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zoom RSS 地雨 3

<<   作成日時 : 2016/08/12 17:17   >>

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階段を上り終えて部屋に入り、ドアを閉めても尚、警察や救急車を呼ばなきゃ、という発想は出てこなかった。
俺はしばらく、玄関を入ってすぐのフローリングに転がしたそいつをじっと見つめ続けた。
相変わらず、息をしている様子は無い。
やっぱり死んでいる。今更生き返られてもそれはそれで面倒なことになるだろうが。

どうする。こんなもの、いつまでも部屋には置いておけない。どこかへ捨てなければ。
だが抱えて運ぶには無理がある。だいいち、さっきの騒ぎを聞いた奴らはすでに怪しんでいるだろう。そこへ来て運ぶ姿を見られたら、間違いなく通報される。
運びやすくするとしたら、バラバラにするのが手っ取り早いだろうか。だが俺の部屋にある刃物なんて、万能包丁一本きりだ。バラバラにして捨てるなら、もっと別の道具が必要だ。
買い込みに行こうか……駄目だ、防犯カメラに写ってしまうし、刃物ばかり買っていく客なんて、店員も怪しむだろう。

事態を打開しようとして考えれば考えるほど、どんどん八方詰まりになっていく。
くそっ、どうしてこんなことに!
俺は玄関のドアに背中を付けて、ずるずると座り込んだ。

どうしよう、どうしよう。どうしたらいいんだ。
座り込んで頭を両手で抱えていると、ドア越しに外の世界の音が聞こえてくる。
スニーカーの靴底を擦って歩く音。ヒールをかつかつ言わせて歩く音。ぱたぱた小走りに通る足音。
どれもこれも、いつもは「うるせえ」ぐらいにしか思わない、何気ないものばかりだ。
それが、とても怖かった。

――俺は、悪くない。
元はといえば、あいつのせいだ。あいつが全てを背負うべきだ。俺は巻き添えを食ったんだ。
俺は死体をまたいで部屋に入ると、テーブルに放り出したままの携帯を取り出した。
アドレス帳を呼び出して、高崎の名前を出す。

――お前が。元はと言えばお前が、こいつの彼女と寝たりするから。そのせいで俺がこんな目に。
怒りがこみ上げてくる。通話ボタンを押す手が震えた。

二回目のコールで、高崎は出た。

「もしもし、どうしたんすか先輩。俺、忘れ物でもしました?」

脳天気な声。人の気も知らないで。

「……お前のせいだぞ」

俺の声はかすれていた。
本当は大声で罵倒してやりたかったが、隣の住人が部屋にいて声を聞いていたらと思うと、それはできなかった。
だから必死に声を抑えた。

「は?」

何のことだかさっぱり、と言わんばかりの短い返事に、俺はキレそうになった。

「お前の隣の部屋の奴が俺の所に来たんだよ、お前が寝た女の彼氏。お前のせいで、俺がとんでもないことになったんだっ」

抑えた声で、早口にそう並べ立てる。
高崎からの返事はなかった。ただ小さく、息をのむような気配はした。
身の覚えのあることだから、ぎょっとしたのかもしれなかった。

「……とにかく来い。今すぐ、絶対に来い。来ないなんて許さないからな」

抑えた声を低くして脅すと、

「……わかりました」

いつになく神妙な高崎の声が返ってきて、ぷつりと電話が切れた。
俺は携帯を耳元から下ろし、画面を見つめた。通話時間が表示されている。二分そこらの時間だ。
……高崎はきっと、俺が殴られたかいちゃもんつけられたかぐらいにしか思っていないだろう。まさか死体があるなんて、きっと想像もしていないに違いない。
あいつが来たら、大声を上げないように釘を刺さなきゃな。
俺は壁に手をついてのろのろと立ち上がると、部屋の中に入った。
高崎が来るまでさほど時間はかからないとは思うが、少しの間でも椅子かクッションに座っておきたかった。

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