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<<   作成日時 : 2006/09/04 22:22   >>

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「あの……好きな人って、いるんですか?」

夕暮れ時の、オレンジ色の残光が残る教室で、勇気を振り絞るようにして、彼は言葉を紡いだ。
私は、彼の緊張した顔を、きょとん、と見つめた。
その私の顔を、彼はまっすぐに見つめていた。

「好きなんです」

真剣な気持ちが、瞳を通して痛いほど伝わってくる。
……どうしたらいいのかわからず、私は、目を伏せた。

「僕、冗談とか、からかってるとか、そんなんじゃないですから」

彼は、この高校の三年生だ。
父親が、医療関係の技術研究所の所長をしている。
成績は常に五番以内。
全国有数の進学校として知られているこの高校で五番以内という成績は、本当に凄いことだ。
部活はテニス部に所属していて、一年生のころからインターハイに出場し、個人での優勝もしている。
おまけにルックスも良いのだから、女子生徒が放っておくはずもなかった。
彼の周りには常に女の子が集まっていて、ことあるごとにきゃあきゃあと黄色い声を上げている。

……でも、彼の本命はその中にはいないのだ、と私はすぐに気付いた。
集まってくる女の子に、社交辞令的な微笑みで応えている彼の目は、ひどく悲しげだった。

「悪いけど……気持ちには応えられないわ」

彼が息を飲むのが、気配でわかった。
私は、ますます顔を上げられなくなった。

「君は、成績もいいし、運動もできるし、私の目から見ても素敵で……本当に、素晴らしい人だと思うの。でも……」

私は、ためいきをついて、ようやく顔を上げた。

「私は先生で、君は生徒なのよ」

私は、二十六歳の現代国語の教師だ。
偶然職員室で二人だけになった時、いろいろと相談にのった事がきっかけで話し相手になった。
……でも、八歳も年下の、それも教え子を一人前の恋愛対象として見たことなんか、一度もなかった。

「……君は、まだこれから。これから大学に入って、社会に出ていくのよ。色んな女の子とも知り合っていくわ。そのうちに、『本当に運命の出会いだ』って思える女性も現れるはずよ。その時には、私のことは思い出に変わってるわ」

「先生以外の人なんか、考えられないっ」

うつむいた彼が、悔しそうに奥歯をかみしめるのがわかった。
泣くのを必死に耐えているんだろうか、肩が震えていた。
どう声をかけたらいいのだろう。
私は、困り果てた。

「……先生」

ぽつりと呟いた言葉が、どこかゾッとするほど冷静で、私は身をすくめた。

「先生、僕が年下だからですよね? 年下で、まだ高校生だから、ちゃんと見てくれないんですよね?」

ゆうらりと、彼は顔を上げた。

「僕のこと、社会人になるまで、待っててくれませんか?」

前髪の隙間からのぞく目が、ギラついていた。
私は思わず、後ずさった。

「そんな……お願い、落ちついて。その頃には私、オバさんよ」

「それは大丈夫です」

どういうこと……と訊こうとした時、ばちぃ! という青白い火花と一緒に、私の体が硬直して魚みたいに跳ねた。




……気分が悪い。
なんだか、頭がぐらぐらする。

ハッ、と目を覚ますと、そこは家具のない、真っ白い部屋だった。
私は、ベッドに寝かされていた。

「先生、起きました?」
不意に、誰かが顔を覗きこむ。
……彼だ。
でも、少し雰囲気が違う。
子供っぽさが完全に抜けていて、なんだか私と変わらない年齢の人に思える。

「僕、社会人になりました」

彼は、あっさりした口調で言った。

「先生には、父の研究所の冷凍睡眠装置に入っていてもらったんです。だから、あれから8年経った今も、先生の体は26歳のままです。肉体的には僕と同い年」

にわかには信じられない。
冷凍睡眠装置なんて……まるっきりSFの世界だ。

「あの……」

私は、不意に思い出した。
あの時、彼が「社会人になるまで待っていてくれ」と言っていたのを。
社会人になったという今、彼はまさか求婚でもしてくるつもりで、私を冷凍睡眠から解放したということだろうか?

「ああ、そのことでしたら」

私の言おうとしていることを察したらしい彼は「入っておいで」とドアの向こうに声をかけた。
すると、ドアを開けて、一人の若い女性が入ってきた。
彼は女性の肩を抱くと、にこりと爽やかに笑った。


「先生の仰る通りでした。大学に入ってから、僕は彼女に出会ったんです。目と目が合った瞬間、体がしびれるぐらいの衝撃を受けて……本当に、運命だと思いました。僕達、来月結婚するんです。先生には本当に申し訳ないことをしたと思います。スタンガンで気絶させて、冷凍睡眠装置に閉じ込めてしまって……。でも、安心してください。先生のことは、今後、お望みなら教師として生活していけるよう取り計らいますし、補償もしますから……」

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