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zoom RSS 地雨 1

<<   作成日時 : 2016/07/16 20:05   >>

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夜の十時ともなると、田舎の国道には車が見当たらなくなる。たまに、とんでもない速度でぶっ飛ばしていく奴がいる程度だ。
その国道沿いにあるコンビニの駐車場はだだっ広い。長距離トラックが何台か停められるぐらいに広い。
離れた所に停まっているトラックの運転席をちらりと見たら、ドライバーのおっさんがコンビニで買った弁当を平らげているところだった。焼きそばだかパスタだか知らないが、豪快にずるずるやっている。
そこから一台分離れた所に停まっている別のトラックの運転席からは、靴下をはいた足が見える。ハンドルに足を乗せて仮眠中のようだ。
時々普通の客も来るが、さっさと店に入ってさっさと買い物を済ませて出て行く。
だあれもこっちのことなんか見ちゃいないし、気にもしていない。

真っ暗な中、しとしとと、まるで立ちこめる霧のように降り続ける雨の向こうには、そんな世界が広がっていた。
一番遅い状態で、思い出したように動くワイパーの音。それに遮られながら、カーラジオからリスナーの葉書やメールを読むDJの明るい声が聞こえる。
それらをぼんやり聞き流していると、やがて、ポーン、という時報の音がする。

「時刻は午後十時を回りました。ここでニュースです」

ニュース。今はその単語を聞くだけで嫌でも体が強ばってしまう。
俺はふーっと息を吐き、頭を抱え込んだ。手が震えているのを感じながら。

「不正な献金を受け取ったとされる問題で、大臣が辞意を表明しました。後任には――」

トップニュースはおとといの朝からやっていた政治献金の話だった。後は芸能人の熱愛だの、公開間近の映画やドラマの話ばかり。
ああ、まだ知られてはいないんだな。
そうとわかると、俺の手の震えが少し収まった。

「先輩、飯買ってきました」

コンビニ袋をがさがさ言わせながら、伸びかけた坊主頭の大柄な男が運転席に乗り込んできた。
先輩と俺のことを呼んではいるが、学校や職場で日頃顔を合わせる後輩じゃない。高校生の時に初めてやったアルバイト先での後輩だ。特に親切にした覚えは無いが、それから俺のことを先輩と呼んでついて回っている。
名前は高崎コウジ。おれはもっぱら高崎と呼んでいる。

「温めてもらったら時間かかっちまいました」

そう言いながら高崎が運転席のドリンクホルダーに缶コーヒーを入れ、俺に弁当を差し出してきた。
どんぶり型の弁当のパック。その中身を見て、俺は思わず顔をしかめた。

「おい」
「なんすか」
「何すかじゃない。お前、なんで牛丼なんだよ」

しかもパックのフタには「牛肉20%増量!」と書かれている。これじゃ肉まみれだ。
肉は嫌いじゃ無い。だが今は肉から遠ざかりたい気分だった。

「だってこれから体力使うんすから、スタミナ付けなきゃ。スタミナには肉が一番っすよ」

俺は高崎をにらみ、後ろの座席を親指で指した。
何カ所かロープで縛られ、真新しいビニールシートでくるまれた物が座席を占領している。
……それの中身が何なのか、俺は知っている。嫌と言うほど目に焼き付いている。だからなるべく見ないようにした。

「お前、よく肉なんか食う気になったな。後ろに積んでる物のこと忘れたのか」
「あー……そっすね」

高崎は口を閉じると、頬をぽりぽりかいた。
こいつ、信じられない。肝が太いというのか、状況をわかっていないのか。

「じゃあ返品してきます」
「戻ったら顔を覚えられるだろ」
「でもこれ、先輩の分ですよ。これ以外だとおにぎり三つしかないっす」
「俺はおにぎりで良い。お前が食え」

どうせ自分が食いたいのばっかり買ってきたんだろ。
そう心の中で呟きながら牛丼のパックを突き返せば。

「んじゃ、そうします」

高崎はコンビニ袋を差し出して、代わりに牛丼のパックを受け取った。
俺は何気なくコンビニ袋の中身を見る。三角形のおにぎりが二つ、丸い形のおにぎりが一つ。それに缶コーヒーが一本。しかもミルクと砂糖たっぷりの甘ったるいやつ。
お前、こんな甘ったるい缶コーヒーでおにぎり食べる気でいたのか。おにぎりっていったら普通お茶だろ。
いやよく考えたら、牛丼に缶コーヒーもおかしいだろ。味ぐっちゃぐちゃだろ。せめてブラックにしとけよ。

