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zoom RSS 地雨 2

<<   作成日時 : 2016/07/23 16:50   >>

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人を殺した。
生まれて初めてのことだった。まあ、まっとうに生きてりゃ普通はこんな経験なんてないだろう。
ただ、俺は積極的に殺しに走ったわけじゃない。長年募らせた恨みでもって、とか、金をもらって仕事で殺したというわけでもない。
あれは事故だった。ぶっ殺してやろうなんて、そんな明確な殺意なんかなかった。うっとうしくて腹立たしくて、どっかへ追いやりたいとは思っていたけれど。
だいいち相手と俺は、初対面だった。

――昨日の夜、俺の部屋に高崎が来たのがことの発端だった。
コンビニで買った弁当と酒を二人分持って、申し訳なさそうな顔で一晩だけ泊めてくれと頼みに来たのだ。
理由を聞いたら、隣の部屋の男が彼女を連れ込んだと言っていた。

まあ、彼女なしの身分には辛い状況だろう。
俺はなんとなく同情しながら泊めてやることにした……それが今の事態を引き起こすと知っていたら、絶対に追い返したのに。

何事もなく夜が明けて、今朝になって高崎が帰ったと思ったら、勢いよく部屋のドアを叩かれた。
忘れ物でもして戻ってきたのかと思いきや、ドアの向こうにいたのは知らない奴だった。
痛んだ金髪に抜き過ぎで細くとがった眉毛のそいつは、怒りで目をむきながら、泡を飛ばしてぎゃあぎゃあ大騒ぎをした。
とにかく興奮していて話もめちゃくちゃだったが、話を要約すると、高崎の隣の部屋に住む男とわかった。
それが何で俺の部屋へ押しかけたかというと、何とまあ、高崎と彼女が寝ていたことが発覚したのだという。それも一度や二度じゃないらしい。
ということで、何としても間男である高崎を探しだし、ぶん殴って詫びさせなければ気が済まん、と俺のアパートの部屋でわめき散らす事態となったようだ。

高崎の野郎、同情をして損をした。
隣の部屋から聞こえる物音に耐えられなかったのかと思いきや、他人の彼女と寝たのがバレちゃ困るからだったのかよ。
一体どうやって高崎が俺の部屋に来たことを突き止めたかは不明だが、こっちは大迷惑だ。

俺はうんざりしながら、ここにはいない帰ったと教えたのだが、相手は高崎がいるんだろう出せ、の一点張りで、とにかくこっちの話なんて聞く耳持っちゃいなかった。
いないと正直に言っているのに、こっちが匿っていると思い込んでいたのだ。
挙げ句の果て、そいつは強引に部屋に上がり込もうとした。土足のままでだ。
その瞬間、俺の頭に血が上った。話は聞かないわ勝手なことはするわ……これでぶち切れないほうがおかしいだろう。

「グダグダうるせえっ! 勝手に入るなっ!!」

頭に来た俺は、そいつの体を力いっぱい突き飛ばした。押した体の肉の固さと、かすかに感じた肋骨の感触はいまだに生々しく覚えている。

……瞬きをする間に、そいつは体のバランスを崩して後ろに倒れた。
俺の部屋が、もしも、一階の部屋だったら。ぼろい鉄階段のすぐ前じゃなくて、奥の方にある部屋だったら。
きっと、こんな事態にならずに済んだのに。

だが現実には、俺の部屋はぼろい鉄階段を上った先の、すぐ前にある部屋だった。
突き飛ばされたそいつはよろけた挙げ句、後ろの階段をあっさり踏み外して、だだだだっと下まで一気に転がり落ちていった。

俺は青ざめた。
こんな面倒な奴、怪我をさせたりしたらさらにやっかいだ。治療費やら何やら、むしり取られるに違いない。
続いて聞こえてくるだろう怒声を覚悟しながら待っていたのだが、いつまで経っても静かだった。
おそるおそる下を覗くと、そいつは階段の下のコンクリートの上に伸びていた。馬鹿みたいに口を開けたまま、ぴくりとも動かなかった。
気絶しているのか、としばらく見張っていたが、いつまでたっても起き出す気配が無かった。

――まさか、死んでるんじゃないよな。

おそるおそる手を伸ばして、何度か体を揺すってみた。それでも何の反応もない。
俺は焦った。
まず思ったのが、これを誰かに見られていないか、ということだった。
俺は慌てて周りを見回した。アパート前の道路に人影はない。きっと、今日が休みだからだ。いつもは誰かしらが歩いている。
ほっとしかけて、俺は首を振った。安心するのは早い。アパートの住人は絶対に中にいるはずだ。
夜の仕事をしている奴や、遊び歩いて帰っていない奴もいるだろうけど、およそほぼ全員と考えた方がいい。
きっと、この騒ぎを聴かれただろう。不審に思っている奴がいても不思議じゃ無い。警察に電話しているかも……。

嘘だろう、こんなにあっさり人が死ぬなんて。

目の前にあるのが死体かもしれない、と考えたら血の気が引いた。

俺が人殺し? 冗談じゃ無い。俺は巻き込まれただけなんだ。身に振る火の粉を払っただけなんだ。
……でも、周りから見たらそうじゃない。
どうしようどうしよう、一体どうしたら良いんだ?

――そうだ。

「な……何やってんだよ。ほら、朝から酔っ払って人の所押しかけやがって、転がってんじゃねえ」

俺は、あくまでも相手が酔っ払っているのだという風を装いながら、そいつの体を引き起こした。
肩を貸して歩いているように見せかけて、その体を背中に担ぐ。
これで……さっきの大騒ぎも酔っぱらいの仕業だと思わせるんだ。

「しょうがねえな、しばらく俺の部屋で寝てろ」

肩にのし掛かる意識の無い人間の体は、まるっきり肉の塊だった。
俺は歯を食いしばって、階段を一段一段上っていく。

「おい、聞いてるのか。まったく……」

声の震えを必死にこらえて、一人、適当にしゃべりながら慣れた鉄の階段を上った。
いつもは何の気なしに上り下りしていた階段が、まるで無限に続いているように思えた。
早く上へ着いてくれ。誰にも見られないうちに部屋へ着いてくれ。

祈りながら階段を上っているうちに、雨が降り始めていた。
肌にまとわりつくような、細かい細かい雨だった。

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