プラスマイナス1

アクセスカウンタ

zoom RSS ゲンカク 8

<<   作成日時 : 2016/05/07 13:31   >>

トラックバック 0 / コメント 0

(あたしは妹を見捨てたわけじゃない、あたしにはどうしようもなかったんだ)

妹が連れ去られるその一部始終を、姉はドアの視角に身を潜めながら見ていた。

(あんな連中、どうにもできない。あたしには、もう、どうすることも……)

自らに言い聞かせても、罪悪感は消せない。連れ去れた妹がどんな目にあわされるかと思うと胸が痛い。

(ごめん、ごめんよ……)

にじんだ涙で視界が曇る。
姉はドアの方を警戒しながら少しずつ移動し、手探りで武器になりそうな物を探した。
やがて、その手が何かに触れる。そこには工具箱が置いてあった。
人類が宇宙を航行する時代になっても、人力で応急処置をする必要に迫られる機会はある。そのための工具箱だった。
姉は後ろ手に箱を開けると、中を探ってずしりとした手応えのある金属の棒をつかみ、前に持ち直した。
それは腕の長さほどもあるレンチだった。ボルト、ナットが緩んだ時などに使う物だ。
手の届く位置にそれがあったことを、姉は幸運だと思った。

――レンチには、ボルトやナットを閉める以外の使い道もあるのだ。

ガタゴトと音がして、再びドアからそいつが姿を見せる。
ガラス玉のような目玉を左右に向け、こちらを探しているようだ。
姉はレンチのグリップを握りしめ、そいつが完全に背中を向けるのを待ちかまえ――飛び出した。

「この野郎っ!!」

飛び出した姉はそいつに向かって体当たりを食らわせた。
攻撃されるのは想定外だったのだろうか、そいつはあっさり床に倒れた。
その上に馬乗りになると、姉はレンチを振り下ろした。

レンチはあっさり、相手のこめかみの辺りに当たった。
ぎゃあっという叫び声がして、姉は一瞬ひるむ。
だがここでやらなければおしまいだ、とレンチを振りかざした。

「どうか落ち着いてください! わ、私は救助隊です!」

つるりとした表皮のそいつは、はっきりと言葉を操った。この星の住民が持ち得ぬ、姉妹に通じる言葉だった。

「あ……え……?」

きゅうじょたい、という言葉に姉は意表を突かれて間抜けな声を出す。
レンチを振り下ろしかけた姿勢のまま、そいつを見下ろした。

「やはりガスの影響を受けていますね。こっちの姿も恐ろしい何かに見えているんでしょう」

別の奴が、続いてドアから入ってきた。
きゅうじょたい。がすのえいきょう。おそろしいなにか。
それらの単語がぐるぐると頭の中を回る。だが意識にもやがかかったようになっていて、はっきり物を考えられない。それらの単語が、何か大事なことを意味している気がするのに。

呆然とする姉の体に後から来た奴が手をかけて、そっとどかせる。
姉の体の下から這い出した奴が、背中に背負っていたリュックからチューブで繋がれたごつごつした何かを取り出し、姉のガスマスクの吸気弁にあてがう。
そこから空気を吸わされて――急に、姉の意識は鮮明になった。

目の前の、つるりとした表皮のそいつらは救助隊員だった。姉妹の型とは違う黒いスーツに身を包み、すっぽりと頭部を覆う型のガスマスクを付けている。
ガラス玉ように映った目玉は、ゴーグル部分だったのだ。

物を正しく認識できていなかった。自分は狂っていた――その事実は姉を突き落とした。
恐ろしいことである。一歩間違えば人を殺していたかもしれないのだから。

「すみませんでした。あたし、てっきりあいつらが……ああ、どうしよう、あたしのせいで怪我をしたんじゃ……」

姉はうろたえ、レンチを取り落とした。落ちたレンチは床の上で派手な音を立てる。
腰を抜かして座り込み、姉はおろおろと隊員を見上げた。

「大丈夫、このマスクは打撃に耐えられる頑丈な奴ですから。まあ、ちょっとは痛かったですけど」

レンチで叩かれた隊員は軽い調子でそう答えて立ち上がると、手をさしのべる。

「この惑星から脱出しましょう。怪我は? 立てますか?」

姉は手を借りて立ち上がり、無事であることを証明した。

「ああっ、でも、でも妹が! 妹がどこかに連れて行かれてるんです!」
「大丈夫、我々の船にいますよ」

どういう意味だ、と姉は思ったが、それを質問することはできなかった。
急に息が苦しくなって、激しく咳き込むことになったからだ。

「無理をしないで。我々の船に乗るまで、それを外しちゃ駄目ですよ」

一つうなずいて口にあてがわれた物を押さえながら、姉は隊員達の後に続いた。
船から出ると、同じ黒スーツにガスマスク姿の隊員が他にも数名いた。彼らはドアを守る格好で銃火器を抱えていた。
その足元に住民達が転がっている。モニターで見た、ロープを伝って降りてきていた連中。全員、首筋に小さな焦げ跡がある。

