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zoom RSS ネガイネガワレ 1

<<   作成日時 : 2017/01/15 00:00   >>

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石畳を敷き詰めた通りの端。そこに敷かれた、人の背丈ほどの長さのぼろ切れ。その上に別のぼろ切れをまとって寝転がって、日がな一日、背中越しに雑踏の物音を聞いて過ごす。
それが私の生活だった。他人に言わせれば「落ちぶれ果てた人間の暮らし」というやつだ。
意識は常に半分眠ったようなもの。鬱々と考えることはただ一つ。死んでしまいたい、ということだけだ。できれば眠っている時に、痛みも苦痛も感じることなく死ねたなら……そんな、死に方へのささやかな希望はあるけれど。

腹は減っている。のども乾いている。だが私にはもう、どちらも満たそうとする意欲が消えていた。
この生活を始めたばかり頃は、どうにかして元の暮らしに戻ろうとあがいたりもしたが、今やそんな気力は残っていない。
私には、結局のところ成し遂げるまで努力し続ける才能はなかったのだ。ずるずると、苦労しなくて済む方へ、痛い思いをしなくて済む方へと流れていき――這い上がろうとする意思は、いつの間にか色々な物に塗りつぶされて消えてしまった。

その萎えた気力につられるようにして、体がみるみる弱っていった。
どんなに天気が良くても絶えず寒気に襲われて、体のどこかが悪くなったのか、精神的なものが原因なのかわからないまま、私はこうして寝転がるしかできなくなった。
それが今日に至るまで、ずうっと続いている。

今日も今日とて、通りを行き交う人の生活の音にぼんやりと耳を傾けていると……ふと、背中に何かの気配を感じた。
荒い吐息は聞こえない。野良犬や何かではなさそうだ。おそらくは人だろう。

「そこのあなた」

やがて聞こえてきたのは女の声だった。きれいな声だった。生まれてこの方聞いたことのない、品のある声。
ああ。誰かは知らないが、心優しい世間知らずなお嬢様あたりが、食べ物か金を恵んでくれようとしているのだな。
中途半端な善行。その残酷さを知らないなんて幸せな人生だ。私の唇が引きつり、うっすらと笑う形を作る。ぴりっと裂けたような感覚があった。

「あなたの願いを、三つだけ叶えてあげましょう」

……何だそれは。
意外な言葉に私は顔をしかめた。
今までにも、言葉をかけてきた奴はいた。
馬鹿にする者、哀れむ者、奮起せよと説教する者……皆、無視していたらそのうちどこかへいなくなる連中ばかり。
願いを叶えてやろうなんて、一度も言われたことはない。珍しいどころか、生まれて初めてのことだ。
だから私は、声のした方へと首をねじってしまった。
……そして、思わず息をのんだ。

そこにいたのは女だった。金色の柔らかそうな長い髪に緑色の目の若い女だ。この場に不釣り合いな、白いひらひらしたスカート姿で微笑みを浮かべている。
それだけなら、綺麗だけれどやっぱり頭のおかしな女だったと片付けてしまえたのだが、そいつにはどう見ても人間ではないと確信させる要素があった。
女の背中には、二枚の白い翼があった。通りを吹き抜ける埃っぽい風に、柔らかな羽毛が揺れている。

私は直感した――これがお迎えというやつか、と。

思わず、自嘲で唇がゆがむ。
最後の最後に清らかなものを見せつけて、今の自分の汚れっぷりと落ちぶれっぷりを思い知らせてくれるとは、意地悪なことだ。
神様というのが慈悲深いというのなら、安らかに静かに連れて行ってくれれば良さそうなものを。いまわの際に感情をかき乱してくれなくてもいいだろうに。

私はまた寒気を覚えて、まとっていた布を首の辺りまでたくし上げた。
女は――天使は、変わらず微笑みを浮かべて私を見つめていた。

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