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zoom RSS 王様と痛み

<<   作成日時 : 2016/10/08 18:14   >>

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むかし、あるところに一人の王様がいた。
王様にはまだ世継ぎがいなかったが、心優しく慈悲深く、主に福祉の面に力を入れていた。
貧しい者には配給をし、傷病者には無料で診てくれる診療所を作り、親をなくした子供達には共同で生活する家とともに勉強を教えてくれる学校を用意するなどである。
これなら、突然不幸に見舞われても安心して暮らせる。王様は「心ある王様」と慕われていた。

だがそれには莫大な金が必要である。
税金を上げてしまえば簡単だが、ただ上げただけでは国民の生活が圧迫される。
産業を奨励し、商売を盛んに行って儲けを出し、国民を潤わせてからでなければ、たちまち暴動が起きるだろう。それは近隣の国との交易でも同様である。
王様は極力、近隣の国や国民の間で軋轢が生じないよう注意を払っていた。

それらの心労がたたってか、王様はついに体中に激痛が走るという奇病にかかってしまった。
様々な薬を試したが全く効果はなく、王様はベッドから起き上がることすらままならない日々を送った。

「誰ぞ、王の痛みを取り除ける者はおらぬか。王を救った者には爵位と褒美を与えよう」

王妃は悲しみにくれながら、国内にお触れを出した。
爵位や褒美目当て、あるいは純粋に王様を救いたい一心でいろいろな者がやってきたが、結局、王様を助けられる者はいなかった。

「もうどうにもならぬのか」

王妃は悲しみのあまり、自室にこもって泣く日々を送った。

そんなある日、王国の都にある宿屋の主人が王妃への謁見を求めて現れた。
聞けば、痛みによく効く薬を手に入れたという。
王妃はそれを聞いて、すぐさま会うことにした。
宿屋の主人は謁見の間に通され、慣れない豪華な空間に気後れし、落ち着かない様子でたたずんでいた。

「痛みによく効く薬を手に入れたというのはまことか」
「はい。これです」

薬売りはポケットから小瓶を取り出した。淡い紫色の液体で満たされた小瓶である。
近衛兵がそれを受け取り、大臣に渡す。
大臣はしばらく、うさんくさそうに小瓶の中身を見つめていた。

「効果のほどは保証できるのだろうな」
「ええ、俺……いえ、私が使ったら、たちまち打ち身が治りましたんで、お役に立てるんじゃないかと」
「打ち身だと? 王様の痛みはその程度の痛みではないのだぞ」
「これは打ち身だけに効く薬じゃありません、薬売りの話だと――」

宿屋の主人は、薬を手に入れた経緯を話し始めた。
彼は先日、屋根の修理中に誤って地面に落ちてしまった。
背中から落ちて腰を打ち、おまけに足もひねって歩くこともままならず、女房から役立たずだの間抜けだのと怒鳴られていたところ、一人の客が代金を払わずに逃げ出した。
すぐさま女房がそれを取り押さえ、牢屋に送ってやると息巻いたのだが、薬売りは見逃してくれるなら薬を調合する、と言い出した。
その薬はどんな痛みにも効くのだ、とそう言って。

「で、その薬を飲んだらたちまち痛いのが吹っ飛んじまいまして。こりゃ、本当にどんな痛みにも効くんじゃないかって話になりまして」
「まさか、これはお前の飲み残しなのか」
「違いますよ、女房が薬売りを脅し――いえ説得して、家にある小瓶全部に作らせたんです。こいつはそのうちの一つです」

おそらく宿屋の主人は、おっかない女房殿にせっつかれてやって来たのであろう。
大臣は小瓶の中身を揺らしながらそう考えた。

「これを飲むというが、全て飲み干せば良いのか?」
「はい、何かに混ぜたりしちゃいけないそうです。薬売りがそう言ってました」
「もしこれが本当に効いたなら、約束通り爵位と褒美を与えよう。使者の迎えがあるまで、おとなしく待つように」

大臣は宿屋の主人を帰し、王妃に薬を渡した。

「どんな痛みにも効く薬、か」

王妃が真剣なまなざしで小瓶を見つめる。

「本当にご使用になるのですか。何だか胡散臭く感じられますが」
「かまわぬ。我が夫を救える可能性があるのなら、これに賭けたいのじゃ」

王妃がそう言うのなら、反対もできまい。
大臣は王様専属の医師を呼び、これを服用させるよう命じた。

薬売りの作った薬は、まず毒味役が試すことになった。
こいつは長年ひどい腰痛に悩まされていた。そのひどさたるや、足を引きずらないと歩けないほどである。
毒味役は薬を飲み、しばらく横になった。
ほどなく起きた毒見役は、己の体の変化に気づいた。