……でもなあ、高崎は自費で全部買ってきたわけだし、一円も出してない俺がこれ以上文句を言うのは、なあ。
おまけに車は高崎の持ち物だ。安い中古の軽自動車とはいえ、高崎の物だ。
そこへ乗せてもらっている身分で、食い物にまでけちをつけたらどうなるか。

考え込んでいる俺の隣で、高崎は牛丼のパックのふたを開けてガツガツとかきこみ始めた。
狭い車内にむわっと肉の匂いが立ちこめて、おれは小さくえづいた。

「大丈夫すか、先輩」
「……ああ」

気遣いはうれしいが、口に物入れたまましゃべるな、高崎。

――おれは、しばらく肉とは無縁の暮らしをするんだろうな。
何気なく手に取った丸いおにぎりの包みに「唐揚げ」と書かれていて、おれはげんなりしながら袋に戻した。
他の二つのおにぎりも見てみる。ツナマヨに、カルビ……お前、肉か油分をなくしたら生きていけない体質なのか? 柔道部だったとかいう高校と大学の時ならまだしも、学生じゃない今はそこまで食わんでもいいだろう。
俺は高崎を横目でにらむと、缶コーヒーを開けた。こいつでだってカロリーは取れる。やっぱり、肉質の物を口に入れるのはためらいがあっった。

「先輩」
「なんだ」
「おにぎり食わないんなら唐揚げのやつ俺に下さい」

どんだけ食うんだお前、この状況で。
思わぬ一言に、ぶふぁ、と飲みかけたコーヒーが口からあふれた。
げほげほとむせて、ハッと気がつけば俺の来ているシャツとジーンズはコーヒーまみれになっていた。

「あああ、先輩、やばいっす」
「悪い。シート汚れた」

これは本当に心からの詫びだった。コーヒーなんて落ちにくい上に、匂いも残りやすいのだ。

「ええと、拭く物拭く物」

高崎はコンビニでもらってきただろうおしぼりを開け、俺の体を拭き始めた。
痛い。慌てて力まかせに拭いている感じだ。こいつ、人より力が強いってことを自覚してないだろ。

「いい、自分で拭ける。お前は早く食い終われ」

高崎の手からおしぼりをひったくり、俺はシートやら服やらを拭いた。多分にシートはコーヒーを吸い込んでしまっているだろうが、気休めに過ぎないとしてもやっておきたかった。

「でも、先輩に片付けさせといて自分が食ってるなんて……」
「良いから。のんびりしてもいられないだろ」

俺がそう言うと、高崎はしばらく黙り込んだ末、黙々と牛丼を口に運び始めた。さっきよりもペースは速い。
俺達がどれだけまずい状況にいるか、という自覚はあったらしい。

カーラジオからは、いつの間にかアイドルの新曲が流れていた。今週のランキングで一位になったらしい。

今ピンチ! ピンチ! 超ピ・ン・チ! これ一体どうしよう どうにかするっきゃないでしょ さあさあ立ち上がれ皆の衆! ハイ!

軽快なメロディに俺は無性に腹が立って、叩くようにしてラジオを消した。おにぎりを取り出して、空になったコンビニ袋におしぼりを入れて口を縛る。

「……何だ。お前聴きたかったのか?」

目を丸くしてこっちを見ている高崎にそう言ってやる。すると高崎は、牛丼を口いっぱいにほおばったまま首を横に振った。
……ちょっとばかし、感情的だったか。
俺はシートに深く寄りかかってため息をつくと、窓の外を眺めた。
雨の降りようは、さっきまでと変わりなかった。

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