「気絶させただけです。でも彼らの適応能力を考えると、想定より早く目を覚ますかも」
「急ぎましょう」

歩きながらまじまじと見ている姉に、船に入り込んできた船員達はそう小声で伝えると、銃火器を1かまえた。
辺りを警戒しながら一行は進む。
向かう先には大型の宇宙船があり、船体から銀色のスロープが降りていた。
スロープを登りながら、姉はもう一度振り返った。
何かが引っかかるのだ。それが何であるかはよくわからないが、なんとなく目の前の光景に違和感がある。

「まさか、名残惜しいんですか」
「いえ」

あんなに緊迫した状況を名残惜しむ気はさらさらない。二度と御免だ。
きっと、緊張し通しで気が高ぶっているだけだ、と姉は自分を納得させてスロープを登った。
姉と隊員が乗り込んだのを確認してスロープが格納され、ハッチが閉まる。
外気と船内を隔てるエアロックを抜けると、姉はここでガスマスクを外した。ずっと付けたままだったので、髪には癖が、顔には跡がついてしまっている。
姉は一つ息を吐き、髪に手ぐしを入れた。ごわついた髪の指通りは悪く、所々で引っかかる。

「隊長。要救助者二名の救出が完了しました。隊員の撤退も完了しています」
「よし。では引き上げる」

船内に入るや隊員が報告している相手は、救難信号を受け取ったという返信の時に見た精悍な男である。
この人が隊長だったのか、と姉は近づいていった。

「助けていただいて、ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか……」
「礼には及ばない。こちらも仕事だからな。とにかく無事で良かった」
「検査をしますので、こちらへ」

白い服を着た医療スタッフに声をかけられ、姉は別の部屋へと通された。
様々な機械と薬品棚、いくつかの簡易ベッドの置かれた部屋。
そこには妹がいた。簡易ベッドに座った格好で、白衣を着た女性に体を調べられている。

「姉さん」

姉の姿を見つけると、妹は力なく笑った。ガスマスクの跡がうっすら残っていて、痛々しい。

「妹さんは先に救助されました。混乱して暴れるので、体にハーネスを付けて船外へ運び出したそうです」

説明を聞いている余裕などなかった。妹の顔を見た途端、姉の目には涙があふれていた。
悔やむ気持ちと、安心する気持ちがない交ぜになる。気がつくと姉は、妹のひざにすがりついて泣いていた。

「ごめん。あたし、あんたが連れて行かれそうになってる時に隠れてた……本当に、ごめん。あたし、なんて最低な人間なんだろう」
「もういいよ。しょうがないよ、誰だってきっと、あの状況じゃそうするよ」

嗚咽の止まらない姉の背中を、妹はそっとさすった。

宇宙船は動き出す。音もなく上昇すると、あっと言う間にその惑星から飛び立った。

検査の結果、姉妹に怪我はないものの、体内にまだ微量のガスが残っていることがわかった。
さらに精密な検査をする必要があるということで、姉妹は政府が用意した病院施設へ送られることになった。

「谷底へ落ちた際の故障で、ガスが一気に散布されてしまったようですね。その濃度が持参していたガスマスクでは処理しきれないものだったので、肉体に影響が出たのです。でも風が吹いているのは幸いでしたね。そうでなければあの場にガスが留まり続けて、もっとひどい影響が出ていたでしょうから」

姉妹は医療スタッフから、そんな風に説明を受けた。

「母性に着くには少し時間がかかります。休んではいかがですか」

そう言い残して医療スタッフは部屋を出て行く。
検査を終えた二人は、隣同士の簡易ベッドに寝かされていた。

「姉さん、おやすみ」
「おやすみ」

簡易ベッドは固く、寝心地は二の次の作りである。だが目を閉じると、二人はすぐに眠りに落ちていった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ゲンカク 8 プラスマイナス1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる