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zoom RSS 眠れぬ男

<<   作成日時 : 2007/08/10 21:13   >>

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薄暗い部屋。
空調が効いていて暑くはないが、何か、肌にまとわりつく嫌な感じの空気が満ちている。

その部屋のベッドに腰かけた男が、ゆううつそうにため息をつき、頭を抱える。
男は顔色が悪く、ゲソリとこけた頬には不精ヒゲが伸び、目の下にはくっきりとしたクマがある。
男は、およそ二ヶ月ほど、まともに寝ていなかった。
恋こがれる女性のことを考えてのことならロマンチックな話だが、あいにくそうではなかった。

彼の場合、正確に言うと、眠れないのではなく、眠るわけにはいかない状況なのだ。

ベッドわきに置かれたテーブルには、錠剤の薬の空き箱が散乱し、ドリンク剤の空き瓶が転がっている。
全て、眠気防止薬と呼ばれている、カフェインを大量に含んだ医薬品だ。

男は、これを使って、眠らないようにしている。

睡眠は、人間の三代欲求の一つである。
それを薬を使ってまで打ち消しているのだから、当然、体にも色々と変調をきたしている。
体を鎧のように脱力感が覆い、頭がぼーっとして何も考えられず、薬の飲み過ぎで胃がやられ、食欲も失せた。
そんな体で仕事などできるはずもなく、勤め先はとっくにクビにされた。

それでも、彼は眠るわけにはいかなかった。
彼の眠りは、新しい悲劇を引き起こすのだ。

「もう……耐えられない……」

男は力なく呟くと、よろよろと部屋を出て、道路に向かった。
道路には人の姿はなく、自動車が何台か通っている。
ぼんやりとした眼差しで自動車の往来をしばらく眺めていた男は、突然、衝動的に自動車の前に飛び出しかかった。
そのままの勢いで飛び出していたなら、確実に跳ねられているところだ。

しかし、その体は、後ろから強い力で引き戻された。
そのため、彼を跳ねるはずの自動車はわずかにブレーキを踏んだ後、何事もなく通り過ぎた。

「頼む。死なせてくれ」

哀れな声で、男は自分の体を引き戻した人物に告げた。

「そうはいきませんねぇ。勝手な真似は許しませんよ」

その声に、男はぎょっとした顔で振り返る。

「お、お前……」
「ヒヒヒ。どうも、お久しぶりですねぇ」

彼の体を捕まえているのは、目が小さくてネズミに似た顔の醜い青年だった。
貧相な顔に、印象の悪いニタニタ笑いを浮かべている。
男は、ぶるぶると震え出した。

「しばらく見ないうちに、みすぼらしくなっちまいましたねぇ。ははぁ、さてはあれから寝ないようにしてるんですね? 無駄な抵抗ですよ。人間というのは眠らないといけないようにできてるんですから」

「お願いだ。契約を破棄してくれ。もう……もう限界なんだ。耐えられないんだ」

男は涙を流し、ついには土下座までして頼みこんだ。
しかし青年はニタニタとおもしろそうにそれを見るだけだった。

「ヒヒヒ。そうはいきませんよ。こんな面白いこと、誰が手放すもんですか。さあ、しっかり頼みますよ」

途端、男は、強烈な眠気を覚えた。
――眠るわけにはいかない。
なんとしても、起きていなくては。
残りわずかな気力を振り絞り、眠気を追い払おうとしたが――男の意識は、何かに絡め取られるようにして、暗がりの中に落ちていった。


そこは家の中なのだろう、タンスやテーブルといった家具がある。
部屋のカーテンから、炎が上がる。
カーテンから天井に燃え広がった炎は、あっという間に辺りをなめつくした。

――異様なほど、火の回りが早い。

男の子が、弟らしい小さな子供の手を引いて、その炎の中を逃げ惑う。
煙を吸ってせき込み、燃えさかる炎に怯えながら、出口を探している。
やがて、出口らしいドアを発見し、兄弟は駆け出した。
しかし、希望を砕くかのように、天井から大きな柱が倒れてきた。
柱は兄弟の上にまっすぐに倒れ、その小さな体を押しつぶした。

勢いを増した炎が燃え盛る音の下から、かすかに声がする。

あついよ……お母さん、助けて……。
お母さん、おかあああ


「やめろ。お願いだ、やめてくれ!」


男は絶叫し、目をさました。

あの青年はどこかへ消えており、男はいつの間にか、街路樹に寄りかかって座る体勢で眠っていた。

「ちくしょう、まただ。また眠ってしまった。ああ、俺のせいで、また人が死んでしまう!」

男は、その場に突っ伏して、大声でわあわあ泣きわめいた。
通りすがる人々が不審者を見る目つきで見ていくが、そんなことはおかまいなしで、泣き続けた。


男は、三ヶ月ほど前、悪魔と契約した。
自ら呼び出したわけではなく、一人で残業をこなしているところへ、悪魔が現れたのだ。
願いをかなえてやるというので「気に入らない上司を失脚させて、会社から追い出してくれ」と言うと、悪魔はあっさりと要求をのんだ。
ただし「男の見る夢が、全て現実となる」という条件がついた。

――魂をよこせと言われないだけ、安いものさ。
男は、ひそかにほくそ笑んだ。

しかし、男はたちまち、それがどんなに甘い考えだったかを悟った。
その後に見る夢は全て、悪夢ばかりだった。

恐ろしい災害。
むごたらしい殺戮。
悲惨な争い。
理不尽な死。

おそらくは、悪魔がそうなるように仕向けたに違いない。

そして、男の見た夢は世界のどこかで、必ず現実になるのだ。
それをニュースで見るたびに、男は自分の罪深さを感じずにいられない。

それ以来、男は眠るのを恐れ、なんとしても眠らないように努力をしている。
しかし、三代欲求の一つである睡眠を、人の力で操れるものではない。
やはり、どうしても眠ってしまう瞬間がある。
時には、悲劇を催促するかのように、悪魔が現れ、強制的に眠らせる。
そう、先ほどの青年がまさしくそれだ。
あの青年は、悪魔が化けたものだ。

絶望して死のうとすれば、悪魔が現れ、邪魔をする。
契約の破棄は受けつけてもらえない。

いつぞや、悪魔は男に言ったものだ。

「面白い人ですねぇ、あなた。気にらない人間を不幸にした事は何とも思わないくせに、赤の他人が不幸になる様を見ると嘆くのですから」と。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
わかります。
よくリスクについて考えます。
なにかを手に入れる時なになら失ってもいいかなんてこと考えます。
なにもかも手にはいるなんて思うほど若くないってことなんですけどね。
なんか西洋のお話でありましたね。
おばあちゃんが孫に言うんですよ。金髪と青い瞳を手にいれたらあなたは栗色の髪も緑の目も失うのだみたいな。
なにかを暗示させる作品ですね。
つる
2007/08/12 20:33
感想ありがとうございます。
何事にも程度の差こそあれ、リスクってついてくるんですよねぇ。
できるなら何も失いたくないんですけど、でもそうしないと何も手に入れられないし……。
でもこの話の主人公は最初に人の不幸を願ったわけなので、ある意味自業自得ってやつかもしれません。
おばあちゃんと孫のお話は知らないのですが、最近の作品なのでしょうか?
ちょっと興味あります。

良ろしければ、またおいで下さいませ。
鈴藤 由愛
2007/08/13 21:47
お返事しなくてごめんなさい。
おばあちゃんと孫の話は諺のような感じでしたね。孫が自分の髪と目の色に不満を言うんですよ。それをおばあちゃんが諭すわけです。
うろ覚えでごめんなさい。
でも諺とかって真理をついていて好きです。深いです。
つる
2007/08/17 23:39
ことわざでしたか。
おばあちゃんと孫の話に思い当たるものは知らないですが、私もことわざ好きです。
あと、故事とか四字熟語のルーツも面白いですよ。
鈴藤 由愛
2007/08/19 21:59
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