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zoom RSS ネガイネガワレ 18

<<   作成日時 : 2017/05/20 13:59   >>

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「初めに伝えておきますけれど」

天使は静かに口を開いた。

「あなたが殺されてから、この世界ではおよそ三十年の歳月が過ぎましたの」

私はぽかんと口を開けた。

「何の冗談だ」

あれから三十年経ったなんて話をいきなりされて、どんな顔をしろというのだ。

「冗談なものですか。あなたの死体は、見せしめとして裸にされて首から下が腐り落ちるまで、あの建物の中庭に吊されてましてよ」

天使が目を伏せ、一つため息をつく。

「腐り落ちた後もあなたの死体は放置されて……鳥が肉をついばみ虫がわき、悪臭が薄れて骨だけになった頃、ようやく建物の外へ出されましたの。近くの森へ……その、生ゴミと一緒に」

死んだ後の我が身は、ずいぶんな扱いを受けたようだ。
聞いた感想としてはえげつない、ただその一言のみである。
だが悔しいとか悲しいとか、そんな感情が芽生えてこない。恨めしいとも思わない。
一応は我が身に起きたことではあるが、何せ実感が沸かないのだ。意識のない時にやられたことなんて、その程度のものかもしれない。
私はどこか他人事のようにそれを聞いていた。

「そこまでになった死体じゃ、生き返らせるのに三十年も時間がかかるわけだな」

天使はゆるゆると頭を振り、否定を示した。傷みのない金色の綺麗な髪がふわりと揺れ、清らかな花を思わせるような匂いが私の鼻先をくすぐる。

「わたくしには、独断で生き返らせる力はございませんの」

私は首をかしげた。何を言うのだ。私はこうして生き返っているではないか。胸元の傷跡はそのままだが、喉元をさすれば斬られた所は治っている。

「あなたを生き返らせて欲しいと願う者を待ち続けて、ようやくこうして生き返らせることができましたのよ」

生き返らせるまでに三十年もかかったという理由が、なんとなくわかった。
誰だって普通に生きていたら、食料を盗みに入った挙げ句掴まって殺された女のことなんか知り得ないし、まして生き返らせたいなんて思わない。
そんな願いごとをした奴はとびきりの変人に違いない。
……デニスでは、無いのだろうな。彼ならば、好意のない相手だろうと善意で時間を置かずに願ってくれるだろうから。
私の胸がちくりと痛んだ。

「それで、デニスはどうしてるんだ」

一番知りたいことを、私はもう一度口にした。先ほども同じことを尋ねたが、まだその答えを聞いていない。

「あの若者は……」

天使は眉根を寄せ、辛そうに息をした。
私はその表情を、じいっと見つめた。次の言葉を待ち続けた。まるで幼い子供のように。

「……ご自分で確かめるのが一番でしょうね」

しかし天使は言葉を濁して、私から目をそむけた。

「確かめろって……裸で人前に出ろと?」
「それもそうですわね。でも、わたくしに用意できるのは、あなたが生きていた時に一番最後に見た格好ですけれど……よろしいのかしら?」

天使に一番最後に会った時の私の格好――支給された灰色のワンピースにエプロン、三角巾を頭に巻いて木靴を履いた、あの姿か。
……かまうものか。素っ裸でいるよりはずっと良い。
頼む、と私が答えると、天使が小さく指を振った。すると小さな小さな光の粒が私の体をぐるりと周る。瞬きをする間に私は覚えのある格好となっていた。
やはり天使には人智を超えた力があるのだなと思う。
やっと裸ではなくなったわけだが……私はふと、あることに思い至った。

「これで、三つの願い事を使いきったな」

天使に頼み事をしたのだから、当然そういう扱いになるだろう。
つまらないことに使ったな、と自嘲が表情に浮かんできた。

「これはあなたから提示した願い事ではなく、わたくしから言い出したことですから数に入りませんわ」

天使がそれで良いというのなら、そういうことにしよう。

「ありがとう、ご厚意に感謝するよ」

天使に礼を言ったその時、犬の吠える声がした。
驚いてそちらを見れば、まだら模様の犬を引き連れ、何やら細長い筒のような物をベルトで吊した男がいた。

「そこで何してる!?」

野太い声だった。おそらく首の太い筋肉質な体つきなのだろう。かすれ具合から察するに若くはないようだが。
私はすっくと立ち上がり、男の方へ向き直った。

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