福も永遠に失ったのだ。
心を失った彼らに、幸福を感じ取ることはできない。


「天国行きになるのと地獄行きになるのって、どっちがマシなのかな」

天使はぽつりと呟いた。
しかし、答えは導き出せそうになかった。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

このお話は深いですね。

よく「あの人かわいそう」とか「あの人は幸せよ」とか他人の幸不幸を勝手に決めつける人がいますがまさにそれですね。

天国ははたから見て楽園だけれどもその人たちの心のうちまでは知る由もない。

>旅客機の中でスチュワーデスが言う「フィッシュ・オア・ミート」のような口ぶりだったためである。

天使のイメージから大きく裏切ってくれたココしっかり笑っちゃいました。
またこの天使に会いたいな。

毎日ぽちしてるよ。がんばれ。

つる
2007/10/12 23:57
感想ありがとうございます。
毎日の清き一票ありがとうございます(?)

幸福の基準って人によりますよね。
腹いっぱい食べられないと不幸に感じる人がいれば、食べる時間や食費を削って趣味に没頭して幸福感に浸る人もいるだろうし。
他人の幸不幸を決めつけるのは良くないですね、きっとね。

この天使は……気が向いたらそのうちどこかで出します。
しかし、なんて高貴さのない天使なんだ(書いたのアンタだ)

よろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2007/10/14 21:39
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