「すごい、こいつはすごいぞ。俺の腰、ちっとも痛くないぞ」

痛みから解放された喜びで目を輝かせながら、毒見役は走り回った。
どうやら薬の効果は間違いないようだ。
医師は薬を王様に飲ませることにした。

そうして訪れた、王様に薬を飲ませる日。
王妃と大臣と医師が寝所に集まった。遠くで侍従が数名、控えている。

「陛下、これを残らず口になさって下さい。どんな痛みにも効く薬とのことです」
「そうか。もう薬にも飽きた。これで痛みがなくなってくれれば良いが……」

王様は弱々しく、長い時間をかけて小瓶の薬を飲み下した。
疲れたようにため息をつき、とろとろと眠り出す。

どうか薬が効きますように。痛みがなくなりますように。
皆が祈るような気持ちで見守っていると、王様が突然むくりと起き出した。
王様はうなじをかき、伸びをするとベッドから降りる。まるで今まで何事もなかったかのようだ。
医師は目を見開き、腰を抜かした。とんでもない効き目である。

「王様がベッドから降りられた!」
「あの薬は本物……!?」

侍従が周囲でばたばたしている。

「貴方。もうどこも痛みませぬか」

だが、王妃を見返したのは見慣れた穏やかな顔ではなかった。
王様は冷たい目で王妃を一瞥すると、ベッドのふちにどっかりと腰をかけた。

「痛みは消え去った」

冷たい目に温かみのない声。

「寝込んでいた分、政治の仕事をこなさなければ。ああ、頭が冴え渡っておる。わしは、ずいぶん無駄な政策ばかり打ち出してきたものだ」

ベッドに座り込んだまま、王様は何やらブツブツと言い始めた。
よく聞こえないが、政策のことで考えがあるらしい。

「ですが病み上がりでございます。無理をなさっては体に障ります」
「大臣よ」
「はい」
「即、貧困層への配給を打ち切る」

その場の空気が、しんと静まり返った。居合わせた者の目が、王様に集まる。

「何を不思議がっておる。あんなもの、助けたところでどうにもならぬ。どのみち一生食わせる羽目になるではないか。切り捨てろ。わざわざ国家の予算を割く必要は無い」
「お、お待ち下さいませ、陛下。本気で仰っているのですか」

大臣は震え上がった。
こいつは誰だ、とさえ考える。王様と同じ見た目をした別人、と説明された方がまだ理解できた。

「弱い者や、じきに迎えのくる連中に金を回して一体何になる。それよりも兵力の増強だ。隣国が我が国を狙っていること、覚えがあろう」
「で、ですが、兵士はどこから連れてくるのです。若者を戦場に連れ出せば働き手が不足します、妻子のいる者が戦死でもしたら……」

側近の一人が震えながら声を上げる。
すると王様はそちらをひたと見据えた。

「親のいない子供が大勢いるだろう。そいつらを兵士に仕立てれば良い」

王様は、一体どうしてしまったのだ。
国内の弱者に手をさしのべ、隣国との軋轢を避けてきたかつての姿はもう、微塵もない。
その場にいる誰もが、信じられないという表情を浮かべていた。

――かくして、その国は変貌した。
にこりともしなくなった王様は次々と弱者を切り捨てる政策を採用し、反対する者を一族まとめて粛正した。いわゆる恐怖政治である。
弱者は強欲な者に虐げられ、国内には不満と怨恨の声が渦巻いた。

大臣は密かに命じ、薬売りを探させた。
薬売りは国内の辺境で薬草を栽培していた。
大臣はさっそく捕らえて尋問にかけた。

「貴様、隣国からの回し者か」
「違います、俺はただの、本当にただの薬売りです」

怯えきった様子で、薬売りは大臣にそう答えた。

「ならばあの薬は何だ。どんな痛みにも効くなどと言って宿屋の主人に作った薬を飲んだせいで、国王はまるで別人のように変わってしまったのだぞ」
「あの人、薬を王様にあげちゃったんですか!?」

薬売りは顔色を変えて震え出す。

「なんてこった、他の人にはあの薬をあげるなって、僕、ちゃんと言っておいたのに。よりによって王様にあげるなんて」
「どういうことだ」
「あの薬は、痛みに効くのではありません。あれを飲むと、痛みを感じなくて済むんです、どんな痛みも平気になるんです、心の痛みだって」

心の痛みさえも?
大臣の脳裏に、今現在の王様の姿がよぎった。

「まさか」

冷酷な振る舞いをするようになったのは、良心の呵責から生じる痛みがなくなったからだと、そういうわけなのか。

「だから、人の上に立つような、そんな人には絶対出しちゃいけない薬なんです。僕は宿屋の主人だから出したんです、だいたい、痛いところがすぐ治るなんて、そんな便利な薬、存在するわけがないでしょうっ」

薬売りは鼻まで垂らして泣きわめいた。

「泣いていないで答えろ。今すぐ薬の効果を消せないのか」
「無理です、体に入った分が自然に消えてなくなるまで、どうにもできません」

――王様に飲ませた薬の効果が切れる日は、まだなのか。
いずれ訪れるはずのその時を待ち望みながら、今日も今日とて大臣は王様の横顔を見つめている。

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