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zoom RSS 地雨 5

<<   作成日時 : 2016/08/14 20:50   >>

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高崎の考えを具体的にすると、酔っ払ってよそ様に迷惑をかけた隣人を車で迎えに来た風に見せかけて乗せてしまえ、というものだった。
俺は異論を唱えなかった。他に良さそうな案なんて浮かばなかったからだ。
高崎が車を取りに行ってくる時間は、ひどく長く思えた。
歩いてくるよりもずっと時間はかからないはずなのに、おかしな話だ。だが、事実そう感じたのだ。
携帯の画面に映る時間を、一分置きどころか数十秒置きに俺は何度も何度も確認した。

だから、近づいてきた車のエンジン音と、ドアを開け閉めする音を聞いた瞬間、俺は急に血の巡りが良くなるような感じがした。
急いで耳をそばだてる。たんたんたん、と鉄の階段を上ってくる足音がした時には、不思議な安心感を覚えてさえいた。

「先輩、用意できました」

チェーンの伸びる範囲までドアを開けて、そこから高崎が顔を覗かせた。
俺がチェーンを外すと、高崎は中へと滑りこんでくる。

「じゃあ、運ぶぞ」

俺は死体の両脇に手を入れると、引き起こした。

「どうします、俺が足持ちますか」

俺は首を横に振った。引き起こしただけでもう、俺の腕力は限界だった。
死体に肩を貸して階段を上った時に、力を使い果たしたのか。それとも精神的なショックで体が動かないのか。

「じゃあ、おんぶするっす。先輩、そいつ、おっかぶせて下さい」

高崎が背中を向けてしゃがみ込む。俺は引き起こした上半身を、その背中に覆い被せた。
腕と一緒にもたれてきた頭を横目で見て、高崎は小さく、ひい、と口元を引きつらせた。そりゃそうだ、死体をおんぶするなんて気色の良いものじゃない。
それから高崎の手に膝裏を当てて、おんぶの体勢を取らせる。

「よし、いいぞ」

高崎が立ち上がると、死体はぐらりと後ろの方へと倒れてきた。俺は慌ててそれを高崎の体に押しつける。

「高崎、演技だ、演技」

声をひそめてそう言うと、高崎は半泣きでうなずいた。
……さあ、俺も演技をしないと。
高崎のおぶっているこいつは死体じゃなくて、ぐでんぐでんに酔っている知り合いだ。そう自分に言い聞かせて、俺は言葉を紡いだ。

「呼び出して悪いな、俺じゃどうにもならなくてさ」
「……いえ、俺とこいつ、部屋隣同士っすから」
「いやあ、朝からびっくりしたわ。思わず怒鳴っちまった」
「先輩も災難っすね」

そうだ。
こいつは酔っ払って迷惑をかけた挙げ句、介抱までさせたのだ。死んでなんかいない。そう思い込まなければ。

「じゃあ下まで頼むわ。お前が車持ってて助かったよ」
「……酔いが覚めるまで部屋に置いてやりゃいいのに」
「嫌だ。ゲロ吐かれたら困る」

薄っぺらい会話を続けながら、俺達は部屋から鉄の階段の辺りまで出てきた。
霧のような細かい雨は、まだ降り続いていた。しとしとしとしと、鬱陶しく肌にまとわりついてくる。
このまま、誰にも見られませんように。
そう祈った瞬間、何かの気配を感じた。俺は振り返った。
全て閉じていることを望んでいるアパート二階のドア。そのうちの一つが開いていた。
そこから、三十路のメガネの女……どこかの会社で事務やってるって言っていたような気がする……が、こっちの様子をうかがっていた。

――見られた。おまけに、おそらく疑っている。
俺は体が凍り付くような感じを覚えた。頭の中が真っ白だ。口を開けて女の顔を見るばかりで、上手い対応の仕方が浮かばない。

「あ、どうもすいません。うるさいですか」

のんきな声を出したのは、高崎だった。

「いや、こいつ、酔っ払うと知り合いの家に突撃する癖ありまして。ぎゃーぎゃー騒いだ挙げ句にいきなり寝ちゃったりするんすよ」

ねえ先輩、と話を振られてようやく、俺の頭が働き始めた。
ぼさっとしてないで、話を合わせないと。

「まったく、休みの日だってのに朝早くからすいません。あ、もしかして休日出勤でした?」

わざと、相手のプライベートに首を突っ込むようなことを言う。
この女と俺は、さほど仲良くない。カツカツとヒールを鳴らして歩くので内心うるさがっていたら、あっちも察したようで関わってこなくなった。そんな間柄の相手にプライベートなことを聞かれたら、話を切り上げたくなるだろう。

「……はあ、何でもないなら別に良いですけど」

メガネの女はめんどくさそうな顔をして、ドアを閉めた。
高崎の話で納得しただろうか。それともまだ疑っているだろうか。
俺は足がすくんだ。あの女が疑った挙げ句、警察に通報でもしたらどうしよう。

「先輩、行きましょう」

閉まったドアを一にらみして、俺は高崎の後に続いて階段を降りた。そして、アパートの前に停められていた軽自動車――高崎の物だ――の前までやってきた。
高崎は後部座席のドアを開けると、死体を座席のシートに下ろし、横向きにして押し込んだ。だがそのままでは足がはみ出る。膝を折り曲げて、ようやく社内に収まった。
体を起こした高崎と、俺との目が合う。お互い、しばらく無言で見つめ合った。

――これで本当にいいのか。引き返せないんだぞ。

高崎の目は、そう言っているかのようだった。
俺は顔を背けて、アパートの方を見た。誰かがこっちを見ている様子はない。疑われているわけではない……と思いたかった。

俺がアパートの方を見ているうちに、高崎は死体に毛布をかぶせていた。
新品じゃないところを見ると、自分が使っていた物を持ってきたらしい。

「運転、頼む」
「……うす」

高崎が運転席に乗り込み、助手席のロックを外す。俺は乗り込み、シートに身を沈めて大きくため息をついた。
顔を上げる気になれない。ひたすらに、気分が重かった。

「俺の田舎まで、まっすぐ行くと一時間ちょっとかかるんすけど……途中、つぶれたドライブインに寄るんでもう少しかかります」

つぶれたドライブイン? なんでそんな所に寄るんだ?
思わず顔を上げた俺が、あまりにもそう言いたげだったのだろう。高崎はこう続けた。

「トランクにビニールシートとロープが入ってます。死体を毛布にくるんで、その上からハムとかホイル焼きみたいにビニールシートで縛るんすよ。その方が運びやすいっす」

その横顔を、俺は青ざめながら見つめた。
お前、なんでそんなにあっさり死体の処理の話ができるんだ? 死体をおんぶした時は顔を引きつらせていたのに。
俺の体に、じわりと嫌な汗がにじんできた。

「先輩、ラジオ付けていいっすか」
「……ああ」

薄ら寒さを覚えながらうなずくと、カーラジオからCMが流れてきた。地元にあるカメラ屋のCMだった。もう何年も変わらないメロディに店の名前を乗せている。
その後で交通情報が入ってくる。どこそこで渋滞だとか事故だとか、そんな内容を聞き流していたら、ワイパーが車のフロントガラスを磨き始めた。
しとしとしとしと、霧のような雨がフロントガラスに細かく粒を付けていく。普通の雨とは違って水の量が少ないからか、ワイパーは動く度にこすれて音を立てた。

「先輩、眠くなったら寝てていいっすから」

軽自動車の狭い車内で隣にお前、後ろに死体。この状況で眠れるわけがないだろう。
そうは思ったが言い出せず、俺は黙ってうなずくだけだった。

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