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<<   作成日時 : 2016/10/02 15:02   >>

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朝目が覚めると、右手が痛かった。手を握ったり開いたりすると激痛が走る。
腱鞘炎か何かかな。俺は薬箱を取りに向かった。

チューブ入りの塗り薬、それから薄っぺらい金属の板みたいな物を箱から取り出してテーブルに並べ、次に冷蔵庫を開ける。
ビールやら買い込んだ総菜のパックやらがあるが、俺の目当てはそれじゃない。一番上の段、ふた付きの場所に入っている物だ。
そこには予備の奴があるはずだった。
開けてみると、そこには液体の中に肌色の塊をパッキングした物が一つだけ入っていた。パックに書かれた使用期限を見る。まだ大丈夫だ。

俺はそれを持ってテーブルに戻ると、チューブ入りの塗り薬を右手に塗りたくった。
塗りたくって待つことしばし。だんだん右手の感覚がなくなってくる。
つねっても完全に痛みがなく、動かすことすらできなくなったのを確認してから、俺は次の作業に移った。
さっき一緒に取り出した金属の板。これの端についている四角い枠に軽く触る。
すると、ひらべったい形に変化が起きる。見る間に自動で組み立てられて、両脇にたくさんの足がついた小型の機械へと変形したのだ。
機械の上に、さっき冷蔵庫から取り出した肌色の塊入りのパックを載せる。ここまでが俺に求められる作業だ。
あとは機械が勝手にやってくれる。

かすかな音を立てて、そいつが俺の右手に覆い被さった。
いよいよ処置の始まりだ。
俺が見ていようがいまいが、機械の作業速度や仕上がりに影響はないのだが……他にやることがないので俺はぼうっと見ていた。

絶対に見たくないという奴は目隠し機能を使えば済む話で、世間ではそっちの方が多数を占めている。
この機能もいろいろカスタマイズされていて、目の前の風景が美しい自然風景に置き換わる奴だとか、好みの異性が励ましてくれる奴だとか、色んなタイプが販売されている。
メーカーはもはやそっちで食っているとか何とか、ニュースだかワイドショーだかで言っていた。

……とか考えているうちに、俺の右手の処置は終わった。
冷蔵庫から取り出した予備の右手と、痛かった右手とを取り替える処置だ。

真新しい右手には、傷跡も染みもない。縫い合わせた跡さえも。
閉じたり開いたり、振ったりしてみる。まだちょっとしびれはあるが、これは塗りたくったチューブ入りの麻酔薬のせいだから問題ない。時間が経てばそのうち消える。

機械はまだ、かすかに音を立てながら動いている。
古い方の右手から細胞を取り出して、予備の右手を作るのに必要なあれこれを施した培養液をパッキングする作業中なのだ。
そいつを冷蔵庫の一番上の段についている培養ケースに入れておけば、三日ほどで予備の右手はできあがる。
古い右手は機械が跡形も無く分解してくれるので、勝手にクローンを作られる心配もない。

――昔は、一度重い怪我をしたり病気になったりしたら、もうまっさらに健康な体に戻れなかったという。
投薬治療は言わずもがな。手術だって体に負担をかけて行う上に、術後の日常生活には様々な制限がかかる。
医者通いの日々を送ったり、飲食してはいけない物が出たり、薬を飲み続けたり、痛みやしびれなんかの違和感と一生つきあう羽目になったり……何でもなかった頃のようにはいかなくなるのだ。

だが、俺が生まれる前にそんな時代は終わりを告げた。
個人で処置できるほど技術が発達したこともあるが、活動に支障のある体を引きずって生きていくよりは、新しい方と取り替えて快適に暮らした方が良い、という風潮ができあがったことも大きいだろう。
肉体というのは、ただでさえ経年劣化を避けられないようにできている。いつまでも調子よく動けるなら、願ってもない話なのだ。

俺の体は、もう何度もあちこちを取り替えている。主に社会に出てからの話になるが。
酒とストレスでつぶれた胃袋。穴の開いた十二指腸。使いすぎで視力が落ちまくった目。岩みたいに凝り固まった肩。痛みのこびりついたような腰。駅の階段で転んでひねった足首。今日のように、酷使して痛みを訴えだした手。
ただでさえ仕事というのは苦痛なのだ。痛かったり辛かったり、そんな状態で臨めばストレスは跳ね上がる。
そう考えて、俺は体に異常が出たらさっさと取り替えることにしている。余計なことで煩わされるのは御免だ。

ピーという音を立てて、機械が止まる。見れば、機械の上に培養液の詰まったパックが載っていた。
俺は薬箱から銀色のフィルムに入った薬を一つ取り出すとたらいに水をくみ、そこへ薬を放り込んだ。
一瞬青く染まった水が透明になるのを確認すると、板の形に戻した機械を入れる。
どういう理屈か知らないが、メーカーはこうすりゃ殺菌……いや滅菌だった気もするが、それができると取り扱い説明書に書いていた。この状態で一時間置いとくんだそうだ。

培養液のパックを冷蔵庫のケースへ放り込み、時計を見る。
始業時間の五分前だ。こうなったら仕事には間に合わない。

俺はため息をつき、転職のための情報を集めることにした。

この、いわば体の取り替えがきく時代ならではの問題もある。
人手が余りまくっているのだ。
誰もが簡単に健康を維持できるようになった結果、働けない奴というのがごく少数になってしまい、今や仕事は文字通り奪い合いである。
政府は仕事がなるべく大勢に公平に行き渡るよう、労働時間を短くして調整を働きかけているが、それが余計に拍車をかけた。
働く、というのは誰でもできる薄っぺらい短時間の仕事をこなす、ということ。もし休むと、もうそこに自分の椅子は無い。代わりの奴がそこに居座る。前までいた奴は自動的にクビになる。
それがこの時代の一般的な就業形態だった。
もっとも、誰も憤慨したり嘆いたりしない。職場に対してそこまで愛着を持ってる奴だって、いないからだ。毎日違う奴と顔を合わせる職場だってあるらしい。上司でさえも、だ。

……俺が残していた仕事も、次の奴の手柄になることだろう。もう関係ないからどうでもいいが。
次に働けそうな職場の情報を見つけ、エントリーを終えた俺の頭には、前の職場や同僚への思いなんて欠片もなかった。


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