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zoom RSS ネガイネガワレ 14

<<   作成日時 : 2017/04/22 12:39   >>

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冷静に考えろ。
相手が私に向けた感情は憐れみだ。傷ついた動物を見て抱く感情と同じものだ。お前は傷を負った動物を見て、かわいそうだと思いはしても恋心なんて抱かないだろう? そういうことだ。
冷静に考えろ。
私なんか選ばれるわけがない。相手には思う相手がいる。自分なんて足元にも及ばない高貴で美しい存在だ。それを差し置いて、私を選ぶと思うのか?
冷静に考えろ。
こんな体で、面倒な過去を背負った女がどうやって愛されようというのだ。
冷静に考えろ。
私にはもう、男に差し出せる物なんて残っていない。

冷静に考えろ。勘違いをしてはいけない。
忘れなければ。この感情を、噛み砕かなければ。

なのに、天使に会いたいとデニスが手を差し出してくる時、そっと指先を握られる時……私の胸の内に甘やかな心地よさが広がる。
幸せだ、と思ってしまう。その心地よさを求めずにいられない。
それを押し殺すために私は、彼の手が離れるまでずうっと、仏頂面で立ち続けている。これ以上の欲を出すなと自分に言い聞かせながら。

自分の名前と1から10までは皆がすらすら書けるようになり、5以下の数字同士での足し算を教わるようになった頃。
日を追うごとに、窓から見える景色に緑が増えていくのを見つめながら、あるいは窓から差す光に温もりを感じながら、私は勉強のために部屋へと向かっていた。
一番乗りはいつも私で、「ずいぶんと勉強熱心だこと」と嫌みなのか褒めているのかわからないことを言われたこともある。
私はその時こう答えた。「やる気がないからさっさと行って、後ろの席に座りたいんだ」と。相手はそれで納得したらしく、それ以上言ってこなかった。

本当のところは、私にもよくわからない。
寝床の部屋にいたくないのかもしれないし、デニスの顔を見れると思うと気がはやるのかもしれない。あるいは……周りより出来る、ということに優越感を抱ける時間が楽しみなのかもしれなかった。
つまり今日も私は一番に部屋へ入るところだったのだが……扉の向こうから声が聞こえてきて、私は足を止めた。
扉は少しばかり、手が入るぐらいは開いていた。私はそこからそっと中をうかがい見る。
すると、守衛が数名、デニスを囲むようにして立っていた。デニスが先に部屋にいるのは初めてのことだ。いつもなら皆がそろった後に来るのにどうしたのだろう。

「隠さなくたっていいじゃねえか。あんた、あの男だか女だかわからん体の奴と手をつないでたろ。俺は見たんだぜ」

守衛の一人が、にたにたと笑っている。確かあいつは、初日に私が胸をさらして見せた奴。

「あれだけ女達に言い寄られてもなびかねえなんて、変だと思ったんだ。あんた、ああいうのが好きなんだろ」
「違う」

デニスの声が、妙にはっきり聞こえた気がした。

「サンドラの身の上には同情するけれど……正直、恋をされたら気持ち悪いな」

体を、切れ味の悪い刃でざくりとえぐられたような気持ちだった。
ああだからいつも手を握る時は指先をそっと握ったのだな。本当に私は邪魔者だったのだな。彼はきっと、できることなら私抜きで天使に会いたかったに違いない。
ぐるぐると頭の中を色んなことが駆け巡る。

私は力の入らない足を叱咤して、なんとかその場を離れた。
体の奥からにじみ出してきた涙が目のふちに溜まって熱を持つ。視界を揺らめかせる。
この状態になってしまったら、一度でも、小さくともしゃくり上げたらおしまいだ。声を上げて泣き出すのを止められなくなる。私はよく知っている。

泣いてどうする。泣いたら現実の何かが変わるのか。誰かに見られたときに何と言うつもりだ。
泣くまいとして唇を噛み、時折目をこすって建物の中をさまように歩き回っていたら、勉強の時間を告げる割れ鐘の音が聞こえてきた。
こんな状態で勉強? 冗談じゃ無い。
一人でいたかった。誰にも会いたくなかったし、言葉を交わしたくもなかった。特にデニスとは。
でも、この建物のどこに「一人きりになれる場所」なんて都合のいいものがあるのだろう。
私はいつの間にか、手当たり次第に見つけたドアを開けにかかっていた。
どれも鍵がかかっていたが、いくつ目かのドアの取っ手をつかんで引いたら動いた。
錆びの目立つ赤い鉄製の重たいドアだった。鍵の他に、外側からかんぬきをかけられるようになっている。
開けてみると、中はがらんどうの暗闇が広がるばかりだった。
いや、よく目をこらすと、下へと続く階段がある。一体どこへ続いているのだろう。

そこでドアを閉めて引き返したって良かった。でも私は、引き返す気になれなかった。
デニスの言葉に傷ついた現実に戻るのは、恐ろしくためらわれたのだ。

――私は、逃避を選んだ。
中に入ってドアを閉め、真っ暗闇の中、壁に手を突いて階段を降りていった。壁は平らでは無くゴツゴツしていた。人の手で掘ったものだとわかる。
響くのは、私が階段の石を踏みしめるわずかな音だけ。
孤独だ、という事実を改めて思う。誰も私がここに入ったなんて知らない。
デニスは私を探すかな。建前上は探すだろうな。でも本音としては「面倒をかけやがって」なんて思っているのだろうな。
勉強の時間に来ないばかりか、探させるなんて……間違いなく、私は今、彼に嫌われることをしている。
でもどうでもいい。そもそも彼は私のことなんて好きではなかったのだから。どうあがいたって好かれないとわかったから。
私のことは好意を寄せられたら気持ち悪いと感じる部類だと、他ならぬ彼が口にしてみせたではないか。
――先ほど見た光景を思い出したらまた、乾きかけた涙がにじみ出してくる。
泣くのをこらえて大きく息を吸えば、かび臭さが鼻を突いた。
真っ暗で、かび臭い場所。私みたいなものにはお似合いだ。ああまったく、お似合いだ。

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