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zoom RSS 地雨 6

<<   作成日時 : 2016/08/15 17:54   >>

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……いかん、今日の朝からのことを考えていたら少し眠っていたようだ。缶コーヒー分のカロリーを得たことで、俺の体は当面の危機を脱したと思ったらしい。
俺は小さくうめき、窓の外を見た。

俺が眠っている間に、高崎はコンビニの駐車場を後にしていた。
今はどこがどこやらわからぬ国道の上だ。あちこち剥がれたオレンジの追い越し禁止のラインがずうっと続いている。

「……お前の田舎って、どんな所だ」

俺は目をこすりながら高崎に尋ねた。

「先輩、起きたんすか」

運転している高崎が、前を向いたまま答える。

「ついさっき起きたところだ。あとどのぐらいかかる」

座席のシートでうたた寝したせいか、首が痛い。俺はその辺りをもみながら聞いた。

「あと二十分ぐらいっす」

高崎は前を向いたまま、話を続けた。

「で、俺の田舎っすけど、沼があるんすよ」

いわく。
高崎が小学五年までを過ごしたその村は山林の中にあり、獣道を進んだ先に底なし沼があったという。
当然、子供は近寄るなと親からも学校からも厳命されていたそうだ。
学校側は防災の観点から指導したのだが……親の方は違っていた。
なんでも、その沼には神様とやらが住んでいて、沼に沈んだ者が罪なき者なら生きて返してくれるが、罪深いとみなすとそのまま永久に沼の中に閉じ込めてしまうという言い伝えがあったためだという。
神様を試すようなことはしてはならぬ、と先祖代々伝えてきたらしい。

まあ、地方の田舎における風習なんて、非科学的だろうが何だろうが、たいていはそれが真実かどうか定かにならないまま、忘れ去られていく運命なのだが――高崎が小学5年の時に、ある事件があった。

ある家の姉妹のうち、姉が婿を取った。
だが同居を開始してほどなく、婿は、家族の目を盗んであろうことか中学生だった義理の妹に手を出し始めた。
欲情の程度が、触って済む程度のものじゃ無かったことは……まあ、触るのだって言語道断だろうが……義理の妹が妊娠したことで発覚した。
それが高崎少年小学五年の頃だったのだ。

妹の妊娠が発覚すると、家族の者は二人を縛り上げ、沼に、妹と男に重しをくくりつけ、同時に沈めたのだという。
言い伝え通りならどちらか罪の軽い方、あるいは罪のない方を助けてくれるはずと言い張って。
それが、村における人間関係での解決方法らしい。
俺には理解できない話だ。沼に沈めるまでもなく、断罪すべきは年端も行かぬ少女に手を出した男の方だろう。

――そして。

「浮かんできたのは、婿さんの方だったんす」

国道沿いに点々とある街灯が、高崎の横顔をオレンジ色に照らしている。

「でもそいつ、結局ぶっ壊れてたっす。言葉も通じなきゃしゃべることも意味不明、おまけにずっと這いずりまわるようになって……まるで赤ん坊だ、って村の皆が気味悪がったっす」

おかしくなった婿は、その後、半年と経たず自ら首をくくってあの世へ行ったという。
ただし本当に自殺だったのかは定かでない、と高崎は話を結んだ。
おそらく自分の出身だから詳しくは言いたくないが、不貞を働いた上にふてぶてしくも生き残った婿への、家族どころか村ぐるみでの私刑の末とみなした方がよほど自然と言いたいのだろう。

そんな話を聞きながら、俺はふと疑問に思った。

「でも、その中学生の子は義務教育中だろ? 家族が黙っていたって、学校の先生はいきなりいなくなったら変に思うだろ」
「先輩」

俺の言葉をさえぎり、高崎が答えた。

「心当たりなんてない、って村の全員が言い張れば、どんなに怪しくても行方不明で片付くんすよ」

そう言う高崎が、薄ら笑いさえ浮かべているように見えた。

「お、お前……俺とこいつの死体、そろって沼に沈める気なのか」

俺は恐ろしくなった。死体を車に詰め込んでからの高崎はどこかおかしい。
現に、こいつがつぶれたドライブインの駐車場で死体を毛布とビニールシートで包んだ時の手際に無駄はなかった。俺に手伝いを頼むことすらなく、一人で全部てきぱきやってのけたのだ。
明らかに手慣れている。……何故手慣れているのかなんて考えたら、どうしたって考えは嫌な方に向かう。

事故とはいえ死なせた俺と、思いがけず死ぬ羽目になった奴。
どっちに罪があるか、その婿と義理の妹のように秤にかけられるのではないか……俺にはそんな考えがよぎった。

「まさか。婿さんが生き残ったのはただの偶然で、ぶっ壊れたのは真っ暗でいつ沈むかわからない所に放り出されたからっすよ」

高崎はちらりと俺を見て、苦笑いをした。

「先輩、今時祟りだの呪いだの、そういう非科学的なこと信じちゃってんすか。あり得ないっす」

ぷふふ、と高崎は含み笑いをした。明らかにこっちを嘲っている。
反論してやりたいところだったが、それこそ高崎の言い分を認めるようなものだと俺はこらえた。

「その沼は底なしらしいんで、沈みきればこっちのもんっす。だからそこにするんす」

ああ、なるほど。そういうことか。
神様が住む沼だの近親者による私刑まがいの事件だの、退屈紛れに俺をビビらせていただけかもしれない。
だよなあ。そんな時代遅れな話が現代社会で横行してたまるか。

「これから田舎道入るんで、揺れますよ。ベロ噛まないように口閉じてて下さいよ」

高崎はウィンカーを出し、国道から細い脇道へと車を進めた。
その脇道は高崎の言う通り、まるでつぎはぎだらけのぼろ布みたいな道路が、ヘッドライトに照らされて延々続いている。

「ここはまだ序の口っす」

言われて俺は、口をへの字に結んだ。
それって、つぎはぎどころか、砂利道なのか。それともオフロード車じゃなきゃ厳しいような、穴だらけの道なのか。
そんな道、あり得るのか。あっていいのか、この二十一世紀の日本に。
俺が考えているうちに、いよいよ車は街灯どころか民家の明かりすら見当たらない真っ暗な道にさしかかった。

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