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zoom RSS ネガイネガワレ 16

<<   作成日時 : 2017/05/06 19:42   >>

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私の知覚を初めに刺激したのは、ざわつく気配とひそひそ話す声だった。
目を開けてみると、私は外にいた。

正確な場所を言うならば、建物の外。有刺鉄線の絡んだ柵が両側にある。ああ、ここは荷馬車に乗せられて来た時に見た光景だ。
あの時との違いは、左右の柵の中で、それぞれ男達と女達が群がってこっちを見ているというところだ。ある者は怖々と、ある者は興味津々といったふうで。
その中央に転がされた私の体の自由は効かない。私は背中側で両腕を縛られている上に、足首と膝もロープで縛り上げられているからだ。おまけに口には布を噛まされている。
意識が明朗なものに変わると、じくじくとした痛みが襲ってきた。右脇腹からの痛みだ。
目をやるまでもない。だってそこは、刃物で斬られたところなのだから。

「いいか、よく聞け」

私の背後で男の声がする。動く範囲で顔をそちらに向けると、ぴかぴかに磨かれた皮のブーツと緑色の軍服のズボンが見えた。
さらに目玉を上に動かすと、軍服の胸元にぶら下がる勲章が目に付く。

「こいつは勉強の時間に現れず、そればかりか食料庫から盗みを働こうとした不届き者である」

何だって。
私は仰天した。目を覚ましてみたら覚えの無い罪を着せられているなんて、全く冗談では無い。
違う。誰にともなくそう言いたくて私は首を横に振った。
そんな馬鹿げたこと、私はやらない。誓ってもいい。路上で寝転がるばかりの日々を過ごしていた時だって、盗みを働いたことは無い。
料理店のゴミ箱をあさるのが盗みに当たるというのなら、言い逃れはできないが。

「お世継ぎ様に教育と職業につく機会を与えられておきながら、その慈悲に感謝するどころか泥を塗りつけたのだ。卑しい性根である。下劣な精神である。更正は望めない。よってここで処刑する!」

私の周囲の、ざわめく声が大きくなった。
掴める程度に伸びた後ろ髪を乱暴に掴まれて引っ張られる。私の体は自然とのけぞる形になった。
ひやりとする感覚が、無防備になった喉元にあてがわれる。思わず顔が引きつった。

そうか。
孕んだ女がどこかへ連れて行かれる場面に居合わせたばかりに、私は盗人の罪を着せられた挙げ句、他の収容者への見せしめとして殺されるのか。
あの場に居合わせたのは、本当にただの偶然なのに。何が行われているのかなんて、あの時まで勘付くことすらなかったのというのに。

「待って下さい!」

デニスの声だ。

「きっと、何かの間違いです。彼女は一番、出来が良いいんです。盗みなんてするはずがありません」

デニス。何故そう必死になって私をかばい立てする?
……ああ、そうだな。私がいなくなると天使に会えなくなるものな。それは必死にもなるだろう。
そう思いながらデニスを見る私の目は、ひどく淀んでいたのだろう。デニスは私と目を合わせるなり、ぎょっとした顔をしていた。

「ええい貴様、かばい立てするつもりか!」
「そんな、僕はただ、誤解かもしれないからもう少し調べた方が良いと……」
「デニス。お前は同僚の目撃証言を疑うつもりなのかね」

言われたデニスはしばらく押し黙っていた。近くにいる軍服姿の人間の視線を一身に浴び、彼は苦しそうに唇を噛んでいたが、やがて、「いいえ」の言葉を口にした。

「ならば黙っていろ。後で貴様にも監督責任を問う」

喉元を、真横に過ぎていく感触があった。
ざわめきが、悲鳴と興奮の声に変わっていくその瞬間、私は声にも出さず祈っていた。
天国へ行かせてくれ? まさか。こんな体になった女に、もう天国も地獄もあるものか。神様だってそっぽを向くだろう。

天使。
この光景を、今の私の無様な姿を見ているか、天使。
見ているのなら、叶えておくれ。

――デニスにも、お前の姿が見えるようにしてくれ。この人にはお前の存在が必要なのだ。心の救いなのだ。

だがその願いが叶ったかどうか知る前に、喉元からどくどくと流れ出した血が私から考える力を奪い去った。
熱いような寒いような、嫌な感覚が全身を苛む。頭の中身が強烈に、じんじんとしびれ始める。
空気の漏れるような音。息を吸おうにもままならない口は私の意思とは無関係に開きっぱなしだ。
それらを感知した末に、私は――。

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