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zoom RSS ネガイネガワレ 23

<<   作成日時 : 2017/07/08 14:20   >>

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もてなしは何も出来ない、というグレッグの言葉を、一行……いや、そばかす以外の面々は謙遜と受け止めていたらしい。ご婦人同士のお茶会における、「こんな物しかありませんの」と同等と取ったということだ。
無論グレッグやアマンダにしてみれば謙遜なぞ意味のないことであり、正直に事実を述べたまでのことである。
結果、木のカップになみなみとお湯を注がれたのをテーブルに出された彼らは閉口していた。

「シャール、荷物に茶葉があったかな?」

ブランドンがそばかすに尋ねる。そうか、あのそばかすはそんな名前か。

「補佐官殿。出発前に『余計な物は積むな』と指示をなさったのをお忘れですか」

戸のそばで直立の姿勢のまま、にべもなくそばかす……シャールが答える。もしもブランドンが上官だったら、ぶっ飛ばされても文句を言えないだろう口の利き方である。彼らは服従の関係ではないようだ。
ブランドンは鼻を鳴らし、ぶすくれた顔であごを一つなでた後、気を取り直した様子で私と向き直った。

「で、名前を教えてもらおうか」

足のがたつく古いテーブルを挟んで、ブランドンが尋ねてくる。テーブルの左右には眼鏡を掛けた背の高い奴と、ぎょろっとした目玉の奴が座っている。
彼らはそれぞれレックス、ハンクと名乗った。彼らは犬が苦手なようで、ヒースのそばを通る時にびくついていた。

「サンドラ、です」
「そうか。ではサンドラ、あの施設に入ったのはどのぐらい前のことだ?」

私は困って口元に手をやった。さてどう答えたらいいのか。馬鹿正直に三十年前です、とは言えない。

「そんなに日にちは経ってないはずだよ。他の連中と違って割合小綺麗な身なりだったし、何より普通に動いてしゃべれたからね」

アマンダが横から口を挟んできた。お湯入りの木のカップを置いた後も彼女は部屋にいたのである。

「答えを誘導するような真似は控えてもらいたいのだがね」

ブランドンに釘を刺され、アマンダはむっとした様子で口を開いた。

「何言ってんだい。男三人に囲まれたら、怖くってろくにしゃべれやしないよ」

ねえ? と話を振られて、私は曖昧に笑ってごまかした。どのみち正直には答えられない。

「まあいい。こちらが一番知りたいのはそこではないからな」

軽く咳払いをして、ブランドンが身を乗り出してきた。

「我々が知りたいのは建物の内部構造。どこにどんな部屋があるかだ。そこでサンドラ、君には知っていることを全て、些細な点も含めて情報として提供してもらいたい」

これは「お願い」という名の「命令」だな。言葉の端には、断るという選択肢があると思うな、という脅しも多分には含まれている。

「……かまいませんが」

私の返答に、テーブルの左右に座った二人が羊皮紙やインク、ペンなどの筆記用具を取り出す。

「施設を作った時の設計図か何かは無いのですか? 私の話なんか聞かなくても、それを見れば……」

いそいそとテーブルの上に筆記用具を並べる二人を見ながら私は付け足した。
私の知っている内部構造なんて、もう三十年も前のものだ。役に立つかどうかは怪しいし、下手を打てばこっちの正体を怪しまれそうだ。

「設計した当時のまま運営されておればな。だが内部の部屋がどう割り当てられているかはわからんのだ。数年前から視察も断られている有様でな」

ため息混じりにブランドンが額に手をやる。

「理由を尋ねたらひどい感染症が流行していると言うのでな、殿下が医薬品と医者の手配をしてやったのだが……連中は医薬品だけで充分だと言って医者を追い返してしまった」

それが収容者への虐待にあたるというわけだな。
しかしおかしな話だ。そんな事態に及んでいながら何年も医者に診せずにいられるはずがない。管理している側にだって危険が及ぶのだから。
感染症の話は疑わしい。もっとも、ちびだってそう思ったから虐待の疑いという名目で調査を命じたのだろう。

「それならと施設長を呼び出そうとすれば、体調が悪いだの何だのと言って応じない。建物の中がどうなっているのか、もうわからんのだよ」

ブランドンは額にやった手でこめかみの辺りを揉んでいる。ひょっとしたら頭痛持ちかもしれない。

「もう一度聞く。協力してくれるな?」

私が小さくうなずくと、ブランドンはアマンダに向かってしばらく出て行ってくれと頼んだ。
これは調査に関わる機密事項だから、と。

「こいつらが何かしてきたら、大声を上げるんだよ」

アマンダは私にそう言い残すと、家を出て行った。
彼女の出て行った戸の向こうから、カンカンと木の杭を地面に打ち込む音がする。
窓の方を見れば、空き地に集まった村の男達が何やら作業をしている様子がちらりと見えた。グレッグは木槌で杭を打ち込み、荷馬車の御者台にいた老人が三つ子と共に色々な資材を運び込んでいる。

「……まずは間取りを教えてもらえるかね」

声をかけられて目を戻すと、いつの間にかテーブルに出されていた古い羊皮紙……建物の設計図に直面した。
たちまち脳内に、あの頃の記憶が甦る。
荷馬車に揺られながら見た建物が、まるで監獄に見えたこと。大きな門をくぐったこと。中に入ったらまず目に付いたのは、建物の入り口までずっと左右をふさいでいた有刺鉄線。乗り越えられそうにない、高い塀。
建物の中ではまず、男と女に振り分けられた。その時、私は――。

「サンドラ?」

その名を呼んだのは、果たして誰の声だったのだろう。この場にいる誰かのはずなのに、そうではないような気がした。

……私は、思わず片手を前に出していた。

「あ、あの」
「ええと……」

レックスやハンクの戸惑った声がする。
心配するな、そのうち収まる……そう声に出すこともかなわなかった。あふれてくる涙のせいで。
にじんだ視界をどうにかしようと目をこすったら、余計に涙が止まらなくなった。
泣き止まなくては。今まで関わりのなかった人間に目の前でボロボロ泣かれて、相手もさぞ困るだろう。そう思っているのに涙が止まらない。
そんな私の頭上で、気遣わしげに何やらささやき合う声がする。

「あー……サンドラ。配慮が足りなかったようだな、すまない。急に話せと言われても困るだろう、少し休憩を取ろうか」

狼狽しているのか、ブランドンの声はうわずっていた。

「いやいや無理はよくない。そ、そうだ。話を聞くのは明日改めてということに……」

無理をするなと言われても、な……。
ブランドンの言葉に私は息を吐き、ぐっと奥歯をかみしめた。
いずれ傷口には触れる話題なのだから、泣く度にまた今度なんて言っていたらいつまで経っても終わらない。

「いえ、大丈夫です……から」
「しかしだな、だいぶ辛いことのようだし……」
「辛い話だからこそ、早く終わらせたいんです」

乱暴に目元や鼻先をこすり顔を上げると、彼らはぎょっとしたように見つめ返してきた。

「……顔を拭く布を用意して差し上げろ。なるべく柔らかくて綺麗なやつだぞ」

ブランドンに指示されて、シャールが足早に外へと出て行く。
私の顔は相当、ひどい有様のようだ。

「これを」

ほどなく戻ってきたシャールが、真新しい柔らかな白い布を差し出してくる。

「ありがとうございます」

その、深緑色の軍服の袖をなるべく見ないようにしながら受け取って、私は布に顔を押しつけた。

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