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zoom RSS ゲンカク 4

<<   作成日時 : 2016/05/03 14:55   >>

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「……最初の時より近くまで来てる」

妹が絶望をはらんだ、震える声でそう告げれば。

「ああ。しかも息を止めていたり口や鼻を布で覆ってるわけでも無かった。もしかしたら、この星には幻覚症状を緩和する薬草があって、それを飲んできたのかもしれないけど……」

パネルの端にある丸いボタンをくりくりと動かしながら、姉はモニターをにらみつけている。
モニターの中では、岩陰から迫ってくる男達が逃げ出すまでの一連の行動が何度も繰り返されていた。

「あいつら、一体どうやってガスをしのいだんだろう」

お手上げだ、と言わんばかりに姉はパネルから手を離し、頭の後ろで手を組んで重苦しい息を吐く。

「姉さんの言うとおり、薬草か何かあるのかも。他には……この惑星だと、ガスの効果が薄れるとか?」
「大気成分と重力、どっちもあたし達の母性と一緒だよ。同じ条件下で差が出るとは思えない」
「じゃあ、どうして」
「……わからない。あたし達にできるのは、救助隊が来るまであいつらを追い払い続けることだけさ。さ、腹ごしらえでもしておきな」

姉妹は携帯食を一つずつすすった。
薄っぺらいフルーツの味は、食への、ひいては生への喜びを感じさせるどころか虚しさを引き立たせる。

「無事に帰れたら、あたし、真っ先に美味しい物食べに行きたい」
「賛成だね」

栄養とカロリーは満たされても心の満たされない食事は、純然たる補給である。
空になったパックをダストに捨て、操作席に座り直してほどなく――。

「何!?」

船内にピーピーと鳴り響く高い音に姉妹は仰天した。

「明け方来たばかりなのに、何でまた来るの!?」
「画面を戻しな!」

外を四分割して映す状態にモニターを戻し、姉妹はぞっとした。
二度目までは、南側にしか男達はいなかった。だが今回は、東側にも集団でいるではないか。
さらに、南側の映像にも変化があった。
男達は岩からずいぶん離れたところまで、明け方の頃よりも前進してきているのだ。気のせいだなどといって片付けられる距離ではない。誰が見ても明らかに近くまできているとわかる。
東側と南側から近づく集団は合流すると、鎖のように列をなして半円の形を作り、武器を構えてじりじりとこちらへ迫り来る。
姉妹は理解した。連中は宇宙船を取り囲むつもりだ、と。

「姉さん!」

じりじりと狭まる距離。いまだにガスが効く兆候は見られない。
妹は恐怖から声を上げた。

「――ガスの濃度を上げよう」

姉のかすれ声に、妹はガスマスクの下で顔を引きつらせた。
モニターの下部に映る数値は、一定値以上を保っている。十分なはずなのに、姉は何を言い出すのだろうといぶかしんだのだ。

「もっとガスを濃くするんだ。そうすれば嫌でも幻覚を見るはずだ。すぐにでも追い払える」
「でも、そんなことしたらどうなるの? おかしくなったまま、一生治らない奴が出てくるかも……」

妹がおろおろと食い下がると、姉はダンッとパネル台を叩いた。

「じゃああんた、なぶり者にされても良いっていうのかい? あたしはゴメンだよ!」

このまま黙ってひどい目にあうのは嫌だ。だが、ガスの濃度を勝手に上げれば、どんな被害が出るかわからない。
妹は姉とモニター画面とを交互に見たが、「同意する」と泣き出しそうな声で告げた。

フーッと大きく息をつき、姉はモニターに向かって何やら操作を始めた。
するとパネルの一部が開き、中から黒い輪が現れた。指にはめられるぐらいの大きさである。
姉はためらいなくそれを人差し指にはめた。

モニターの画面が切り替わる。
様々な数字の羅列とグラフが並ぶ画面の端に縦型のゲージがあり、半分ほどまで赤いバーが伸びている。
ガスの濃度を設定するための画面である。船長のみが操作でき、あらかじめ登録した船長の指紋を認証して起動する仕組みだ。
濃度の調節は船長にのみ与えられた権限だ。乗員が全て「そうすべき」と言っても、船長が首を縦に振らなければ変えることはできない。
この高さまでが、一般人が危険から身を遠ざける目的での使用が認められた濃さである。
姉がパネルを操作すると、バーは八割ほどのところまでぐんと伸びた。

途端に耳障りな警告音が鳴り響き、画面に「危険」を意味するドクロのマークが表示される。

『ガスの濃度を確認して下さい。この濃度で使用するのは危険です。相手の心身にダメージを与える恐れがあります。繰り返します、ガスの濃度を――』

警告音の合間に、機械音声が挟まれる。

「知ったことか、今は緊急事態なんだよ!」

姉は反発するように声を荒げ、ガスを散布するボタンを押す。
妹は、わずかにシューッという音を聞いた気がした。

たちまち、宇宙船を囲む輪は崩壊した。
濃度の上がったガスが、最初に散布した時よりも強い効果を出しているのは明らかだった。
恐怖し怯えるという程度では済んでいない。発狂している、と言っても過言ではなさそうなほど、彼らは恐慌状態に陥っていた。
武器を放り出し、男達は散り散りになりながら、ほうほうの体で宇宙船から離れていく。

そうして、辺りに静寂が訪れた。

「……いなくなった」

「ああ」

「救助隊が、救助隊さえ早く来てくれたら、こんなことしないで済んだんだ。あたし達は身を守っただけだ。悪くない。これは仕方なかったんだ」

姉はぶつぶつと一人つぶやき続ける。その手は震えていた。

「姉さん……」

そんな姉に何も言えず、自分の操作席に座って妹はうつむいた。
……重苦しい空気。沈黙がその場を強く支配していた。

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