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zoom RSS それは誰にも平等なもの

<<   作成日時 : 2006/12/16 23:29   >>

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病院というのは、人の病気を治す機関なのだから、数多くの薬品が存在して当たり前なのだろう。
その薬品の臭いが充満するのも、当然のことと言える。
しかし、世間にはどうしてもその臭いが受け入れられない人もいる。
彼女――みもりという名前の人物も、それに当てはまる。

みもりは、漂う薬品の臭いに辟易しながら病院の中を歩いていた。
と、廊下の曲がり角で、ドン、と何かにぶつかった。

「きゃっ」

……どうやら人にぶつかったらしい。
よく見ると、その場にへたりこんでいるのは小学生ぐらいの女の子だった。
この子にぶつかったと考えて間違いないだろう。

「あ、ごめんなさい。大丈夫?」

慌てて手を差し伸べると、女の子は素直にその手につかまった。

「……ごめんなさい、急いでたから……」
「ケガがなくて良かったわね」

みもりは、パタパタと女の子の服についたほこりをはらってあげた。

「ホントにごめんなさい。それじゃ、あたし……」
「あ、ちょっと」

みもりは、走り出そうとした女の子をつかまえた。

「これ、もしかしてあなたが持っていたんじゃない?」

そう言って、落ちていたものを拾い上げ、女の子に差し出す。
折り紙で折られた、千羽鶴だ。

「あ……!」

女の子の目が、丸く見開かれた。

「ありがとう、これ、届けに行くところだったの! 忘れたら大変だった!」
「ふふ。早く届けに行ってあげてね」
「はーい」

女の子はにこっと笑うと、千羽鶴を抱きかかえるようにしながら廊下を小走りに駆けて行った。
途中ですれ違った看護士に「危ないから走らないで!」なんて注意されたりしながら。

みもりは、目を細めて遠ざかる姿を見つめていたが、やがて、きびすを返した。


「あ、みもりさーん」

病院のロビーを通り抜けて出口に向かおうとしたところで、呼びとめられた。
スーツ姿の若者である。
線が細く、下手をすると女性に間違われそうな見た目である。
そのうえ、今はニコニコと笑っているので、余計に女性っぽく見えてしまう。

「見てください、これ!」

なんだかよくわからないが、彼は缶ジュースを両手いっぱいに抱えている。

「……蓮実(はすみ)くん、どうしたの、それ」
「えへへ、いいでしょ。僕、今日すっごく運がいいんだよ」

いわく。
病院の外で、『当たりが出たらもう一本!』という自動販売機でジュースを買ったところ、どうも当たったらしく、ピッ、とランプが点灯したのだという。
それでまた押すと、同じように、ピッ、とランプがつき、また押すとランプがつき……。
結局、8本当たったところでおしまいになったそうだが。

「あの……」

みもりは、おずおずと片手を前に差し出す。

「ああ、欲しいんだ? どれでも好きなの、持っていっていいよ」
「そ、そうじゃなくて……もしかして、千円札でジュース買わなかった?」
「うわ、みもりさん凄いなあ、よくわかったねぇ」

あくまでも能天気な態度。
みもりはこめかみを押さえた。

「……あの……それ、当たったんじゃないと、思う」
「え?」

思いがけない言葉だったのだろう、彼はきょとんとした表情を浮かべる。
みもりは、注意をうながすかのように、ぴ、と人差し指を立てた。

「おつり、幾らだった?」
「………………」

しばし思案していた蓮実は、

「あーっ!」

やっと気付いたらしい。
千円札で買ったなら、何もしなくても8本買えて当たり前である。

「はうう……僕の千円……明日のお昼ご飯抜きかなぁ……うぅ……」

真実を知った蓮実は、力ない呟きを浮かべながらガクリとうなだれた。

「え、えっと……あまり、気を落とさないで、ね?」

情けないほどガッカリしている蓮実の肩を叩いてみたのだが、効果は薄いようで。

「あぁ……アンパンと牛乳、いくらで買えるかな……アンパンだけしか買えないかなぁ……」

彼はまだブツブツとぼやいていた。


「……ねぇ」

みもりがぽつりと呟いたのは、蓮実がどうにか気を持ちなおし、ロビーの一番奥の椅子に腰掛けて、買ったジュースのうち一本を開けた時だった。

「何?」
「千羽鶴って知ってる?」

蓮実は、隣に腰掛けているみもりをきょとんとした顔で見つめた。

「……あの、折り紙で鶴を折るやつでしょ?」
「そうだけど……あれ、折る前に、紙の裏に願い事を書いておくんですって」
「へえ……知らなかったな。そうするとお願い事が叶うとか?」
「そう」
「ちなみに、お願い事って一つだけ?」

みもりは、やや呆れた顔をした。

「あのね。何のために千羽鶴折ると思ってるのよ」
「そっか。一途に願うことがなきゃ、折ったりしないよね」

うんうん、と蓮実は何やら頷いている。

「私ね……」

みもりは、膝の上で指を組み、それをじっと見つめていた。

「さっき、女の子とぶつかったわ。その子、千羽鶴を持っていた。届けに行くんだって、そう言ってた……。手に持った時、思いが伝わってきたの。『早く良くなって欲しい』『生きて欲しい』……きっと、あの1羽1羽に、願いがこめられているんだわ……私、それを……」

ぎゅっ、と組んだ指に力がこもる。
沸きあがる感情を、押し殺しているのだ。

――ふ、とみもりの視界に影が差した。

顔をあげると、蓮実が缶ジュースの一本を差し出していた。

「……僕たちにはどうすることもできないよ。今日死ぬ宿命にある者の命を持ち帰る、ただそれだけが仕事だからね」

蓮実は、そっと目を閉じた。

「誰の命を持ち帰るかなんて、選べないんだ」



「……あれ?」

千羽鶴を抱えてやってきた女の子は、最初、病室を間違えたのかと思った。
だって、いつもなら窓際のベッドにいるはずの友達の姿が、今日はなかったから。
自分に気がつくと笑顔になる友達の代わりに、シーツがきちんとたたまれて置いてあった。

「お見舞いに、来たのかい……」

やつれた顔の、隣のベッドの中年女性が、女の子に弱々しい声をかける。

「うん。今日は、早く良くなりますようにって千羽鶴を持ってきたんだよ」

中年女性の、女の子を見つめる目が、ゆらゆらと悲しげに光る。

「あたし、おばあちゃんに聞いたんだ。折り紙の裏にお願い事を書いて鶴を折ると、叶うんだって。あたし、『早く良くなりますように』って書いて折ったの。だから、あの子絶対元気になるよ! ねえ、おばさん、今、あの子どこにいるか知らない?」

中年女性は、ガサガサの両手で顔を覆った。


「あの子はね、さっき……」


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