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zoom RSS ネガイネガワレ 25

<<   作成日時 : 2017/08/12 16:42   >>

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……その二日後。私は施設へと続く一本道を重い足取りで歩いていた。
そばには落ち着かない様子のグレッグとアマンダが付き添っている。
彼らはブランドンによってこの「計画」に協力することになってしまった。見返りとして、買い付けた土地に上乗せした面積を迅速に引き渡すと約束されている。

ブランドンの計画とは、私が逃げ込んだことにより迷惑をこうむったグレッグとアマンダが怒って私を施設に突き返し、私はその際に逃げ出したことを涙ながらに詫びて許しを願い、門の中へ入れてもらうというものである。
一目で施設の収容者とわかるよう、今の私は灰色のワンピースと三角巾、木靴を身につけている。ひるがえるスカートのすそや木靴なんかを見ると、どうしてもあの日々のことが頭をちらついてしまう。

「本当に大丈夫なのかい」

ひそひそ声でアマンダが声をかけてくる。

「大丈夫……だと思いますけど」

答える私の声は、実に自信なさげだ。
何とか門の中に入れてもらえるまで粘れ、詫びの言葉や許しを得られそうな言葉は自分で考えろ、と言い渡されたのだからしょうがない。
足取りが重いのはそのせいでもあった。

「この状況じゃ、やるしかないものね」

アマンダがちらりと後ろの方に目をやる。
つられて目をやるまでもなくわかる。そこにはシャールがいる。私達から少し離れたところを付いてくる。
計画の遂行を確認する役目を仰せつかった彼は、さすがに軍服ではまずいということでグレッグから野良着を借りた。
こうして見ると、彼はそばかす顔の若い農夫そのものである。

やがて門に近づいてくると、誰からともなく息を吐いた。その吐息の音が、その場に緊張を漂わせる。
門の左右には男が一人ずつ立っていて、私達が近づくとけげんな顔をした。
……覚えている限りでは、門番は紺色の帽子と服を着ていたはずだが、彼らは簡素なシャツにズボン姿だった。とはいえ私が見たのは門の内側に立っている門番だ。外側に立つ役目の者はきちんとした格好をする決まりがないのかもしれない。

「何だお前達は」

門番の一人が言うが早いか、私の背中を誰かが強く突き飛ばした。完全な不意打ちだった。私は思わず前へとつんのめって転んだ。
「あ」とアマンダのかすかに声。突き飛ばしたのは貴女か。彼女としては突き出した程度の強さで、転ばせる気などなかったのだろうけど。
私は慌てて彼女の顔を見上げた。いいから演技を続けろ、という意味を込めて。

「……俺達は近くの村のモンだ。おいお前らっ、こいつはお前らのところにいた奴だろう!」

グレッグが声を張り上げる。もちろん演技だ。

「こいつは俺達の畑のもんを食い荒らしやがったんだぞ!」
「そ、そうだよ! やっと実を付けた所だったのに、どうしてくれるんだい!」

門番二人は顔を見合わせている。戸惑っている様子だった。

「まったく、カラスみたいにタチが悪い奴だ。おかげでこちとら、冬場に食べる物が減っちまったじゃねえかっ」

門番に背を向ける格好で、グレッグが私の前に回り込む。
彼の目は言っていた。「何か言え。演技をしろ」と。

「ご、ごめんなさい、お腹がすいてどうしようもなくて……」

私はうずくまり、両腕で頭をかばうようにして顔が見えないようにすると、泣く真似をした。目元をこすり、時々しゃくり上げるような声を出してみる。

「ごめんで済む話じゃないんだよ、このっ、畑泥棒!」

大股に近づいてきたアマンダが私に向かって怒鳴る。

「あんたら、突っ立ってないで、早くこいつを連れて行ってくれ!」 

グレッグが私の腕を引っ張って立たせると、門番の前まで連れて行った。

「……そこの女、お前、こいつらの話は本当なのか?」

女、か。
今はワンピースなんて着ているものな。そう呼ばれてもおかしくない。
それはさておき、どうやら門番達は中にいる収容者の顔を把握していないらしい。これは上手くいくかもしれない。

「わ、私、仕事がちっともできなくて、それで皆にのけ者にされて辛くって、夜遅くにここから逃げたんです」

そこまで言い終えると、肩をふるわせて目をこする。
世の中、自由に涙を流せる人間がいるらしいが……それができたら今の泣き真似もさぞ楽だったことだろう。

「逃げたのは少し前で、で、でも、ここを出てもどこにも行くところなんかなくて、ずっと森の中で野宿して……お腹がすいて、畑の物を……ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいいっ」

……泣いているはずなのに、少ししゃべり過ぎだろうか。
私はしばらく、うつむいて目元をこすることにした。

「あー、一つ聞きたいんだが」

門番の一人がぼそぼそと話すのが聞こえる。

「村のモンってことは、おたくら、森を抜けたところの奴だよな?」

彼は私ではなく、グレッグとアマンダに問いかけていた。

「そうだよ。決まってるだろ」
「で、そこにいるのは? あの村には若い男なんて一人もいなかったはずだが」

グレッグとアマンダが同時に息をのむのがわかった。
若い男というのはシャールのことだろう。

「ああ、あいつかい」

答えるアマンダの声は、震えを押さえ込んでいるような気がした。

「あいつはあたしの甥っ子さ。何にせよ無気力で寝てばかりいるって言うから、うちで預かって畑仕事させてんだ」
「……ふうん」

門番は信用しているのかどうか、いまいち判断のつかない態度だった。
これ以上つつかれたら計画を悟られるかもしれない。私は割って入ることにした。

「お願いです、私をまた、ここに置いて下さいっ! 森で、一人で、ひもじい思いして生きるのはもう嫌です……私にはここ以外にもう生きられる所なんてなかったのに、身の程知らずに逃げ出してごめんなさい、お願いです、後生です……っ……私、今度はのけ者にされないように頑張りますから……!」
「……置いてくれるか決めるのは上の判断だが……で、お前の番号は?」

番号。
三十年前に付けられた番号なら覚がある。しかし、それをそのまま答えて通じるのだろうか。

「78番、です」

おそるおそる答えてみると、門番がさっと顔色を変えた。

「78番? 本当なのかっ」

私は黙ってうなずいておいた。下手に物を言うとぼろが出かねない。
78番は彼らにとってどんな意味合いを持っているのだろう。

「わかった。取りあえず中へ入れ。上には急いで報告する」

門番二人が前後で私を挟み、開けた門の中へと案内する。

「まったく、これからは逃げ出すような奴が出ないようにしとくれよ!」

アマンダの声が背中ごしに聞こえる。
私は門の中へ入ることが出来た。いや――戻った、と言うべきだろうか。
あとは私次第だ。ぼろを出さなければ、計画は順調に進むことだろう。
私はそっと左袖に触れる。
指先に、細長い石のような物の感触があった。ブランドンのよこしたあれだ。私は左腕に布でそれを巻き付けておいた。
夜になったら行動を起こさなくてはいけない。門の鍵を開け、これで合図を出すのだ。
……この門番達は、夜中も見張っているのだろうか。

門をくぐる直前、私はなんとなく、ちらりと後ろの方を見た。
閉じかけた門の向こうで、グレッグとアマンダが並び立ち、こちらを心配そうに見ていた。

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